第四十二話 新拠点は不穏な空気

 リベルタを出て、徒歩で一日半。


【菫の庭園】一行がシルファリオに到着した頃には、高かった日が少し傾きかけていた。


 移動中の話題は専ら、リベルタのギルド職員マーサの事と【菫の庭園】一行がこれから訪ねるシルファリオの事だ。


 マーサの知り合いの件については『何となく気になるから、様子を見て欲しい』程度の話と認識していたが、当面腰を据えて活動する事になる場所だけに期待と不安が半々といった状況である。


「町の人達優しいかなあ?」

「そうね。そうだといいわね」

「私、頑張っちゃうよ!」

「ええ、パーティーのランクを上げなきゃね」


 前を歩くエイミーとフェスタのやり取りを、ネーナが微笑みながら聞いている。後ろではオルトとスミスが、町に着いてからの予定を話し合っていた。


 一行は町に入ると、真っ直ぐにギルド支部に向かった。『冒険者ギルドシルファリオ支部』と書かれた看板はすぐに見つけられた。


「お兄さーん、先に入るよ?」


 エイミーが後続のオルトに声をかけ、扉を引く。


『あははははは!!』


 一行が中に入るなり、どっと笑いが起きた。


「何??」

「どうした?」


 困惑するエイミー達に、追いついたオルトとスミスが声をかける。笑い声はギルド受付カウンター周辺に集まっている者達から聞こえてくる。ホールに入って来たエイミー達に気づいた者は少ない。


「本当にどんくせえな」

「地味だし暗いし」

「もう少し愛想よく出来ないの?」


 聞こえてくる罵倒に、エイミーが露骨に顔を顰めた。


 建物の中は歓談等に使われるスペースがメインで、ティータイムを過ぎた頃合いもあって、冒険者らしい姿はあまり見られない。夕方になれば、依頼を終えた者達が戻って来るのだろう。


「お、かわいい娘がいるじゃないか。あ? 何だよ男連れか」


 カウンター周辺にいた者がエイミーに気づき、軽い調子で声を上げる。他の者もようやくオルト達を認識した様子を見せる。どうやら冒険者のようだ。


「君、名前は? よかったら俺達――」

「貴方達何やってるの? 邪魔だから退いて」


 エイミーのいつにない剣呑な対応で、下心を出した男が硬直する。エイミーは冒険者達を押し退けて進むと、カウンターを覗き込んだ。


「お姉さん、大丈夫? 顔色悪いよ?」


 そこでオルト達にも、カウンターの向こうに座る女性の姿が見えた。受付嬢だろうか。


「あ、あの。大丈夫です。ごめんなさい……」


 女性はエイミーに話しかけられ、何故か謝罪をして俯いてしまう。カウンター周りの冒険者は気まずそうな顔でその場を離れ始めた。ホールで歓談していた何人かはギルド支部を出て行く。ネーナはそれらの人々の顔をじっと見つめていた。


「冒険者の方ですか? どのようなご用でしょう」


 カウンターから別の女性が出て来て、オルトに話しかける。カウンターに座る女性と同じ制服を着ている事から、ギルド職員なのであろうと思われる。胸のネームプレートには『アイリーン』と書かれていた。


