第三十四話 化物なんて言わないで
「貴方はこの事実を知りながら、トウヤ殿に伝えなかった。それは国王陛下を始めとする、当時の王国上層部の指示だろう。その指示の意図もわかる。貴方達は、トウヤ殿の身に何が起きるか予想出来ていたんだ。むしろ予想が実現するよう誘導した」
推測を交えたオルトの指摘に、俯いたヴァンサーンは答えない。ネーナはまた明らかになった勇者トウヤの真実に、強い怒りを覚えていた。
国王ラット厶以下重臣達は、魔族に対抗する力を与えるという体で勇者トウヤの身体を蝕む技を伝授していた。強くなり過ぎた勇者が敵に回る事を恐れたのか、それはネーナにはわからない。
だが少なくとも、彼らがトウヤを慮ったのでない事は確かだ。
スミスも険しい表情で言う。
「トウヤの自己責任とは言わせません。王国は召喚したトウヤの情報を遮断し、『魔王を倒さなければ元の世界に戻れない』との認識を刷り込みました。王国上層部はトウヤが戦いの経験はおろか、武器を振るった事も無いのを知っていた。魔王討伐を目的とする旅に出たトウヤに、生命を削って戦う以外の選択肢はありませんでした」
スミスの言葉が終わると、突如ヴァンサーンが顔を上げた。怒りをぶち撒けるように、溜まった鬱憤を晴らすかのように猛然と喚き散らす。
「だとしても……だとしても私にどうしろと言うんだ! 命令に従うしかないじゃないか! 魔王だと!? そんな化物の相手などしていられるか!
「――いい加減にしてくれないかな」
エイミーが静かに言った。
駄々をこねる子供のようなヴァンサーンが、その一言で黙り込んだ。エイミーはそのたった一言に、ヴァンサーンを遥かに上回る怒りを込めて叩きつけた。
「トウヤは人間だよ。化物なんて言わないで。トウヤはたくさん傷つきながら、この世界のたくさんの人達を救ったよ」
「トウヤは暗闇の中で泣いていたわたしを助けてくれたよ。何も悪い事してないのに、誰にも迷惑かけてないのに。生まれちゃ駄目だ、生きてちゃ駄目だって言われて、追い払われて、石を投げられたりして。何もかも諦めていたわたしを見つけてくれたよ」
「トウヤはわたしに手を差し伸べてくれたよ。わたしの為に怒って、わたしの為に泣いてくれたよ。生きててくれてありがとう、出会ってくれてありがとう、って。一緒に行こうって。そう言ってくれたよ」
エイミーは涙を流していた。
「トウヤは、あなたみたいに相手が強いからって逃げなかったよ。そんな事許されていなかったし、トウヤも自分自身が逃げる事を許さなかったよ。負けても、大事な仲間が死んでも、勝つまで何度でも向かっていったよ。生命を削って戦い続けたよ」
「トウヤは、自分が元の世界に帰りたいだけなら、もっと早く魔王の所に行けたんだよ。トウヤが死なずに魔王を倒せたかもしれないんだよ。時間がかかったのは、同じ人間に対して魔族よりも酷い事をする、あなた達みたいな人がたくさんいたからだよ」
「人の心を持たない、そんな化物みたいなあなたが! トウヤの事を! 化物なんて言わないでよ!」
「っ、フェスタ」
「……ええ」
オルトは立ち尽くして涙を流すエイミーを見ると、僅かに残った力を振り絞って歩き出した。フェスタの肩を借り、足を引きずりながらエイミーの側に寄り、涙を流すエイミーを抱きしめる。
「甘ったれるなよ、ヴァンサーン」
オルトが冷たい目を向けて言い放つ。ヴァンサーンに対して、最早言葉遣いの僅かな敬意すらも示す事はない。
「お前が唯々諾々と命令に従うような殊勝な男か。打算で積極的に汚れ仕事に手を染めた結果の、今の地位だろうが。五年前、勇者パーティーから離脱した後。お前は大森林の流民の村で何をした? どの道、お前が表舞台に返り咲く事は絶対に無い。それだけは断言しておく」
オルトはエイミーをフェスタに任せてヴァンサーンに歩み寄り、乱暴に胸倉を掴んで引き寄せた。体力が尽きかけているとは思えないオルトの動きに、フェスタが顔を顰める。オルトが無理矢理に自分の身体を動かしたのがわかったからだ。
「もう一つ。俺がお前を無事に解放するのも、これが最後だ。次にその面を見せたら、殺す」
突き放されたヴァンサーンが、自分の身体を支えきれずに崩れ落ち、
ネーナはヴァンサーンに一礼し、王女アンとして最後の言葉をかけた。
「私は、私自身の意思で、私の道を行きます。ご機嫌よう、騎士団長様」
オルト達はヴァンサーン一行の馬を逃して彼らの足を奪うと、馬車に乗り込みその場を後にした。武器まで奪わなかったのは、無国籍地帯に怪我人を放置していく事に対する情けであった。
