第三十五話 感謝のデート大作戦

 野盗の一団、そして王国騎士団長ヴァンサーンの一行を退けた後は、【菫の庭園】に大きなアクシデントは訪れなかった。


 遠くから一行を窺う気配は何度か感じたものの、近づいて実力行使に及ぶ者は現れなかったのだ。オルト達はそれを、ヴァンサーンに見せた『勇者の剣技』の破壊力が、図らずも他の襲撃者達への警告になったのだろうと考えていた。


「――つまり。自分達の力を示す事が抑止力となるのです。『手を出せば自分もただでは済まない』『絶対に勝てない』と相手に思わせる訳です」

「抑止力、ですか……」

「それだけで十分とは言えませんが。法の支配や権力による統治が及ばない、この『嘆きの荒野』のような治外法権の場所においては、他者の干渉に抗う力が無いと思われるだけで、生きていく事が難しくなります」


 馬車の荷台で、スミスがネーナに講義をしている。近くで聞いている事が多いフェスタは、『賢者』スミスの膨大な知識に感嘆するばかりであった。


 ネーナはスミスから魔術の手ほどきも受けていて、フェスタからは短剣の扱いと体術を学んでいる。それらは全てネーナから申し出たもので、パーティーに貢献したいという強い希望は仲間達にも伝わっていた。


 少々詰め込み過ぎに感じつつも、仲間達はネーナの思いを前向きなものと捉え、出来る限り願いを叶えて見守る事にしていた。


 一方、ヴァンサーンに対して感情を爆発させたエイミーは、概ね普段の姿を取り戻していた。少し変化が見られるのは、オルトやフェスタの後をついて歩く事が増えた辺り。


「お兄さんお兄さん。今日はベッドで寝れるかなあ?」

「日没までには町に着くから、急いで宿を探さないとな」

「今日はお兄さんと一緒に寝たい!」

「エイミー。女同士で色々お話しましょうね〜」


 笑顔のフェスタが御者台の会話に割り込む。野営となればエイミーやネーナがオルトに寄り添って寝る事もあるが、それは安全の為である。


 ヤキモチという訳ではなく、フェスタはネーナ達の男性との距離感を心配しているのだ。二人とも既に成人している女性。しかも人並み以上の容姿。オルト以外の男性に同じように迫れば、相手は大概勘違いするであろう。


「お姉さんも一緒に寝ようよ〜」

「えっ!? それは……いや駄目でしょ!」


 エイミーは中々引き下がらない。それどころかオルトの背には、スミスの講義を受けている筈のネーナの視線も感じるようになった。無駄とは思いながらも、オルトは一般論で説得を試みる。


「年頃の女性があまり男性に近づき過ぎると、相手が恋愛感情を向けられてると勘違いしたり、乱暴されたり無用なトラブルに巻き込まれかねないんだぞ?」

「悪い男の人だったらやっつけるよ?」

「私はお兄様以外の男性と寝た事ありませんし」

「私も私も!」

「言い方な……人聞きが悪過ぎる」


 乱入してきたネーナの言い草に、オルトが溜息を吐く。フェスタは『こっちに話を振るな』とばかりに目を逸らし、講義を中断する形になったスミスは苦笑している。


「勇者パーティーはそれほど距離感の近い集団では無かったですよ。プライベートの楽しみもありませんでしたし。恋仲になった者達もいましたが、当然ソリの合わない者達もいました。むしろエイミーがこんなに男性に懐いてるのが驚きです」

「えへへ……」


 スミスの言葉に照れ笑いをするエイミーに、オルトは説得を断念した。異性に対して不用意に思わせぶりな事をすべきでない。それがわかっていればいいのである。


 エイミーもネーナも、オルトに兄や父親といった肉親男性を投影してスキンシップを求めているのだ。


 エイミーはハーフエルフという生まれから、あまり良い扱いを受けて来なかったようであるし、ネーナも母親が亡くなり姉が嫁いだ後は孤独感があったのだろう。


 王女アンの父親である国王ラットムは、実の娘に愛情を注ぐような人物ではなかった。アンの周囲の人々は優しかったろうが、関係性はどこまで行っても『王女とそれに仕える立場』。近衛騎士としてオルトはそれを見ていた。


 境遇に同情はするが、自分が深く関わって本来は家族がすべき事に手を出すのはどうなのか。まして自分には|将来を誓った女性『フェスタ』がいる。だが二人を放り出して不幸にしたいとは決して思えない。


 ぐるぐる回る思考を止めて、オルトはシンプルに結論を出した。


 一つだけ選べるなら何か。一番大事なのは何か。正解はわからなくても、自分が絶対に失いたくないものははっきり言える。


「あー。二人の話はとりあえず明日な。今晩はフェスタと仲良くするから」

「うえっ!?」


 フェスタが変な声を上げて赤面した。食い下がるかと思われたエイミーとネーナは、意外にもそこで納得する。顔を見合わせてニッコリ笑う二人に、オルトは首をひねるも一先ず流した。


 実際の所、二人はオルトの想像通りに、突然出来た兄に全力で甘えているだけであった。前のめり過ぎて距離感こそ測りかねていたが、オルトとフェスタの仲を邪魔する気は全く無かった。


 むしろ二人としては、オルトが自分達を遠ざける事なくフェスタへの気遣いをはっきりと示した事で、オルトへの信頼感や安心感が増す形になったのである。




「町だよ!」


 目の良いエイミーが馬車の前方に都市の影を見つけて全員に報せる。ネーナにはまだ見えないが、予定通りならば向かっているのはシュムレイ公国。いずれ高い塔が見えてくるはずだ。