 栗色の軽いウェーブがかかった長い髪。営業用の笑顔を浮かべるその女性は、間違いなく美人の部類に入るのだろう。

 だがオルトは、営業用の笑顔に変わる前の表情をしっかりと見ていた。カウンターに座る女性を見下ろす笑顔は嘲りに満ちていて、全く魅力を感じなかった。


 オルトは目を細めて女性を見た。


「俺は【菫の庭園】のリーダーのオルト。リベルタのギルド本部で話を聞いて、暫くこのシルファリオで活動する為に来たんだ」

「こちらを拠点にされるという事ですか? それでしたら――」

「ああ。仲間がカウンターで対応して貰ってるから、そちらで話を聞かせてもらうよ」


 途中で話を遮られ、女性の顔が引き攣る。周囲の冒険者達も顔色が変わった。その中から出て来た男が一人、オルトに詰め寄る。


「おい。アイリーンが話しかけてるのにその態度は何だよ」

「……このギルド支部では、職員も冒険者も自分の名を名乗らないのか?」

「っ!」


 男が歯噛みをする。


「俺はBランクパーティー【紫電の刃】のリーダー、レオンだ。【菫の庭園】とか言ったな、お前らのランクは?」

「Dランクに上がったばかりだ」

「ハッ! Dだと?」


【菫の庭園】のランクを聞いた途端、レオンと名乗った男が吹き出した。周囲の他の冒険者もヘラヘラ笑っている。

 アイリーンと呼ばれた職員も、オルト達のランクを聞くと営業用の笑顔を嘲笑に変えた。


 カウンターの中には他のギルド職員もいるが、我関せずといった様子で無関心を装っている。


「何か問題があるのか?」

「たかだかDランクの新顔が、偉そうな口を叩くじゃねえか。俺達はこのギルド支部のエースだ。少しは弁えな」

「…………」


 呆れた様子のオルトを見て怯んだと勘違いしたのか、レオンは女性陣の勧誘を始めた。


「そこの女共も、面倒見てやるからこっちに来いよ。こんなヤツといるよりずっといい思いをさせてやるよ」

「え、嫌だけど? 何様のつもり?」

「お兄様より強そうな方も見当たりませんし、下品ですね」

「冗談は顔だけにしてよね!」


 カウンターで話していたエイミーまで振り返り、即座に拒絶を示す。何故かアイリーンにも睨まれるレオン。オルトは溜息をついた。


「てめえ……」


 アイリーンの怒りの矛先を変えようとしたのか、レオンがオルトに凄んでみせる。一触即発になろうかという空気の中で、意外な人物が大声で制止をした。




「やめてレオン!」




 大声の主はカウンターの向こうで俯いていた女性だった。ホールが一瞬静まり返る。

 だがその声を聞いたレオンは、さらに怒り出した。


「ああ!? 『やめて』じゃねえんだよジェシカ! いつまで婚約者気取りなんだよ!」

「そんなつもりじゃ、私……ごめんなさい」


 ジェシカと呼ばれた受付嬢は、力なく謝罪すると再び俯いてしまう。アイリーンはそんなジェシカを見て鼻で笑い、これ見よがしにレオンの腕を取った。


「Dランクの皆さんはこちらのジェシカが応対しますので、ごゆっくりどうぞ。レオン、私達はあちらで話しましょう」

「あ、ああ」


 再び営業用の笑顔に戻ったアイリーンはオルト達に嫌味を言うと、レオンや他の冒険者と共に移動して談笑し始めた。


 噛みつきそうな勢いだったエイミーは、オルトに口を塞がれて文句を言う機を逸し、ポカポカとオルトの胸を叩いて八つ当たりをしている。


 ジェシカがペコリと頭を下げる。


「あ、あの。大変お見苦しい所を……色々と申し訳ありません」

「気にしてないさ。改めて言うが、俺達はDランクパーティーの【菫の庭園】。俺はオルト、ここのがエイミー。それからスミス、フェスタ、ネーナだ。宜しく頼むよ」


 再びジェシカが頭を下げる。オルトはジェシカに、ランクアップと市民権取得の為にシルファリオを拠点にして活動したい事を伝えた。


「あ、申し遅れました。私は当シルファリオ支部職員のジェシカです、宜しくお願いします。それで、ですね」


 ジェシカが言い辛そうな顔をした。


「皆さんの担当職員なんですが、他の――」

「お姉さんじゃないの?」


 エイミーがジェシカの言葉を遮った。困惑するジェシカ。


「で、でも。皆さんが……」

「私はお姉さんがいい!」


 エイミーがオルトを振り返る。オルトは微笑んで頷いた。


「俺達は君に担当してもらいたい。何か支障あるのかな?」


 オルトは、他の職員や冒険者に聞こえる声ではっきりと告げた。まるで雷に打たれたように、ジェシカがビシッと背筋を伸ばす。


「っ! 問題ありません! 宜しくお願いします! 誠心誠意、サポートさせて頂きます!」


 座ったまま、ジェシカは深々と頭を下げた。顔を上げたジェシカの顔色は悪いままだが、少し生気が戻ったように見える。


「で、ではお話を続けさせて頂きますね。この町を拠点にされるという事で、借家の斡旋をご希望ですか?」

「頼めるかな。何日くらいかかる?」

「パーティー全員でお住まいですか?」

「そのつもりだ」

「でしたら……」


 ジェシカは少し考え込む様子を見せる。


「多少お家賃はかかって少し古めですが、全員一部屋ずつ取れる物件はあります。もう一軒、二人部屋でよければ安めの物件もあります」

「もう入居出来るって事かな?」

「細かい部分のお掃除は皆さんでお願いしたいのですが、入居は可能ですよ。ご覧になられますか?」


 オルト達は顔を見合わせた。数日は宿住まいのつもりでいたが、早く住めるに越した事はないのだ。内見を希望すると、ジェシカは手早く自分の上着と荷物を取って他の職員に引き継ぎをし、カウンターに戻って来た。


「お姉さん。顔色悪いけど大丈夫なの? 休んだ方がいいよ?」

「有難うございます、エイミーさん。今日はこのまま帰れるから平気ですよ」


 ジェシカは体調を気遣うエイミーに笑顔を見せる。

 一行はギルド提携の宿に立ち寄り、チェックインを済ませると町の外れの方へ向かった。


 目的の館に着いてみると、言われる程古くはなく、掃除も行き届いていたので入居には問題無さそうであった。ジェシカの家もすぐ近くで、時間のある時に掃除に来ていたのだという。


「お兄様、ここが私達のお家になるのですか?」

「元は商人の家らしいが、状態も悪くないし決めてもいいかもな」

「大きなお風呂もあるよ〜!」


 二階へ上がり、部屋を見て回るオルトとネーナ。

 エイミーはすでに住む気満々で、フェスタと一緒に部屋のコーディネートを考え始めた。


 だがそんな楽しい想像は、スミスのいつになく緊張した声でかき消される。


「オルト! 来てください! ジェシカさんが!」


 駆けつけたオルト達が見たのは、真っ青な顔で倒れているジェシカの姿だった。

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