第四十四話 路傍の石からの忠告
「貴方達は、ギルドのテーブル席にいた方々ですね?」
人影が揺れた。能動的な動きでなく、ネーナの指摘で動揺したのだ。
隣りにいるオルトも、内心で驚愕していた。オルトは今までの状況から、最も高い可能性としてネーナと同じ結論に辿り着いてはいた。
「わかるのか? ネーナ」
「はい。暗くて顔も服も少ししか見えませんが、見覚えがあります。カウンターから離れた窓際のテーブル席に座っていました。その時は四人でしたけれど」
だがネーナはオルトとは違い、
ネーナ達がギルド支部に入った時、カウンター付近で騒ぎが起きていた。その中で、違う方向の離れた場所にいた者達の、顔から服装まで記憶しているという。
確かにスミスはネーナの記憶力を高く評価していた。ネーナが王女アンであった頃もオルトは近衛騎士として見ていたが、王女アンが何かを忘れたという場面を思い出せない。しかし。
オルトは思った。これは単に『物覚えがいい』というレベルの話ではないと。
もしかしたらネーナの才能、その一端かもしれない。そう考えながらも、現在の状況に対処する為に人影を見据えた。
「……参ったな。影の薄さには自信があったんだが」
「それは自慢になるのか?」
人影が自嘲するような言葉と共に両手を上げ、敵意の無い事を示す。オルトは反射的にツッコんだ。
「俺達もジェシカ嬢の事は気にかけていたんだ。あんたがジェシカ嬢を背負って宿に駆け込むのを見かけたんでね」
「なるほど」
宿が蜂の巣を突いたような騒ぎになり、様子を窺っていたという事か。オルトは彼らに告げた。
「とりあえずは一晩休ませて様子を見る事になった」
「それは何よりだ。遅くなったが、俺達はCランクパーティー【路傍の石】だ。俺はリーダーのテツヤ」
「私はトリッシュよ。他の二人の名前は、ジョーとハジメ」
影の薄さが相乗効果を発揮しそうな名前のメンバー達が集まったパーティー。オルトは軽く目眩を覚えた。
「俺はDランクパーティー【菫の庭園】のオルト。この子は妹のネーナだ」
「よろしくお願いします」
「ジェシカについてはそんな所だ。気をつけて帰れよ」
オルトは宿に戻る為、二人に背を向けた。ネーナもペコリと頭を下げる。
「ちょっと待ってくれ」
「ん?」
テツヤの引き止める声で、オルト達は立ち止まった。
◆◆◆◆◆
オルト達が宿に戻ると、店主がジェシカの家に夕食を持って行く所だった。入れ替わりに、娘のニコットが帰って来ている。町の中は比較的治安も良く、夜間に女性が出歩く事も可能らしい。
ジェシカはすでに眠っていて、他の者達は宿の食堂に移っていた。ギルド内の話や、他の冒険者の話を今のジェシカに聞かせるのは躊躇われた為、ジェシカがいないの方が都合が良かったのだ。
「外にいたのは、いじめに参加してない冒険者だった。ジェシカが担ぎ込まれたのを見かけて気になってたらしい」
「なるほど。用件はそれだけだったんですか?」
スミスが聞く。オルトが戻るまでに多少の時間があったからだろう。
「この町のギルドはお勧め出来ないと。その連中もそろそろ町を離れるつもりだと言っていた」
【路傍の石】のテツヤがオルトを引き止めたのは、それを伝える為だった。
シルファリオのギルド支部は、近隣出身の冒険者が大半を占めている。町のガキ大将だったレオンがギルド支部待望のBランクパーティーになった事でさらに増長したが、それを止められる者はいなかった。
「レオンの親はこの町の顔役の一人なの。レオンに甘過ぎるから余計に調子に乗るのよ、
ニコットが補足した。
リベルタから異動して来たギルドマスターはリベルタへの再異動を希望しており、その為に実績が欲しい。やっと手に入ったBランクパーティーを手放したくないし、レオンの手綱を握るアイリーンもぞんざいには扱えない。故に両者の行動を咎める事は無い。
「ギルドの受付けをする職員には、担当した冒険者の実績も査定に加味されるそうですから。アイリーンさんとしても支部のエースは逃がす訳にいきませんね」
「成績のいいパーティーをレオンとアイリーンの顔で担当替えさせるから、ジェシカの担当は僅かなんだと。何だかなあ」
スミスとオルトが溜息をつく。ニコットは憤慨した。
「大体、ジェシカの結婚する約束だって、最初はレオンの親が言い出したのよ? レオンの子供の頃なんて意地悪だし乱暴だから女の子には相手にされてなかったし。それが大きくなったら、親の金目当てに女の子が寄るようになってレオンが勘違いして」
「そこにアイリーンが現れて、『真実の愛』に目覚めたと?」
「そうよ。私は何度も止めたけど、ジェシカはああいう娘だから、邪険にされながら一生懸命尽くして……」
部屋にいる全員が溜息をついた。フェスタがオルトに尋ねる。
「大体情報は出揃ったと思うけど。どうするの?」
オルトは苦笑しつつ、自分を無言で見つめる少女二人を指差した。
「それを聞くのか? 割とシンプルな話だと思うけどな」