 ネーナも歴史や地理の一環として、シュムレイ公国の知識はある。『嘆きの荒野』と都市国家連合を隔てる位置に存在する都市国家の一角。かつて周辺地域を統治していたセレスティア王国の王都セレスタ、その北部地域を中心に発展した、王国の正当な後継と言える。


 荒野から見える都市南側の塔は、かつての賢者の塔の名残り。後世に『異界の門危機ゲート・クライシス』と呼ばれる大災厄に際して、三人の魔道士が構築した魔力障壁で塔の北側は被害を免れたが、塔は半壊し魔道士達は命を落としたという。


 破壊の爪痕が今も生々しく残る塔を眺めながら、【菫の庭園】一行は町に入場した。こちらの門番はモンペリと違い非常にドライで、身分証の確認と入場手続きが終わると何事もなく市街へ進む事が出来た。


「急で申し訳無いのですが、ネーナとエイミーをお借りして別行動をしても構いませんか? 宿に入る前に合流という事で」


 突然のスミスの申し出。オルトとフェスタは首を傾げつつもそれを了承した。後で冒険者ギルドで合流する事を決め、オルト達は馬車へと向かう。


「何だ?」

「さあ?」


 オルト達はまず馬車を売却し、宿を決めてから冒険者ギルドに足を運んだ。職員から諸々の説明を受けてギルドの建物を出ると、街灯が石畳を照らしていた。そろそろ夕食の時間帯である。


「お姉さーん!」

「お兄様、お待たせしました!」

「じゃあ、行こうか」


 タイミング良くやって来たネーナ達と合流し、宿に向かおうとしたオルトとフェスタを、それぞれエイミーとネーナが前に回り込んで押し止める。


「どうしたの?」


 不思議そうな顔でフェスタが尋ねるが、二人は顔を見合わせてモジモジしている。代わってスミスが答える。


「私達は宿で食事をして三人部屋に入りますから、フェスタ達はどこかで食べて来てください。二人部屋は空けておきます」

「えっ!?」

「いきなり言われても……」


 その間も少女二人はフェスタ達をグイグイ押し返そうとする。


「お兄さん、デートだよデート!」

「財布の方はご心配なく」

「フェスタもゆっくりしてきてください。それから、これを」


 ネーナがフェスタの手に、折り畳んだ紙を紙を押し付ける。

 三人は宿の場所を聞くと、呆然と立ち尽くすオルトとフェスタに手を振り、足早に立ち去ったのだった。




 ◆◆◆◆◆




「じゃ、作戦成功を祝って乾杯〜!」

『乾杯』


 宿の一室で、エイミー、ネーナ、スミスの三人は持ち帰った料理をテーブルに広げて乾杯した。


 エイミー命名の『デートでDON大作戦!』は、シュムレイ公国到着前から移動の合間を縫って話し合われていた。まずエイミーとネーナが計画しようとしたが、二人ともデートらしいデートの経験が無い事が判明していきなり頓挫の危機に陥る。


「中々悲しい事実でしたね……」

「ダメージが痛かったよ……」


 二人が当時を思い出してどんよりとした空気が漂う。


 結局スミスに泣きついて助言して貰い、町に着いてから急いで評判のレストランを予約し、夜景の綺麗なスポットも調べ、メモしたものをフェスタに渡したのである。ネーナ達が先に宿に戻る旨を伝えたのも、心配をかけず心置きなくデートを楽しんでもらう為だった。


「お兄さんとお姉さん、喜んでくれたかなあ」

「ええ、きっと」

「そうだといいですね」


 誰にともなく言うエイミーに、スミスが応える。ネーナも微笑んだ。


「私達の感謝の気持ちですから。きっと伝わりますよ」

「うん……うん。そうだね」


 エイミーもネーナも、ある程度お互いの身の上を知っていた。二人とも生まれ育ちが全く違うにも関わらず、成人して今に至るまでの間に、遠慮なく我儘を言った経験が無かったのである。


 そんな自らの人生を片や諦め、片や受け入れていた二人にとって、今している旅は夢のような時間であった。野営が続いたり、移動が体力的に厳しくとも苦にならない程に。時折辛い現実に直面する事があっても乗り越えられる程に。


 二人にとってオルトとフェスタは、実現する事のない筈だった優しく頼れる兄であり、姉だった。そんなオルト達に、二人はどうしても感謝を表したかった。


 まだまだもっと、これからも一緒に旅をしたい。そんな思いを込めて――




 突然、部屋の扉がノックされた。ノックというより扉を蹴ったのか、下の方から音がする。部屋の中の三人は警戒した。


「すまん、扉を開けてくれないか?」

「両手が塞がってるのよー」

「お兄さんとお姉さん!?」


 気配で警戒を解いたエイミーが駆け寄って扉を開ける。箱を抱えたオルトに続き、両手に袋を提げたフェスタが入ってきた。


「どうしたんですお兄様?」

「ん? レストランも夜景も行ってきたぞ。三人とも、有難うな」


 ネーナの問いに、箱をテーブルに置きながらオルトが答える。フェスタが言葉を継いだ。


「美味しかったから、みんなで食べようと思ってお土産にしてもらったの。今度はみんなで行きましょうね」

「……うわーん!!」

「ちょっ!? 泣いてばっかりだなエイミー!」

「だって〜!」


 オルトに抱きついて号泣するエイミー。部屋が笑いに包まれ、再び乾杯の為のカップがテーブルに置かれる。


 ゲストが増えた賑やかな晩餐は、まだ終わりそうになかった。

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