第二十四話 最後の晩餐
「ああああ、穴があったら入りたい……っ!!」
「で、でも、『剣姫』と呼ばれた頃のお姉様と同じで格好良かったです!」
盛大な勘違いが判明し、羞恥で悶絶するセーラ。アンが懸命にフォローするも、王女時代の学友であるリリィとパティの暴露話で全て無に帰す事になる。
「セーラ様は普段凛々しいのに、アン様が絡むと無駄に行動力のあるポンコツ化する所は変わってませんのねえ」
「アン様がスキップしていてぶつかった像を、怒ったセーラ様が破壊した事がありましたね」
「アン様が初めてユルゲン将軍にお会いになられた時、『ユルゲンの強面で妹が泣いた!』とセーラ様が木剣を持って将軍に詰め寄った事も」
「貴女達、私の友人ではないの!?」
アンも涙目のセーラの横で、巻き添えに恥ずかしい話を暴露されダメージを受けている。赤面してプルプル震える姿は可愛らしいが、完全にとばっちりである。
「ああああ、もう! 私の自業自得ですけれどっ! いいわよ、もう……」
セーラは愚痴りながら懐から短剣を取り出し、アンに手渡した。
「これは…?」
「ネックレスの代わりにはならないけれど。護りの加護があるから、懐に入れておきなさい。御守であっても剣は剣。必要な時に振れるようにしておくのよ」
「はい、お姉様」
アンは短剣を胸に抱え、しっかりと頷く。トーンの方に目を向けると、何かサンドロットに言っているようだったが内容までは聞こえなかった。
「まあ、大公妃殿下もトーン殿の力量に納得出来たでしょうし。これはこれで良かったのかもしれませんね。プランは出尽くしてますし、決めてしまいましょうか?」
「隊長が王女様と行く形でいいんじゃないの? やっぱり肉親としては、近衛騎士が付いてる方が安心だと思うよ。腕が立つなら尚更ね」
スミスとフェイスのやり取りに異論は出ず、応接室に移動してチーム分けが行われた。
陽動チームに入ったのは、まず王国に戻るバラカスとフェイスだ。侍女の二人もこちらを選択した。
「姫様が追手から逃れるのが優先なのですから、移動速度を落とす私達がいては足を引っ張ります」
「折角ですから、姫様に成り済まして攪乱しましょうか。追手の皆様に、リアリティのある影武者をお見せ出来ると思いますよ」
「二度と無い機会ですので、二人とも姫様に扮するというのは?」
侍女達の軽口で、一同に笑いが起きる。
陽動チームには、アンの強い希望で近衛騎士のカールとヨハンが加えられた。バラカスとフェイスがいるとはいえ、追手を引き付ける役割に相応の危険があると判断されたからだ。近衛騎士が侍女二人の護衛を担う事で、バラカスとフェイスが追手の対応に専念出来る。
重ねて陽動チームの侍女と近衛騎士には、作戦行動が終了した時点でその任を解く事が告げられた。
残った本命チームのメンバーはアン、トーン、ステフ、スミス、エイミーの五名。哨戒索敵能力の高いカールでなく、ステフを加えたのもアンの希望であった。ステフが『任務に私情は入れない』と固辞したのを押し切ったのだ。
「まあな……仕事とはいえ、年単位で会えないのは分かりきってるからな。姉ちゃんも結構やるし、いいんじゃねえか?」
「ステフの実力に不足が無い事は、私も近衛騎士としてはっきり申し上げます」
バラカスに続けて、近衛騎士ヨハンがステフの力量を保証する。口数の少ない近衛騎士カールも首肯した。対するステフも戸惑ってはいるが、トーンと共に行ける事に不満は無かった。
「今の所、王国側が王女殿下を拘束しに来る前提で考えてるけどな。そうならない可能性は無いのか?」
バラカスが疑問を述べる。王国上層部がアンの護衛を正確に把握しているならば、バラカスやスミスと言った英雄クラスの強者との対峙を避ける可能性もあったからだ。
その懸念をトーンが否定する。
「その場合は王城まで行き、王国の闇を白日の下に晒した上で堂々と出発すれば宜しいかと。ですがそちらは考えなくていいと思います」
アンが出国する際、国王は早馬にアンへの帰還要請を持たせて国境警備隊を動かした。それが論破されて奏功しなかった以上、次に来るのは強制性の高い帰還命令。
王国騎士団の第一騎士隊は八日前に大森林の廃村で受けた被害が甚大で、王都に帰還して再編成を終えるまでにまだ時間がかかる。第二騎士隊は貧乏くじ回避の為に北の国境から離れている筈だ。
「帰還命令がこちらに届いた場合、順当であれば検問所の先で待ち構えているのは、参謀長が率いた王国騎士団の第三騎士隊でしょう。騎士団長の名誉挽回を狙って、王女殿下の護衛を排除しようとするでしょうね」
