第三十一話 ソードブレイカー
「っ!」
フェスタの後ろに騎乗するネーナが息を呑んだ。
冒険者達が突入したポープルの村は、亡者が跋扈する地獄の様相を呈していた。
村に近づいた時点で、冒険者達は火の手を確認していた。だが幸いにも、村内の移動が阻害される程ではない。明らかにアンデッドとは異なる人影が倒れているのは、迎撃を試みた者や逃げ遅れた住民かもしれない。
屋外に生存者を認められず、冒険者達はモンペリで得ていた情報に従って村の教会を探した。
教会はすぐに見つかった。ゾンビやスケルトン等の低級アンデッドが幾重にも周囲を取り巻き、壁や扉を手当り次第に叩いている。頑丈な造りの建物であった為、敵の侵入には至っていないようだった。
オルトが【禿鷲の眼】のリーダー、ガルフに声をかける。
「ガルフ。神官殿が必要なのは教会の中だろう。そっちを任せていいか」
「大将は?」
「村の奥から出て来る個体に強いのが交じり始めた。道を辿って元を叩く」
「一人でか?」
「問題ない」
言いながらオルトはアンデッドを両断した。Cランクパーティーの神官であるショットが、呆れたように言う。
「今斬ったの、ワイトですよ……」
ガルフは少し考えた後、自分のパーティーメンバーのスカウトを呼んだ。
「夜の山道だ。足は引っ張らんから連れて行ってくれ」
「……わかった。行こう」
スカウトの女性、ミアと共に頷き合い、オルトは山に向かって走り出した。スミスはそれを見送り、飄々とした様子を崩さず腕まくりをする。
「さて。それでは少し本気を出しましょうか」
「何か手があるのか?」
「時間は取らせません」
斧を構えて突入しようとするガルフ達を制して、スミスが杖を一振りする。直後、一瞬にして教会を取り囲んでいたアンデッド達が凍りついた。
ネーナはスミスの攻撃魔法の威力に目を見張った。
「ここで燃やすと、教会が石窯オーブンになってしまいますのでね」
「……なるほど」
ガルフが感心したように唸る。丁度いいタイミングで村に到着したモンペリの兵士に、スミスは深い穴を掘って教会の周囲の氷塊を焼き尽くすよう依頼した。
◆◆◆◆◆
重い音と共に教会の扉が開く。
教会の扉は内側から
ネーナはフェスタに続いて教会に入る。村人達は不安と恐怖が入り交じった目でネーナ達を見た。
――この人達の目、見た事があります。
ネーナは村人達の表情に既視感があった。それは以前、王国で発生した大水害の時、被害地域で見た住民達の表情とよく似ていた。
目の前の脅威に対する無力感。明日からの生活に対する不安感。積み上げてきた物を一瞬で失った絶望感。
何かの切っ掛けで、張り詰めたものが切れそうな緊張感。
王女アンとしてその場にいたネーナは、ただ人々を励ます事しか出来なかった。時を経て、ネーナは再び同じ場面に遭遇している。あの時と同じで、自分に出来る事は限られている。
――今の私には何の力も無いけれど。だったら今、私に出来る事を、精一杯やろう。
以前と違い、ネーナに迷いは無かった。兵士に支援物資の有無を確認してから、村人達に向かい声を張り上げる。
「皆さん! モンペリから兵士と冒険者が到着しました! 現在村内の安全を確認しています! 外に出るまでもう少しお時間をください! 簡単なお食事と毛布をお渡ししますので、お年寄りとお子様から、譲り合ってお願いします!」
よく通るネーナの声で、教会内に安堵の空気が広がっていく。神官と兵士達が支援物資を取りに表へ向かった。
「嬢ちゃん、いい仕事したぞ。大したもんだ」
斧使いの男、ガルフがネーナに声をかけ、親指を立ててみせる。ネーナは笑顔を返すと、フェスタと一緒に支援物資の配布を手伝い始めた。
暫くの後、騎士を先頭にした一団が村の入り口に到着した。その救援部隊が村の警備を引き継ぎ、漸く冒険者達はお役御免となった。
だがオルトとミアは戻らず、救援部隊も二次被害を避ける為に夜間の捜索断念を決定する。二つの冒険者パーティーは山の僅かな異変も見逃さないように、村長や救援部隊の厚意を断り、村の裏口で夜営をする事にした。
◆◆◆◆◆
「お兄さん達が戻って来たよ!」
木の上に登って遠くを見つめていたエイミーが、喜びの声を上げた。小さな一つの人影が近づくにつれ、オルトが女性を背負っているのが確認出来た。
眠れぬ夜を過ごしたネーナ達の下へオルトとミアが戻ったのは、夜が明けて捜索隊が出発しようとしている時であった。
「すまん。脅威はあらかた排除したんだが、山道の足場が悪くてあちこちにアンデッドが嵌っててな。明るくなるまで移動を控えていたんだ」
「無事ならいいわ。エイミーもネーナも頑張ったから褒めてあげてね」
オルトはフェスタに答えながらミアを背中から下ろし、【禿鷲の眼】に引き渡す。ミアは小さな声で礼を言うと、足を引きずってオルト達から離れていった。
「お兄様!」
「お兄さん!」
「うおっ」
入れ替わりにネーナとエイミーに抱きつかれ、オルトは倒れ込んだ。慌ててフェスタが助け起こす。
「もしかして『
「ああ……不覚にもドレイン食らって、出し惜しみする余裕が無かった」
「お疲れ様でした」
労うスミスに、オルトは怠そうに片手を上げて応えた。ネーナとエイミーもオルトの足腰に力が入っていないのを感じ、抱きつく力を弱めてオルトを支えるように手を回す。
