第三十話 緊急クエスト発生

 ネーナ達の冒険者パーティー【菫の庭園】は、昼前に国境の町モンペリに到着した。


 検問所の前は閑散としている。町の規模も小さく、僅かに出歩いているのは兵士らしき男性、傭兵や冒険者のような風貌の者達ばかり。


 ネーナはこの町が、国境守備隊の宿舎に合わせて町の機能を持たせたような場所のように感じた。その印象は恐らく正しいのであろう。大公国出身のスミスが、小さな検問所を守る為の町なのだと教えてくれた。


 検問所の向こう側は『嘆きの荒野』と呼ばれる荒れ果てた無国籍地帯。他国を経由せずに大陸の東海岸に到達出来るルートで、少ないながらも人の行き来がある。


 今の私達のように、『訳アリ』な者が危険を承知で進むルートなのかもしれない。検問所の兵士とやりとりをするオルトを見ながら、ネーナはそう思った。エイミーはその横で、暇そうに欠伸あくびをしている。


「どの道、『嘆きの荒野』には入るんだ。ここから行くしか無いんだよ。通してくれないかな」

「悪い事は言わない、考え直せ。お嬢ちゃん達を連れてるじゃないか」


 出国の理由は事前に打ち合わせ済みで、『無国籍地帯に住むエイミーの音信不通の知人を訪ねた後、都市国家連合に向かう』というものだった。だが、ここで【菫の庭園】は躓いてしまった。


 検問所の兵士がオルト達の冒険者ランクの低さを見て、思い止まるよう忠告したからだ。どの国にも属さない土地の『嘆きの荒野』では誰の保護も期待出来ず、ルールも存在しない。普通に考えれば、そんな場所を無事に抜けられる保証は無いのだ。


 その兵士としては善意からの忠告なのだが、お役所仕事だろうと甘く見ていたオルト達の当ては、完全に外れる事になる。正直、余計なお世話としか言いようがなかった。


「うん?」


 兵士の善意に辟易しつつも何とか出国の許可を得ようとしたオルトは、辺りが急に騒がしくなったのに気づいた。


「馬に乗ってやって来た人が、あそこで倒れたんです。大丈夫でしょうか……」


 オルトの背後に隠れていたネーナが、人だかりの出来ている場所を指し示す。


「緊急事態だ! 非番のやつも集めろ!」


 人だかりの中から怒号が響き、物見櫓から喧しい警鐘が鳴り響く。狼煙も立ち上った。そこここの建物から兵士達が飛び出し、見る間に検問所の厚い扉が閉ざされた。


 オルトの相手をしていた兵士が申し訳なさそうに言う。


「すまんが、緊急事態対応で検問所は一時閉鎖だ。少し待てば再開するかもしれないが……他に回った方が早いかもしれん」

「おい! 招集だ! 班に合流しろ!」

「わかった! あんた達も気をつけろよ!」


 他の兵士から声をかけられ、オルトと話していた兵士が走り去る。招集を告げた兵士もそのまま去ろうとしたが、オルト達を見て立ち止まった。


「あなた方は、傭兵……いや冒険者か?」

「そうだが、何か?」


 兵士は少し何かを考える様子を見せてから口を開いた。


「不躾で済まないが、我々の隊長に会ってもらえないだろうか」


 兵士の言葉はオルト達にとって渡りに船ではあった。悪意は感じないし、何より情報が不足している。スミスが頷くのを確認して、オルトは面会を承諾した。




 ◆◆◆◆◆




 守備隊長の執務室に入ると、隊長らしき男と共に四人組の男女が待っていた。隊長らしき男はペップと名乗った。四人組は大公国の北東に位置するアルテナ帝国出身の冒険者だという。


「単刀直入に言おう。ポープルが襲撃されたらしい」


 先程倒れていた男は、モンペリから馬車で半日程の距離にある、ポープルという農村の住民だった。


 今朝早く、村近くの森に入った木こりが血相を変えて村に駆け戻った。木こりは山道の途中で、村の方へ列をなして向かって来る魔物に出くわしたのだという。


 村長は急いで村人達を集め、村で最も頑丈な建物である教会に立て籠もった。そして馬の扱いが達者な村人にモンペリへの通報を託した。通報を託された村人は、まだ襲撃が始まる前の村を飛び出して休む事なく馬を走らせた。


 モンペリに文字通り転がり込んだ村人がポープルの危急を訴えた事により、国境の町は騒然となる。


 だがモンペリは現在、平時の半分の戦力しかなかった。それは王国と大公国の国境線付近で王国騎士団の動きが見られ、その警戒にモンペリの守備隊も駆り出されていた為だ。


「この検問所が一時的に戦力が薄くなっても、ポープルを救わないという選択肢は無い。既に狼煙で増援も要請してあるが、時間的な空白は避けられない。可能ならば兵を残したいのが本音だ。急な話ではあるが、君達に協力願いたい」