「となると、ボク等陽動チームは全力で逃げないといけないねえ」
「始末する訳にもいかんしな……面倒くせえ」
「頼むよバラカス……倒せるのと倒していいのは違うんだよ?」
バラカスが物騒な事を言い、フェイスが苦笑する。
「後は逃走までの手順を詰めて、その先はそれぞれのチームが考えればいいかと。細かく決めても、その通りには行かないでしょうし」
スミスが締めて話し合いは終わった。
公都滞在三日が過ぎ、四日目のアンはサンドロットのエスコートで、大公国の主要産業の視察と有力者への面会が行われた。
セーラが同行しなかったのは、前日に酷使した身体が悲鳴を上げて動けなかったからだ。その分、乳母に任せきりだった長男レスターの為に時間を使う事にした。
夜には休養名目の謹慎中に叱責を受け続けた大公マーガットが離宮を訪れ、アンに謝罪をした。アンも快く謝罪を受け入れ、マーガットを『お義兄様』と呼んで感激させた。
五日目。セーラの義母であるヴァレリーが合流して、公都市街を視察するという体で女性陣はアンを連れ回し、着せ替え人形代わりにした。この時、逃走用の衣服の調達も併せて行った。
そして六日目。大公城に王国からの使者が到着した。
使者は公務に復帰した大公マーガットに対して王女アンに帰還命令が下された旨を伝え、アンには国王直筆の書状を提示して通達した。
アンは王国の使者に『翌日に出立する』とだけ返答して離宮に戻った。
離宮では翌日に帰国の途につくアンの一行に、贅を尽くした晩餐が振る舞われた。
アンの要望で、侍女と近衛騎士を含めた親善使節団に同行した全ての者が晩餐に同席している。
翌日以降は王城からの使者が同行する為、今晩が全員が顔を合わせる最後の夜になる。
アンは今この場にいない者も含めて、これまで自分に仕えてくれた事への感謝を述べた。
「私は、王国領内へ戻った時点で王族として、王女としての地位返上と全ての権利と義務を放棄する事を宣言します」
僅かに姉のセーラが目を伏せる。食堂に集まった者達は、静かにアンの言葉に耳を傾けていた。
「私の個人的な都合に、多くの人を巻き込んだ事を申し訳なく思っています。もう少しの間だけ、力を貸して欲しい。だけど――」
アンは一度、言葉を切った。
「私はこの先、皆に何一つ報いる事が出来ません。王国から俸給を受けている皆にお願い出来る立場ではなくて……だから……」
再び、言葉が途切れる。サンドロットや勇者一行のメンバーは勿論、セーラも心配そうにアンを見ているが口を挟む事は無い。
「姫様」
「!?」
これまで積極的に発言する事の無かったステフが、沈黙を破って口を開いた。アンが驚いたように目を向ける。
「仰りたい事はわかりました。先に謝罪申し上げます。これから不敬な事を申し上げますので。トーンが」
「……そこでこっちに振るの?」
トーンは頭を掻きながら席を立つ。『ごめん』と手を合わせるステフを『後で覚えてろ』とばかりに軽く睨んだトーンは、セーラの顔を見た。一応は発言の許可を取る為である。
セーラはトーンの目を見つめ、無言で頷いた。トーンは安堵しつつアンに言う。
「アン様。私達全員、子供ではありませんから。色々考えてますし、予想もしています。仕事だけでここまでお供してきたのではありません」
「トーン……」
トーンが他の者を見ると、揃って同意を示した。
「アン様にお気遣いいただいて、この場にいない者達も今後の食い扶持の心配はありません。王国に戻って逃げ切るのが前提ではありますが。それでもアン様はあれこれ考えてしまうのでしょうから、はっきり申し上げます」
視界の端で無責任なGOサインを出すステフに、トーンは内心で恨み節を述べる。
「もう暫くの間は王女なのですから、大人しく世話をされて、守られてて下さい。アン様は成人したとはいえ、子供っぽくて危なっかしいのですからね」
「!!」
少し沈んだ様子だったアンが驚いて顔を上げたと思うと、不満そうに口を尖らせトーンを睨んだ。だが横で見ていたセーラには、アンがどことなく嬉しそうにも見えた。
「そろそろ食事にしましょうか。しばらく会えない方もいますし、楽しい時間にしたいものです」
タイミングを図ったようにサンドロットが合図をし、料理が運び込まれる。和やかな雰囲気の中で、親善使節としての最後の晩餐が始まった。
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