第三十九話 かつての仲間
ネーナ達がパーティー会場である『まんぷく冒険者亭』に到着すると、入り口では【運命の輪】の神官であるクロスが待っていた。
ネーナがペコリと頭を下げる。
「今日はお招きいただき、有難うございます」
「これはご丁寧に。あらかた集まったので始めさせてもらっていますよ。こちらへどうぞ」
クロスが中へ案内すると、【菫の庭園】に気づいた者達が歓声を上げた。
「皆! 主役の登場だよ!」
「先に飲っちまってるぜ!」
「おう、そんな端じゃなく真ん中に来いよ」
見知らぬ者まで口々に声をかけてくる。早くも出来上がっている者もいるようだ。あわあわと狼狽えるネーナの手を取り、エイミーが料理の並んでいるテーブルに向かう。
「今日は貸し切りですし、騒いでも大丈夫ですよ。参加者も殆どが僕達の知り合いですから」
神官のクロスが言う。【菫の庭園】の女性陣、特にネーナとエイミーに配慮してくれたのだろう。オルトは彼等の気遣いに感謝した。
メラニアがカウンターの近くで手をパンパンと叩き、注目を集める。
「皆さん! 本日の主役の【菫の庭園】が到着されましたので、乾杯しましょう! 彼等のDランク昇格と、新しい仲間達との出逢いを祝って――乾杯!」
『乾杯!!!』
食堂のホールに乾杯の唱和が響き渡った。
和やかな雰囲気で始まった宴会は、親しい者の集まりという事もあり、空になった酒瓶の数に連れて賑やかさを増していく。
立食の形ではあるがテーブルや椅子を引っ張り出し、ゲームに興じたり談笑する者。ダンスを始める者や隠し芸を披露する者。新参者である【菫の庭園】の面々に話しかける者。ひたすら飲み食いに集中する者など、思い思いにパーティーを楽しんでいる。
入れ代わり立ち代わりやって来るパーティー参加者の相手で疲れたネーナは、オルトの服の裾を掴んで離れないようにしつつ、バイキング形式の食事を堪能していた。
眼鏡をかけた女性のギルド職員が、パーティー会場の『まんぷく冒険者亭』は、冒険者を引退した中年夫婦が始めた店なのだと教えてくれた。
ある町の孤児院で育った幼馴染の二人は、職を転々として苦労しながら北セレスタに流れ着き、冒険者となった。
Cランクパーティーの一員として堅実に活動していたが、メンバーの事故死によりパーティーは解散。二人は冒険者を引退して結婚し、それまでの蓄えを元手にこの店を始めた。
それからは冒険者仲間の口コミで順調に売上げを伸ばし、今では地域の繁盛店の一つなのだという。店名の由来は、店主夫婦が駆け出し冒険者の頃に恩を受けた事から来ている。
貧しい時期、とある食堂で度々食事を振る舞って貰った恩を二人は忘れず、自分の店が軌道に乗ってからは駆け出しの冒険者や家庭に問題のある子供達に、代金を取らずに食事を振る舞っているのだという。
ギルド職員の話を聞き、ネーナが微笑んだ。
「素敵なご夫婦ですね」
「でしょう? お値段も量もお味も文句無しだし、間違いなくオススメのお店よ。町の孤児院に寄付や差し入れもしてるの」
「ちょっとカミラ。目の前で褒めちぎるのやめて頂戴」
ギルド職員の称賛に、通りかかった店主の妻がツッコミを入れて周囲に笑いが起きる。ネーナはとても幸せな気持ちになった。
「女将さん、とっても美味しいです」
「嬉しいねえ! ちょっとあんた! 可愛らしいお嬢さんが褒めてくれてるよ!」
「ん」
女将が声を上げると、厨房から厳つい風貌の男が顔を出した。男はネーナと目が合うと、親指を立ててすぐに引っ込んだ。再び笑いが起きる。
その後はイリーナに腕相撲の勝負をせがまれたオルトが、イリーナを一回転させて勝利し、野次馬達を驚愕させる。テーブルの側に転がってる男達は、先にイリーナに挑んで討ち死にしたらしかった。
「これなら勝てると思ったのに……」
「すげーなあいつ、『歩くサイクロン』に勝ったぞ」
ガックリ落ち込むイリーナ。ギャラリーの言う『歩くサイクロン』とはイリーナの異名らしい。年頃の女性の渾名としてはどうかと思うが、重さを感じさせずに大剣を振り回すイリーナにはピッタリだと、ネーナは思った。
「いいのよ! オルトは強いんだから! 『剣聖』だって敵わないんだから!」
「剣聖とはまた、すごい比較対象を引っ張り出してきたな……」
ムキになってギャラリーに言い返すイリーナに、呆れたように言うオルト。だが、イリーナの言葉を聞いた者達は一様に微妙な表情になった。
「剣聖かあ。どんだけ強いかは見てないが、人間性はクソだったな」
「あいつについてって、酷い目に遭った娘もいたのよ……」
「ついていったどころか、連れてかれたのもいたろう?」
「気に入らない事があれば暴れやがるし、店でも金なんか払いやしねえ」
出るのは剣聖に対する悪態ばかり。オルトはメラニアに問いかけた。
「酷い言われようだが、そんなに?」
「はい……二年半程前でしょうか。すでにSランク冒険者資格を剥奪されていたそうですが、他人の冒険者証を不正に取得して北セレスタに流れてきたようです」