 守備隊長が冒険者達に頭を下げる。だが結論を出すのに情報が少なすぎる。


 四人組から質問が飛んだ。


「魔物の正体は?」

「証言の通りならば、アンデッドのゾンビやスケルトンだろう。それが少なくとも三十体程。だが証言者も全容を確認した訳ではない。これは楽観的な予測だと考えている」


 守備隊長には魔物の発生源の心当たりは無いという。ならば、アンデッドを操る術者や上位アンデッドの存在も想定すべきかもしれない。


「俺達は具体的に何をすればいい?」

「可能ならばポープルの脅威の排除。難しければ村の防衛、ないしは村人と共にこちらへ避難して貰いたい。一日あればこのモンペリの戦力は大きく増強されるはずだ」


 当然ながら、冒険者は前線に投入されるとの事。モンペリまで撤退した場合は、守備隊と共に防衛戦に参加する事になるという。


「どうしようも無ければ、俺達は逃げるぜ?」

「死ぬ事までは求めん。兵士も手に負えなければ、狼煙を上げて撤退してもらう」

「OK、俺達は受けるぜ。緊急クエスト扱いにしてくれるか?」

「承知した。その通りに処理しよう」


 四人組のリーダーなのか、戦斧を背負った大男が守備隊長と握手をする。


 オルトは少し迷っていた。正直に言えば悪目立ちしたくないし、ネーナを危険に晒したくない。このモンペリの防衛態勢に大きな綻びが出ないならば回避する選択もある。


 だが、オルトはその選択を早々に諦めた。横でオルトの服の裾を握り、口を結んでオルトを見上げる少女がいたからだ。


「お兄様……」


 後ろを見れば、フェスタは苦笑し、エイミーは親指を立て、スミスは微笑んでいる。多数決でもオルトに勝ち目は無さそうだった。


 加えてオルトには、この町の守備が薄い状況について思い当たる事もあった。


 ――まあ、ここの戦力が手薄になった原因も、十中八九は俺達が王国で逃走したからだろうしな。


「俺達も受ける。そっちのグループのように、緊急クエストにして貰いたい」

「感謝する」


 守備隊長は短く答えて、右手を差し出した。




 ◆◆◆◆◆




 騎馬を駆った二組の冒険者パーティーが、ポープルへ向かう道を疾走する。不測の事態への対応力を見込まれ、準備の手間が無い冒険者が先行する事になった。


 【菫の庭園】はモンペリで騎馬を借り受け、馬車を置いて出発している。一人で馬に乗れないネーナがフェスタと同乗なのは、オルトの戦闘力を削がない為だ。


 同行する四人組パーティーは【禿鷲の眼】と名乗った。リーダーで斧戦士のガルフ、スカウトの紅一点ミア、弓使いのルーク、神官のショットというバランスの取れた構成。Cランクパーティーなのだという。


 ガルフ達は【菫の庭園】がEランクだと聞いて驚いたが、オルト達を侮る事は無かった。【菫の庭園】が戦えるかどうかを口頭で確認した後は、その事に言及しなかった。


 太陽が大きく西に傾いている。状況としては決して楽観出来ない。脅威の全貌が判明しておらず、敵がアンデッドだとすれば夜を迎えるアドバンテージは敵側にある。


「大将、どう見るよ?」


 巨漢の斧使い、ガルフがオルトに問いかける。夕陽に照らされたポープルの村からは火の手が上がっていた。

 村までの道沿いにアンデッドらしい物影も見える。


「敵にアンデッドがいるのは間違いないだろう。ここまで敵を見なかったのは、村に殺到しているからだと考えられる。当たる敵だけ蹴散らして、村人が集まっている教会を目指すべきだ」


 オルトは答えながら、一体のスケルトンを馬上から粉砕した。ガルフが口笛を吹いて驚きを表す。


「同感だ。分担はどうする、大将?」


 この男は何故かオルトを『大将』と呼ぶ。オルトの実力についても、ある程度感じるものがある様子だった。


「正面から右が俺達、左はそちらでどうだ」

「大将、何でEランクなんだよ……おかしいだろ」

「登録したばかりだし、力量にバラつきのあるパーティーだからこれでいいのさ。エイミー」

「ん!」


 短く応えて弓を構えたエイミーが、ゾンビの四肢を撃ち抜きバラバラにした。Cランクパーティーの弓使いが目を見開き、驚愕を顕わにする。


 ゾンビが破壊された光景を見て驚いたのは、ネーナも同じだった。


「!?」

「しっかり掴まってて、ネーナ。下級のアンデッドと通常武器で戦う時は、ああやって四肢を切り離したり物理的に行動不能にするの」


 ネーナはフェスタの腰にしがみつき、涙目で頷いた。


「今、戦う力が無くても時間は待ってくれない。だったらする事は一つよ、ネーナ。生き延びて努力を重ねるの。次に後悔しない為に」


 フェスタはオルトの戦いぶりを見ながら、自分に言い聞かせるように言った。ネーナはその言葉にフェスタの覚悟を感じ取り、黙ってもう一度頷いた。

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