第三十三話 貴方が使わない理由
「お兄さん。次のお客さんが来たよ」
エイミーが御者台の上に立ち上がり、後方を見据える。
ネーナ達【菫の庭園】が大公国を出てから絡んできた野盗は、二日程も執拗に追跡してきたものの、エイミーの放つ矢で人数を減らし続けて遂にギブアップした。『次のお客さん』とは、それとは別の追跡者が迫っているという警告だ。
「そうか」
オルトは新たな追手が来た事だけ仲間に告げ、それまでと同じように馬車を進めていく。だが、追手の姿を自らの視界に収めると、オルトは顔を顰めた。
「フェスタ。ヴァンサーンだ」
「ええっ? 大公国でゆっくりし過ぎた?」
「かもな。仕方ないさ」
王女アンが国境付近で姿を消せば、手段はともかく隣国へ行った可能性に思い至るだろう。
【菫の庭園】は、言う程移動に時間をかけた訳ではない。考えられるのはどこかで王国の密偵の目に留まっていた事だが、そこは相手の仕事を称えるべきではないか。オルトはすぐに、そう割り切った。
「お兄様……私を連れ戻しに来たのでしょうか」
「多分、そうだろうな」
「でしたら私は、もう王女ではないと改めて主張します」
不安そうな表情ではあるが、ネーナはハッキリと言った。オルトが視線を向けると、スミスも頷き同意を示す。
オルトは馬車を停めた。手早く役割分担を終えて全員が馬車を降りる。
追手の一団もそれぞれ下馬した。総勢七名、中には武器に手を当てている者までいる。
「エイミー」
「他にはいないと思う」
オルトはエイミーの返事に黙って頷いた。
一団の先頭は王国騎士団長ヴァンサーン。だが外套も防具も騎士団長の物ではない。供の者達も王国騎士団の武装とは違う。暗部か、ヴァンサーンの侯爵家で抱える傭兵なのか。オルトはそのように判断した。
ヴァンサーンは一歩前に出ると居丈高に告げた。
「王国近衛騎士トーン・キーファー並びにステフ・プレクト! 貴様達には王女殿下誘拐の容疑がかかっている! かかる行為は王国に対する重大な反逆行為である! この私、王国騎士団長ヴァンサーン・レオニスが貴様達を拘束する! 直ちに王女殿下を解放して他の二名共々投降しろ! 抵抗するなら容赦はしない!!」
「…………」
いきなり斜め上の口上をぶつけられ、【菫の庭園】の面々は困惑して顔を見合わせた。オルトが努めて冷静に言葉を返す。
「この場には近衛騎士も王女殿下もいない。王女殿下は王族の地位放棄を宣言し、近衛騎士は地位放棄前の王女殿下より騎士を解任されている。言いがかりはやめてもらおう」
「王女殿下の地位放棄を国王陛下は承認していない! 申し開きは国王陛下の前でしろ!」
高圧的な態度を崩さないヴァンサーンに対し、イラッとしたエイミーが辛辣な言葉を投げた。
「……お兄さんにボロ負けした人なのに、何で偉そうなの?」
「っ!?」
「ああ、言っちゃった……」
フェスタが額に手を当てた。気にしている事をはっきり言われた怒りと羞恥で、真っ赤になったヴァンサーンがプルプルと震えている。
ネーナはオルトの外套の端を握って横に立ち、声を振り絞ってヴァンサーンに反論する。
「国王陛下の承認が無くとも、私の宣言の主体は私自身です! 私は『王族の地位を放棄する』と宣言しました。そこに他者の承認は必要ありません!」
オルトもネーナを擁護し、ヴァンサーンの理屈の不備を突く。
「王族は王国民ではない。王族の地位を放棄した者は、国籍を持たない平民となる。王国領でないこの地において、王国の法は通用しない。貴方が彼女を拘束できる根拠は無いぞ、ヴァンサーン」
「くっ! 王国騎士団長たる私に対してその物言いは不遜だぞ、トーン!」
ヴァンサーンは苦し紛れに自らの地位を持ち出し恫喝しようとするが、既に近衛騎士を解任されているオルトにとっては何の意味も無い言葉だった。
「ヴァンサーン。王国騎士団長を名乗るならば、何故王国騎士を連れていない? どうして王国騎士団長の装備を着用していない? 王国騎士団の服務規程を団長自ら破る気か? いや、違うな。貴方は今、本当は
「!?」
オルトの言葉で、ヴァンサーンがビクッと反応する。
「貴方は俺の容疑を述べたが、執行令状はどこだ? 国王陛下も重臣も、そんなものを出せるはずがない。そのような状況を招くに至った経緯が明るみになり、西の辺境伯を始めとする反国王派の突き上げを食らうからだ」
影響力が低下している今の国王派では、反国王派の攻勢に耐え切れない。
本当にオルト達に王女誘拐の嫌疑がかけられているならば、今頃は『
推測を多分に含んでいたが、オルトの読みは確かに当たっていた。
「貴方は今、騎士団長の職務を停止されているはずだ」