「そうね。スミスが言ったように、私達はランクを上げるだけだと思うわ。後はジェシカが絡まれないように目を光らせておくくらいかしら」
「それでいいんじゃないか。おっと」
少女二人の突撃を受け止めながら、オルトはスミスを見た。
スミスも微笑んで頷きを返す。
「私からもお願い。ジェシカを助けてあげて。私の親友なの」
「俺達が見てられる範囲でな」
「ありがとう! その代わり、食堂来てくれたらサービスするから!」
「やった!」
エイミーが喜びの声を上げ、一同から笑いが起きた。
◆◆◆◆◆
翌日【菫の庭園】がギルドに顔を出すと、ジェシカが笑顔で出迎えた。対照的にアイリーンとレオンは、面白くなさそうな表情をしている。その取り巻きはオルト達に無視を貫き、それ以外の冒険者やギルド職員は無関心を決め込んでいる。その辺りはスミスが想定した通りだった。
二日ほど借家の契約と入居に費やし、一行は世話になった町の人達に声をかけて入居祝いをした。そこで知ったのは、ジェシカと弟のベルントが町の人達からとても愛されている事だった。二人の両親に恩を感じている者もいた。
宿の食堂で大いに盛り上がって気勢を上げた【菫の庭園】は、次の日から精力的に活動を開始した。
意外な事に、【路傍の石】は町を離れずにシルファリオでの活動を続行した。元からジェシカの担当であった彼等は、Cランク主体の合同クエストなどを見つけてはオルト達に持ちかけてきた。それは【菫の庭園】のポイント加算に大きな追い風になり、同時にジェシカの査定も上がる事になった。
◆◆◆◆◆
「ジェシカがいない?」
「は、はい。所用で席を外しておりまして、その内戻ると思うのですが……」
ある日の受付カウンターでオルトが聞き返すと、受付嬢は恐縮した様子で返事をした。受付嬢は数名いる内の一人で、オルトも見覚えがあった。アイリーンは別のカウンターにいる。
「仕方ないな。依頼を受けるのは可能なのかな?」
「はい、勿論です」
オルト達はオーク討伐の依頼を受ける事に決めた。本来はCランクに近い依頼であるが、目撃されたのが単体である事から、Dランクでも実績のあるパーティーに限り受注可能となっていたものだ。
受付嬢が地図と依頼書の控えを作成する為、奥に向かう。離れたテーブルではレオンとその仲間達がチラチラと【菫の庭園】一行を見ていた。
地図と依頼書を受け取りギルドを出ると、フェスタがオルトに寄ってくる。
「気づいた?」
「どっちに?」
オルトが聞き返したのは、レオン達の様子と受付嬢の様子、それからアイリーンについてだ。書類を持ってカウンターに戻った受付嬢は、気の毒な程挙動不審になっていた。その時だけアイリーンがカウンターから中座していた事にも、オルト達は気づいていた。
「まあ……根が悪い娘でなければ後悔もするだろうが、俺達が怪我でもしたらその機会も無くなるかもしれんな」
「先程の受付の方ですか? お兄様」
「そういう事だ」
一行は頷き合い、現地へ向かった。
◆◆◆◆◆
【菫の庭園】がクエストから戻ると、受付のジェシカが跳ねるように立ち上がり、オルト達の下へ駆けてきた。
「皆さん! お帰りなさい!」
「ただいま、ジェシカ。何かあったのか?」
「皆さんの帰りが遅いので……それと、朝はいなくてごめんなさい」
「それで待っててくれたのか? もう遅い時間だけど大丈夫なのか?」
オルトが聞くと、ジェシカはオルトの耳元に顔を寄せた。
「今日は大丈夫なんです。それに、最近は掛け持ちのお仕事を減らせるようになったんですよ」
ニッコリと笑うジェシカ。エイミーとネーナも顔を見合わせて微笑んだ。そんなオルト達に、横から不躾な声がかかる。
「何だよDランク、遅かったじゃねえか。まさか依頼を失敗した訳じゃないだろうな」
「レオンったら、そんな事言っちゃいけないわよ」
見ればレオンとアイリーン、その取り巻き達がニヤニヤしていた。微笑んでいたネーナ達が嫌悪感むき出しの表情になった。
オルトは素知らぬ顔で返事をする。
「Dランクの依頼だろう? 退屈だったから遊んでたのさ。土産もあるぞ」
言うなりオルトは、手に下げていた袋をレオンに放り投げた。受け取ったレオンは袋を開けて絶句した。覗き込んだアイリーンが悲鳴を上げる。
「何よこれえええええ!!!」
「オークロードの首を見た事が無いのか?」
「オークロードだと!? そんな訳あるか!」
喚き立てるレオンに、オルトは静かに聞いた。
「『そんな訳が無い』だと? 俺達が受けた、Dランクの依頼をまでチェックしているのか? 随分と暇な事だな、レオン?」
「っ!?」
言葉に詰まるレオン。アイリーンは黙り込み、目を逸らした。
オルトはジェシカに向き直る。
「依頼書の記載に間違いがあるかもしれない。確認して貰えるかな? ジェシカ」
「っ、は、はい! ただいま!」
依頼書と地図を受け取り、確認に走るジェシカ。ネーナはざわめくギルド職員達の中に、安堵で涙ぐむ一人の受付嬢の姿を捉えていた。
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