第四十話 大賢者の最後の弟子

【運命の輪】のメンバーやギルド職員、他の冒険者に見送られて駅馬車が出発する。北セレスタの北門からは城壁に遮られて、ネーナ達が南門の特徴的な高い塔を望む事は出来なかった。


 他の乗客は三人の親子連れと行商人風の男が一人。エイミーが早速『まんぷく冒険者亭』の店主が持たせてくれたランチボックスの蓋を開け、ネーナと共に目を輝かせた。周囲にお裾分けをしながらの朝食で話が弾む。


 エイミーとネーナがオルトにパンを食べさせようと張り合い、非常に困った顔をしながらオルトも大人しく囓る。その様子を見た乗客達から笑いが起きた。


【菫の庭園】の面々は冒険者ギルドの割引き価格で乗車する代わりに、道中の護衛を引き受けた。馬車の終点は『湖上都市』ネオファム。ネーナ達はそこで護衛を終了して一泊し、別の駅馬車に乗り換えて『自由都市』リベルタを目指す予定であった。


 北セレスタとネオファムを結ぶ街道について、ギルド職員からは「非常に安全な区間だ」と説明を受けていた。割引きの名目としての護衛という部分もあったのかもしれなかった。


 駅馬車は非常に和やかな雰囲気の中で、順調に予定のコースを駆け抜けて目的地に到着した。




 ◆◆◆◆◆




「お兄様」

「ん?」


 一行はネオファムで宿を決めると、夕食前に部屋で一息つく事にした。ネーナが隣に座るオルトに呼びかける。


「明日はリベルタへ向かうのですよね?」

「ああ。スミス」


 オルトが視線をやると、スミスは頷いてパチンと指を鳴らした。


「もう大丈夫ですよ」

「スミス様、今のは?」

「遮音結界だ。用心するに越した事はないからな」


 スミスに代わってオルトが答えた。


「俺達は『自由都市』リベルタに向かってる。理由は二つ」


 オルトはネーナに向けて指を二本立てて見せた。他の仲間も二人の話に耳を傾けている。


「一つは、俺とフェスタとネーナの市民権を合法的に取る為だ。リベルタでは他の国と違い、一定期間リベルタで納税し法を犯す事なく生活すれば、市民権を取得出来る仕組みがある」

「スミス様が仰っていた、『リベルタの空気は人を自由にする』ですね? でも、それには三年間必要だと書物にありました。時間がかかり過ぎませんか?」


 ネーナの返事に、オルトは満足そうに頷いた。


「よく覚えてたな。そう、俺達は三年も待てないから、別な方法を選ぶ。割高ではあるが、供託金を納める事で大幅に期間を短縮出来るんだ」

「市民権の扱いは同じなのですか?」

「勿論」


 ネーナが納得した様子を見せる。供託金を納める場合、冒険者であればギルドが保証人となって国内外の移動も認められる。つまり、依頼を受ける上での支障は無い。


「冒険者ギルド本部があり、都市に強い影響力を持っているリベルタならではの仕組みだな。代わりに何かやらかせば、ギルドの凄腕冒険者が追いかけてくるぞ?」

「そ、そうですか……」

「お兄さん、二つめの理由はなあに?」


 微妙な表情で黙ったネーナに代わり、テーブルの反対側のエイミーが身を乗り出す。


「二つめは、Bランクパーティー昇格を腰を据えて目指そうって事だ。俺達はたまたま、ランクより格上の緊急クエストに巻き込まれたからDランクになれた。でも今のまま移動しながらでは、この先厳しいと思うんだ」


 オルトの言葉に仲間達は納得した。ランク帯に関係なく、どの支部にも常に依頼がある訳ではない。立ち寄った先のギルド支部や冒険者との関係が良好とも限らない。


【菫の庭園】は大公国で前大公のサンドロットや大公妃セーラから受け取った路銀や緊急クエストの報酬で懐が温かい為、贅沢こそしないが食べるに困る事は無い。だが通常のDランク冒険者は、気軽に旅など出来ないのだ。


「リベルタの冒険者ギルドに着いたら、ランクアップの為の拠点にするのに良さそうな場所を聞いてみるつもりだ」

「ランクアップや市民権取得を考える冒険者は他にもいるでしょうからね。それはいいやり方だと思います」

「その間にネーナは勿論の事、俺達も冒険者として経験を積めるだろうし、依頼をこなしながら必要な情報を調べる事も出来るだろう」


 前大公サンドロットから入手した偽の戸籍情報でなく、正式に取得した市民権。それとBランクパーティーの冒険者証。その二つがあれば、新たに犯罪者にでもならない限りは各地への移動のリスクは減る。


『剣聖』マルセロが他人の冒険者証を不正取得して国家間の移動をしたらしい事は北セレスタで聞いていたが、その点においてはオルト達も全く同じ穴の貉だったのだ。




「それで、スミス」


 オルトはすっかり寛いで茶を啜るスミスを見た。


「何でしょう?」

「昇格してからでも、ネーナの指導に目途がついてからでもいい。一度皆で、大公国に行こう」

「大公国ですか?」


 スミスが珍しく不思議そうな顔をした。


「ああ。いい機会だと思うんだが、どうかな? スミスは本来、王国に『魔王封印』を報告した時点でお役御免だったはずじゃないか。十分過ぎる程働いたさ。俺も余裕が無くて、頼りっぱなしだったのを心苦しく思ってたんだ」