「当時のギルドマスターが剣聖を拘束しようとしたんですが、暴れて多数の死傷者を出して逃走しました。行方はわかっていません」
クロスがメラニアの話を捕捉する。
「ごめん。私があんなヤツの名前を出したから……」
イリーナは気まずそうに頭を下げた。再びメラニアが手をパンパンと叩く。
「せっかくのパーティーですから。楽しくやりましょう」
「だな。飲み直しだ!」
「お前はそろそろ控えろよ……」
「メラニア! もう一度乾杯しましょ!」
この日二度目の乾杯がホールに響き渡り、喧騒が店内を包み込む。
だがホールを見回したオルトは、エイミーとスミスの様子に違和感を覚えていた。
◆◆◆◆◆
パーティーからの帰り道、スミスは一言も発しなかった。そのスミスが、宿に戻ってからおもむろに口を開いた。
「見当はついてるかもしれませんが。『剣聖』を私は知っています。彼は一時期だけ勇者パーティーに在籍していた事があるんです」
「私あの人大っ嫌い!! 乱暴されそうになったし!! お兄さんの方が強いに決まってるよ!!」
エイミーが吐き捨てるように言ってオルトにしがみつく。ここまで嫌悪感を露わにするエイミーを、ネーナは初めて見た。
「スミス様。その『剣聖』と呼ばれるお方、宴会で聞いた話では凡そ勇者パーティーのメンバーにそぐわない人物だと思うのですが」
スミスは苦渋の表情を浮かべて肯いた。
「ネーナの言う通りです。彼が短期間でパーティーから離れたのは、正にその点が問題だったからです」
スミスはため息をつき、剣聖について話し始めた。
『剣聖』と呼ばれる男は、名をマルセロと言った。アルテナ帝国の高位貴族の子弟であり、早くから剣の才能を見出されて頭角を現し、剣聖と呼ばれて将来を嘱望されていたという。
マルセロはとにかく強かった。勇者パーティーの一員であったバラカスをして、『マルセロが最後までパーティーにいたら、トウヤは死なずに済んだかもしれない』と評する程に。
だがその強さ以上に、マルセロは素行が悪過ぎた。気に入った女は力ずくで手に入れ、飽きれば捨てる。気に入らない者は躊躇う事なく暴行し、死に至る者も出た。己の欲望に正直過ぎたのである。
人々を魔王の脅威から救わんとする勇者が、人々に苦しみを与える者と旅を共にする事は出来ない。
トウヤを始めとする仲間達は、度々マルセロに忠告や苦言を呈した。だがマルセロは、それらの全てを拒絶。行状が悪化する一方のマルセロに対し、トウヤは遂にパーティー追放を通告した。
マルセロは悔い改めるどころか逆上し、トウヤに襲いかかった。マルセロを殺すのを躊躇ったとはいえ、勇者トウヤでも一人では抑えきれずに何人もの負傷者を出し、バラカスと聖女レナを加えた三人がかりで漸くマルセロの拘束に成功する。
勇者パーティー内でもマルセロの処遇に対する意見は真っ向から対立した。『処刑して後顧の憂いを断つと同時に世間に対して勇者の公正さを示すべきだ』という意見が優勢だったが、トウヤはそれを押し切ってマルセロの魔剣を封じ、パーティーから放逐するに止めた。
「……後で聞けば、勇者パーティーに加入した時点で剣聖マルセロは帝国でも厄介者扱いだったそうです。帝国の推薦でしたが、体よく押し付けられたようなものです」
話し終えたスミスは、再びため息をついた。
「下衆の極みを絵に描いたような男ね。エイミーは大丈夫だったのね?」
「うん……トウヤとかおじいちゃんが止めてくれたから……」
「よかった……」
オルトにしがみついたままのエイミーの返事を聞き、フェスタは安堵の溜息をついた。
次いでネーナが疑問を呈する。
「どうしてトウヤ様は、剣聖を追放するに止めたのですか?」
「強かったのですよ、剣聖マルセロは。当時は我々勇者パーティーも、強力な魔族との戦いで苦しんでいました。『マルセロの改心』などという有り得ない可能性に賭けてしまいたくなる程に」
一同は沈黙した。
「私には、当時のトウヤの判断を否定する事は出来ません。ですが、剣聖マルセロが現在しでかしている事について、勇者パーティーに所属していた者には責任があると思っています」
オルトがスミスに問いかける。
「……現在の剣聖の居場所に心当たりは?」
「わかりません。帝国も表向きは追放しているようですから、犯罪組織に身を寄せている可能性もあります」
「そうか」
暫く考えてから、オルトが口を開いた。
「この話は保留にしておこう。剣聖の動向がわからなければどうにもならない。スミス、パーティーを抜けるとか言わないでくれよ?」
「オルト……」
「俺達にスミスが必要なだけじゃない。前にも言ったが、世界の為に戦った恩人達に、まだあれこれ背負わせるのも酷過ぎるだろう?」
オルト達はすでに、王国教会の件で闇を覗いている。剣聖が潜むのもそういった闇の一つかもしれない。
オルトは改めて、パーティーの舵取りに細心の注意を払おうと心に誓った。
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