「オルト」
フェスタに呼ばれたオルトは、近づいてくる者に気づいた。騎士風の出で立ちをした男を見て、傍らのネーナが「救援部隊の指揮官の方だそうです」と小声で告げる。
「私はワイマール大公国白狼騎士団所属、此度の救援部隊長に任じられましたエルネスト・ドルと申します。お目にかかれて光栄です、『
「ソードブレイカー?」
エルネストはオルトに右手を差し出して握手を求める。オルトはエルネストの発言の意味がわからずスミスを見やるも、スミスも初耳であるように首を横に振った。
「ご存知ないのですか? 先立って公都の舞踏会で神速の剣技を披露した貴方は、そう呼ばれているのですよ」
それを聞いてオルトは、漸くコナーズ侯爵の剣を斬り飛ばした一件だと理解した。
オルトが微妙な表情をしたのを見て、エルネストは慌ててフォローを入れる。
「失礼しました。皆様にとっては楽しい経験ではありませんでしたね」
「それもありますが、我々は当時と違う名を名乗っております。事情はご存知のはずですので、ご配慮を」
「??」
オルト達のやり取りを聞いたネーナには疑問が湧き上がるが、フェスタとスミスがそれに答えてくれた。
「早いのよ。騎士が編成された救援部隊が到着するのが。どこにいたの? 何でいたの? って考えるとね」
「王国との国境の警備が増強されて、近くに騎士の一団がいる。その指揮官は大公殿下に近いアニエス・ドル上級将軍の子息。お父上の方は、王国からの親善使節警護に抜擢されましたね。大公殿下は我々の動きを把握していて、万が一のサポートに騎士が待機していたんでしょう」
「このアンデッド襲撃の一件は偶然ですよね?」
「勿論です」
スミスはネーナの問いに即答した。襲撃が人為的なものであれば死罪は免れない。聞くまでもなくあり得ない話だったと、ネーナは思った。
要は件のやり取りは、オルトがエルネストに対して『他者の耳もある場所で、軽々しく我々の素性に関わる話をしてくれるな』と苦情を申し入れたものであったのだ。
正しく理解したエルネストは再び謝罪をすると、オルトにアンデッドの発生源までの案内を求めた。
◆◆◆◆◆
【菫の庭園】と【禿鷲の眼】、そしてエルネスト以下騎士数名を加えた調査隊が村を出発したのは、朝食の時間を過ぎてからだった。
疲労したオルトを見た仲間達が休息を求めたが、現地を知るオルトとミアが活動を停止していないアンデッドの存在を示唆した為に出発が早まったのだ。
歩きながら、オルトが当時の状況を説明する。
「地盤が緩んでいたのか山道の先に崖崩れしている箇所があり、地下墳墓らしい空間の入り口が露出していた。そこ以外から出現するアンデッドは確認していない」
「…………」
オルトとミア以外の全員が絶句した。オルトの説明に対してではない。目の前の光景に対してである。
人がすれ違うのがやっとの狭い山道の、そこら中にアンデッドが転がっている。崖の下に落ちたもの。泥濘みに足を取られて他のアンデッドに踏み潰されたもの。木の根や藪に引っ掛かって身動き出来ないものなど。まだ動いてるものもいる。
「……ここでアタシは回避中に転がってるゾンビを踏んで、足を痛めて戦線離脱。情けない話だけどね」
「そんな事はない。索敵で助けられたさ」
自嘲気味に言うミアを、オルトがフォローする。
先に進むと、道の真ん中にバラバラになった人骨と折れた剣が散らばっていた。
何かに気がついたエイミーが口を開いた。
「道の両側の木が切られてるよ?」
「……オルトがスケルトンごと横薙ぎに斬ったのよ。あいつらの剣から何から」
「…………」
エルネストや他の騎士達の顔が引き攣っているが、ネーナには何やらオルトがすごい事をしたのだとしかわからなかった。少し疲労感を覚えながらも、オルトの服の裾を掴んで懸命に足を前に進める。
崖崩れの箇所の手前にはアンデッドの残骸と共にローブのような布片が散らばっていた。神官の男が残骸を確かめ、呆然と呟く。
「まさか。これは……リッチ?」
「リッチね。いきなり火の玉を飛ばし始めて、オルトが『山火事になるから』って小間切れにしたの。自分の目を疑ったわよ……」
「……大将が全部潰してたのかよ。村に一体も下りて来ない筈だぜ」
【禿鷲の眼】の面々は驚愕を隠しもしない。オルトは固まっているエルネストに声をかけた。
「崖崩れの箇所は、空間の入り口を塞ぐ為にもう一度崩した。確認した時は中にアンデッドはいなかったが、このまま放置すればまた入り口が開きかねない。それと他所に流れたアンデッド捜索の山狩りは急いだ方がいいだろう。足が遅いから今なら捕捉しやすい」
「…………」
「エルネスト殿?」
「!? はっ! 承知しました!」
我に返ったエルネストが直立不動で敬礼し、騎士達が慌ただしく動き始める。それを確認したオルトは、丁度いい木陰を見つけてフェスタと共に腰を下ろすと、すぐに寝息を立て始めた。
ネーナとエイミーが心配そうに見つめると、フェスタは優しく微笑んだ。
「少しだけ、休ませてあげましょう。オルトが一番頑張ったものね」
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