 オルトに続いて、フェスタがスミスの心残りを的確に突く。


「そうね。スミスは大公国に子供も孫もいるし、奥さんのお墓もあるんでしょ? ゆっくり過ごしたって誰も責めないわよ」

「それはそうですが……」


 スミスは困惑しながら隣に座るエイミーを見る。エイミーは微笑んだ。


「私はネーナ達と行くよ。今楽しいし。皆優しいし。トウヤの事もちゃんと知りたいし。連絡は取れるから、行くとこ無くなったらおじいちゃんに面倒見てもらおうかな」

「エイミー……」

「前にスミスが言っていた『召喚勇者を元の世界に返す方法の研究』をするのにも、時間はいくらあってもいいんじゃないか?」


 オルトに言われて何か考え込む様子のスミス。ネーナも訴えかける。


「スミス様。私も頑張りますから」

「ネーナ……」




 暫しの沈黙の後、スミスがため息をついた。


「……ふう。こんな話は想像もしていませんでしたよ。皆で相談していたんですか?」


 スミスの問いかけに、仲間達が顔を見合わせて一様に頭を振る。スミスは笑った。


「そうですね。それではお言葉に甘えて、楽隠居に戻らせて貰いましょうか。でも、その前に私の最後の弟子を一人前にしなくてはね。時間が無いので少々厳しく行きますが、ついてこれますか? ネーナ」

「頑張ります!」


 ネーナが両拳をグッと握って意欲を示す。スミスは満足そうに頷いた。


「セーラ妃も心配しているでしょうし、皆で大公国へ行ってネーナの元気な姿を見せてあげるのもいいでしょう。私の家族も紹介しますよ。その時は『賢者ネーナ』と名乗れるようになってもらいますからね?」




「フフッ」

「どうした?」


 一人で笑うフェスタに、オルトが声をかけた。


「一ヶ月前は、自分が平民の冒険者になって、国を跨いで旅をしてるなんて考えもしなかったなって」

「私も、お城で過ごす以外の自分は想像出来ませんでした」


 ネーナも話に入って来る。


「とっても大変ですけど……でも私は、今の自分が好きですし、今の暮らしが大好きです。生きている感じがします」

「『お兄様』もいるものね?」

「はい!」


 フェスタが言うと、ネーナは満面の笑みで応えてオルトの腕に抱き着いた。オルトは苦笑する。


「セーラ様や侍女の二人も、こうなるとは思ってなかったろうけどなあ」


 セーラ達がオルトとネーナに兄妹として振る舞う事を求めた理由は容易に想像出来る。護衛として腕の立つオルトに、ネーナから離れずにいて欲しかったからだ。特にネーナの思いを汲んだ訳ではない。


 もしも彼女達がオルトを然程も評価していなければ、フェスタとネーナが姉妹として振る舞うように求めたのではないか。オルトはそう考えていた。


 そんなオルトをよそに、フェスタが爆弾を投下する。


「そう言えばエイミーもオルトの『妹』に立候補したけど、それだとネーナとエイミーは姉妹になるのよね。どっちがお姉さんなの?」


 フェスタの何気ない問いに、二人は即答した。


「勿論、私が姉です」

「わたしがお姉さんに決まってるよ〜」

『えっ?』


 お互いの答えが予想外だったのか、二人は驚きの声を上げて顔を見合わせる。


「私が姉ですよね?」

「わたしがお姉さんだよ?」

『…………』


 むむっ、と二人が眉根を寄せる。見かねてオルトが口を挟んだ。


「妹達が仲良しでないのは困るなあ。悪い子がいるのか?」

「っ!?」


 オルトの言葉に、ネーナとエイミーが慌てて肩を組む。


「わたしたち仲良しだよ!」

「二人とも良い子です!」

「……プッ」


 二人の様子を見ていたスミスが、笑いを堪えられずに噴き出した。


「すみません。でも、これならエイミーの事も、安心してお任せ出来ますね」


 スミスはスッキリとした表情で、ふう、と息を吐いた。


「それでは妻の墓前に良い旅の報告が出来るよう、そしてネーナをしっかり賢者に導けるよう、残りの期間を務め上げる事にしましょうか。ただし、オルト」

「ん?」


 スミスに呼びかけられたオルトが顔を向ける。


「剣聖マルセロの件もありますし、王国教会の件もあります。それ以外でも私の力が必要な時は迷わず呼んでください。どこにいても駆けつけますから。私だけではありません、バラカスもフェイスもです。私がこのパーティーを離れるまでに、時間が許す限り他の仲間達にも引き合わせます」


 真剣な表情で言うスミス。だがフッと表情を緩め、ニヤリと笑った。


「あまり呼ぶのが遅いと、アンデッドになってしまいますが」

「……それは笑えんぞ」

「ハッハッハ」


 老人の自虐ネタで楽しそうに笑うスミスに、オルト達は苦笑するしかなかった。

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