「っ!! そうだ! 全て貴様のせいだ!」
図星を突かれ、ヴァンサーンは激昂した。全ての責任をオルトに転嫁する物言いに【菫の庭園】の面々は呆れ返った。だがヴァンサーンは、自分が間違っているとは微塵も考えていない。
ヴァンサーンは剣を抜き、オルトに切っ先を向けた。騎士団長が装備する剣とは違うものの、剣身に纏った赤い輝きが魔法剣である事を示している。
「貴様をここで殺し! 王女殿下を連れ帰る! 私が失ったものを取り戻してみせる!!」
ヴァンサーンの目は、殺意に満ちていた。その険しい視線は、真っ直ぐオルトに向けられている。オルトはそれを、正面から受け止めた。
「ヴァンサーン。貴方は何も得る事は出来ない。無国籍地帯であるこの『嘆きの荒野』において、貴方が頼りとする権威も力も、貴方の守りとはならない」
ヴァンサーンとオルトが対峙する。フェスタがネーナを庇うように前に出て双剣を構え、スミスとエイミーはネーナの左右を固めた。
「ネーナ、よく見ておきなさい。今日は支援魔法を実演しますよ」
「ネーナはこれから、私達と旅をするんだから。怪しい人達に渡したりしないよっ!」
敵がスローイングナイフをスナップするより早く。エイミーの放った矢が、ナイフを持った敵の手の甲を撃ち抜いた。同時に右脚にも矢を受けた相手は、悲鳴を上げて蹲る。
二人がかりでフェスタに迫った敵は、突如一人が躓いたようにバランスを崩す。もう一人が大剣を振りかぶるが、フェスタは大きく距離を取って回避した。違和感を覚えたフェスタが、一瞬スミスを見る。
「今のは、スミスが?」
「声をかけるべきでした、すみません。『
「ちょっと驚いただけ。助かるわ」
直後フェスタは大剣の攻撃を易々と受け止め、コンビネーションで敵を斬り伏せる。さらに遅れて来たもう一人を各個撃破の形で仕留めた。
「もう一人が躓いたのはエイミーね。ありがとう」
「お姉さんは双剣が得意なの?」
「他にも使えるけど、騎士は装備が決められてたの」
この時には残った敵も二人は魔法で拘束され、最後の一人は抵抗を諦めて降伏した。ヴァンサーンの供は、やはり騎士とは違うようだった。
瞬く間に味方を無力化されたヴァンサーンが愕然としている。
「馬鹿な! レオニス侯爵家が大金を積んで抱えている傭兵達だぞ!?」
オルトが剣を抜くと、ヴァンサーンは「ひッ!」と悲鳴を上げて後退った。傲慢な姿は鳴りを潜め、廃村で決闘に破れた時の様子に逆戻りしている。
オルトは深い溜息をついた。
「大金積んで雇うのは、傭兵でなく英雄にすべきだったな。決闘でついた決着を蒸し返す気は無いが、貴方には聞きたい事がある」
「き、聞きたい事だと?」
オルトが頷き、剣を振り上げる。ヴァンサーンの顔が引き攣る。
剣身が強く輝き始め、それを見たヴァンサーンが驚愕を顕わにした。オルトが警告する。
「動くなよ。こっちも制御が難しいんだ」
「どうして貴様がそれを――っ!?」
最後まで聞く事なく、オルトは剣を振り下ろした。
轟音と衝撃を伴う、大きな大地の揺れと砂埃。その場にいる者達の視界が戻った時、尻餅をついたヴァンサーンの横を数十メートル先まで、地面に深い溝が刻まれていた。
「オ――トーン!?」
オルトは軽くフラつき、地に片膝をついた。慌ててフェスタが駆け寄り、オルトを支える。
絶句する一同をよそに、オルトはヴァンサーンに問うた。
「今の技は、俺がバラカス殿から教わったものだ。先程の反応を見る限り、貴方も知っているはずだ。いや、
「…………」
ヴァンサーンは無言を貫く。その顔には明らかな動揺が見られる。オルトは構わず言葉を継ぐ。
「バラカス殿は、トウヤ殿から聞いて独自に習得したそうだ。そのトウヤ殿は『騎士団長から伝授された』と話したという」
「その発言の確かさは、その場で聞いていた私が保証します」
ヴァンサーンと傭兵達の様子を注視しながら、スミスが言った。
ネーナを挟んだ反対側にいるエイミーは、いつになく真剣な表情で、外から接近する敵の存在に気を配っている。
「俺は貴方をよく知っている。自分が勝てない少年に対し、自分の親や実家の力で抑えつけても勝とうとする貴方を。これ程の威力を出せる技を習得しながら、使わない貴方ではないだろう。その貴方が、決闘の惨敗を前にしても使わなかった理由は何だ?」
「私は……負けてなど……」
「トウヤ殿は剣技の使用後、体力の消耗を訴えていたそうだ。バラカス殿も同様だし、俺も実感している。貴方が言わないならば、
俯くヴァンサーンを前に、オルトは告げる。
「これは――生命を削って放つ技だ」
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