ネーナは遠ざかっていくヴァンサーンの姿を。エイミーは馬車の御者台で前を。それぞれ無言で見つめるのだった。
出発して暫くの間、ネーナ達は誰も口を開かなかった。重苦しい空気を打ち消すように、スミスがオルトを労う。
「オルト、お疲れ様です。全員無事で何よりですが、無茶は程々にしてくださいね」
「大した事ないさ」
「大した事あるでしょ、オルト」
オルトの返事に、御者台のフェスタが噛み付く。藪蛇になった事を察したスミスは何食わぬ顔で外に目を向け、恨みがましいオルトの視線をやり過ごす。
「また『
「そうは言っても、エイミーがあんな顔してたら無理矢理でも身体動かさなきゃ仕方ないだろ」
「そうだよ! お兄さんあんな無茶して! うわーん!!」
「ちょっ!?」
今度はオルトが藪を突いて、再びエイミーの涙腺が決壊した。御者台から荷台に飛び下りオルトに抱きつき、エイミーが号泣する。
半分空いた御者台には、ネーナが苦笑しながら座る。フェスタはオルトがするように、ネーナの頭を撫でながら言った。
「オルトが悪いんだから、泣き止むまで面倒見てあげなさいよ。あと私もネーナも心配したんだから、ちゃんと埋め合わせしてよね。具体的には甘いもの希望」
「ええっ? しょうがないなあ」
全面降伏の体で、オルトは両手を上げた。立場が逆で、フェスタが自分の身体を顧みない無茶をすれば、オルトだって苦言を呈する。フェスタはあれで大分我慢してくれてるのだと、オルトは理解していた。
危険性を認識していながら、誰もオルトに「あの技を使うな」とは言わなかった。それは、オルトが必要だと判断すれば、どれだけ止めても使ってしまうと知っているからだ。
オルト自身も心配されている事は理解しているが、『その時』が来ればどうにもならない事でもあった。オルトに出来る事と言えば、『その時』が来ないような選択を心がける事と、あの技を使わずに対処出来る力を身につけるしかないのだ。
「ん?」
「おやおや」
いつの間にか静かになった腰の辺りに目をやると、オルトにしがみついて号泣していたエイミーが寝息を立てていた。
思えばエイミーは、パーティーで替えの効かないロングレンジの哨戒を一手に引き受けてきた。ヴァンサーンに対し感情を爆発させて、緊張の糸が切れたのかもしれない。オルトはスミスから毛布を受け取り、エイミーを包んだ。
ヴァンサーンにぶつけた怒りの言葉や以前のスミスの発言からも、この十代そこそこにしか見えない少女が、どんなに過酷な半生を歩んできたのかはオルトにも容易に想像出来た。
オルトは、ふと湧いた疑問を口にした。
「スミス」
「何でしょう?」
「エイミーは……王国で魔王撃退の報告をした後、どうするつもりだったんだ?」
王国にやって来た勇者パーティーメンバー四人の内、スミスは大公国に帰る場所があった。バラカスは傭兵で、王国東部方面軍にユルゲン将軍という知己がいる。フェイスも王国出身で盗賊ギルドの所属。
でも、エイミーは?
「私の家で暮らそうという話はしていました。孫や曾孫、後輩の賢者や魔術師が訪れるので寂しくはないでしょうし。ただ当人からは、はっきり『来る』という返事はありませんでしたね。何か思う所があったのかもしれません」
「そうか……」
顔触れは変わっても、エイミーにとってはこうして旅が続く形が望ましいのかもしれない。少なくとも、今は。
オルトが髪を撫でると、眠っているエイミーの口角が少し上がった。いい夢を見ているのかもしれない、とオルトは思った。
「……一人になる事。置いていかれる事。捨てられる事。そういう事に対して、強い恐怖感があるのかもな」
「確かにそういう面は見受けられます」
自身を否定され続けた少女が、曲がりなりにも勇者パーティーの一員として最後まで旅を共にした事実。まるでエイミーが仲間に置いていかれたくない一心で、必死に役に立とうとし続けたように思えて、オルトはとても切なくなった。
「スミス。俺は……どうすればいいと思う?」
「私にもわかりません。でも……」
「でも?」
「今はエイミーと一緒に、色々な経験をしていけばいいのではないかと」
「そうか……そうだな」
オルトは気持ちを切り替えた。まずはこの『嘆きの荒野』を無事に抜ける事だ。そしたら、エイミーの気が済むまで遊びに付き合ってやろう。オルトはそう思った。
――この娘の悲しみが消えてしまうまで。この娘が心から笑えるようになるまで。
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