第四十一話 ギルド職員の頼み事

 都市国家連合の一角である『自由都市』リベルタ。大陸中に独自のネットワークを広げる冒険者ギルドの本部が置かれた都市だけに、行き交う者も冒険者や傭兵らしき姿が多い。


 市民参加型の議会制民主主義を標榜しているものの、議員の多数は冒険者ギルド関係者であり、都市における冒険者ギルドの影響力は非常に強いと言える。


「非常に活気がありますね」

「都市国家連合の中でも勢いのある都市ですからね。他には『通商都市』『暗黒都市』『神聖都市』辺りが特に発展しています」


 興味深げに往来を眺めるネーナに、スミスが知識を披露する。駅馬車でリベルタに到着したばかりの一行は、道を尋ねに行ったオルトが戻るのを待っていた。


「待たせたな。最初に冒険者ギルドを覗いて、時間を見ながら昼食か宿を取るか決めようか?」

「お兄さん、私お腹空いた!」

「私も……」


 エイミーが元気よく挙手し、ネーナも恥ずかしそうに手を上げる。朝の出発が慌ただしくなったのはエイミーの寝坊が原因なのだが、『それはそれ、これはこれ』というやつである。


「時間があるなら、少しお腹に入れておいた方がいいのではないかと」

「賛成。屋台もベンチもあるし、急ぎじゃないんだから」


 スミスとフェスタも賛成に回る。一行は広場の屋台で思い思いの料理買い求めてからベンチに集まった。


「……何してるんだ?」


 オルトの目の前で、エイミーとネーナが並んで口を開いていた。フェスタが笑いながら感想を述べる。


「鳥の雛みたいね」


 オルトは苦笑しつつ、キッシュを切り分けると順番に二人の前に差し出した。エイミーは勢いよく、ネーナは恥ずかしがりながらも一口に頬張り、それぞれ幸せそうな顔をする。


 王女アンであった時のネーナなら、男性の前で大きく口を開けるなど考えられなかっただろう。ネーナに近衛騎士として仕えていたオルトは、改めて不思議な気持ちになった。


「フェスタ」

「私も!? う、ありがと……」


 手招きされたフェスタも顔を真っ赤にしながら頬張る。


「私は結構ですので。残りはお一人でどうぞ」


 スミスが丁重に断り、オルトは漸く残り物にありつく。ブランチは結局ランチになり、一行が食事を終える頃には休憩を終えた人々が動き始めていた。




 ◆◆◆◆◆




 ギルド本部はちょっとした御殿のような豪華な建物だった。一階の広いホールには板で仕切られたカウンターがあり、何人もの受付の職員が並んでいる。既に冒険者は依頼で出払っていて、帰って来る夕方までには多少の時間があった。


 オルト達は全員で話を聞きたいと伝え、テーブル席へと移動する。


 応対してくれたのは、マーサと名乗る中年の女性ギルド職員だった。Dランクパーティーの【菫の庭園】が大公国から流れて来たと聞いて驚いたが、ネーナ以外はそれなりに腕に覚えがあり、ランクアップを目的に来たと聞いて納得した。


「それと、この四名は市民権取得も考えてるんだが、そういう冒険者もいるのかな?」

「もちろんいますよ、。冒険者ギルドとして、優良な冒険者を育成してしっかりサポートさせて頂きます」


 最初はオルト、フェスタ、ネーナだけの市民権取得予定だったが、エイミーも希望した為に四名での取得となった。ギルド職員のマーサは慣れた様子でオルト達の要望を書き込み、書類を作成していく。


「拠点はどうされますか? リベルタの市街でなく周辺の町村でも市民権取得には支障ありませんが、住居を固定して居住実態を確認出来るようにしていただく必要があります」

「ん? 拠点が必要なのか?」

「ええ、市民権と住民登録がセットですから。居住実態の確認はギルドがするので、借家やアパートで大丈夫です。宿屋だと申請で撥ねられるかもしれません」


 ――納税だけでなく、消費もリベルタ圏内でという事かな。


 特殊な市民権取得のシステムだけに、リベルタに十分益があるよう考えられている。オルトは感心して聞いていた。依頼などでの遠征はギルドへ報告があれば問題なく、借家の斡旋もギルドがしてくれるのだという。その辺りは冒険者ギルドが強い町ならではである。


 長期間宿に泊まれば、相当な出費になる。安宿では色々と不安だ。至れり尽くせりであるが、代わりにやる事をやれという話なのだろう。そうオルトは解釈した。


「実はこちらの地理には明るくないんだ。今言った条件で適当な場所を斡旋してもらえると助かる」

「なるほど……」


 マーサは【菫の庭園】のメンバーを見ながら考え始めた。考え事をする時の癖なのか、視線が忙しなく動いてブツブツと独り言を言っている。

 暫くそうした後、マーサはカウンターから一枚の地図を持って来てオルト達に見せた。


「このリベルタとネオファムの間に、シルファリオという町があるの。街道近くで移動が便利、治安や住環境も問題無し。依頼実績はDランクからBランクまで。借家も手頃な家賃のを、ギルドから提供出来る筈です」

「どう思う?」


 オルトは仲間達に意見を求めたが、異論は出なかった。


「ここにするよ。話を進めてもらえるか?」

「ええ。借家の用意が出来るまでの数日は宿に泊まって貰うけど、そっちは大丈夫?」

「問題ない」


 マーサは頷くと、テーブルに広がった書類を片付け始めた。

 角を揃えた書類をテーブルに置くと、マーサはそれまで見せなかった真顔で口を開いた。


「後出しで本当に申し訳ないんだけど。お願いを一つ、聞いて貰えないかな。私からの個人的なお願い」


 パンと手を合わせ、頭を下げるマーサ。オルト達は困惑して顔を見合わせる。


 ギルド職員がこういう形で頼み事をするのが一般的とは思えない。しかも相手は初対面の冒険者。マーサもイレギュラーを承知で言っているのだろう。さて、どうしたものか。


 オルトが返事に困っていると、横から服の裾を軽く引かれた。


 見れば、ネーナがじっとオルトの顔を見つめていた。何度か見た事のある、口をキュッと結んだ真剣な表情。


 他の仲間達も微笑んで頷いている。オルトは不安そうな顔のマーサに言った。


「とりあえず、話を聞かせてくれないか。返事はその後にさせてくれ」


 マーサがホッとしたような表情をする。最初の事務的な雰囲気が大分崩れている。これがマーサの素なんだろう。そうオルトは思った。


「ありがとう。頼みと言っても難しい事じゃないんだ。シルファリオのギルド支部に、ジェシカって新人のギルド職員がいてね。私の知り合いなんだけど、様子を見てやってほしいんだよ」


 すでに亡くなっているが、ジェシカの母親が自分の恩人なのだとマーサは言った。ジェシカとは少し前に会っていて、その時に表情が暗かったのがマーサは気にかかっていたのだという。


「どうしてくれって事じゃないんだ。あ、シルファリオの町は本当にちゃんとしてるんだよ?」

「そっちの心配はしてないし、引き受けても構わない。だがまあ、条件がある」

「条件?」


 マーサが緊張した表情を見せる。ネーナは掴んだ服の裾をギュッと握りしめた。


 オルトはニヤリと笑った。




「その子が喜びそうなお土産を、教えてくれないか?」




 ◆◆◆◆◆




「お兄様は意地悪です!」


 ネーナはずっとご機嫌斜めだ。エイミーは逆にご機嫌で、買ってもらった菓子を頬張っている。ネーナも怒りながらしっかり菓子は食べているので、怒っても怖くはなかった。


【菫の庭園】はリベルタに一泊し、翌日にマーサから書類を受け取ってからシルファリオに向かう事になった。現在は宿に落ち着いている。


 フェスタがオルトに問いかける。


「オルトは今日は出かけるの?」

「いや。情報屋は何人もいるし、シルファリオからでも来れるから後日にする。この街には奴隷商もいないしな」


 口元を隠しながら菓子を飲み込んだネーナが、スミスに問いかけた。


「スミス様。リベルタには奴隷がいないのですか?」

「それは正確ではありませんね。このリベルタの施政下にある地域では、奴隷取引を含む人身売買は禁止されています。ですが域内の通過や滞在に制限はありません」

「だから奴隷商がいないのですね。『神聖都市』ストラトスでは奴隷の入場も出来ないと聞きましたが?」

「その通りです」


 ただし、とスミスは付け加えた。


 ストラトスはストラ聖教の総本山でもある為に、教義で人族と認められない獣人の扱いが違う。

『都市国家連合』とは主に外敵に対する集団防衛の盟約であり、お互いの政治形態や制度に干渉するものではない。それ故に都市ごとの特色は大きく異なる。


「まあ……全般的に獣人の地位が低いのは、都市国家連合に限った事ではないんだがな」


 オルトは溜息をついた。生まれついた環境で刷り込まれた差別意識は、中々払拭されないものだ。現状、獣人は奴隷でなくとも低賃金の重労働をするか、冒険者や傭兵のような危険な仕事、そうでなければ娼婦や水商売をするしかない。


 ネーナは話を聞き、悲しい気持ちになった。今までの自分は、何も知らずに笑っていたんだと思った。トウヤの事も、王国の、そして教会の闇も。奴隷や獣人、亜人の差別も。


 もっと知らなければならない。そうネーナは思った。この先に苦しみが待っているとしても。自分に何が出来るか、今はわからなくても。




 そんなネーナの様子に、スミスは彼女の資質を感じていた。


 スミスがネーナを導こうとしている『賢者』には、誰もが至れる訳ではない。だが、その入り口に立つのは本来はそう難しい事ではないのだ。そして、道は一筋だけではない。


 スミスが考える賢者の条件は、『自分が何も知らない事を認めた者』である。知らないが故に、何物をも軽んじる事なく貪欲に吸収して自らの糧とする。


 そこから得た知識を実践していくのが賢者の本領であり苦しみでもあるのだが。少なくともスミスから見たネーナは、確実に賢者の道の入り口に立っていた。

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