第二十二話 廃村の真実

「双方の利益が一致したという事で、話を進めて構いませんか?」


 スミスの声が、一同を本題へと引き戻す。スミスに視線で促されたトーンは、サンドロット達にアンの一行の事情を告げる。


「駆け引き不要と考えて、正直な所を申し上げます。王女殿下は大公国側、とりわけ実姉であるセーラ様に迷惑をかける事を望んでいません。大公国と王国に新たな軋轢を生む事も望みませんので、親善使節としての任はある程度果たして王国へ戻る予定でおります」


 トーンが理解を確かめるようにサンドロットを見た。サンドロットは軽く頷いて見せる。


 親善使節のスケジュールはすでに大公国側の都合としてキャンセルになっている。大公家が全力で抑えるならば、滞在中のアンの身の安全は確保出来るだろう。


 話すと決めた以上は全て話して巻き込むしかない。トーンはサンドロットとセーラに話した。アンの目的。アンの思い。やろうとしている事。


 アンが騎士団長と婚約させられそうになっている話をした時には、セーラが怒気を孕んでいた。自らが大公国へ来た時の事を思い出したのかもしれなかった。


「大公マーガット殿下が王女殿下をアクシデントに巻き込んだ事について、護衛として思う事はあります。ですがこちらも国王陛下の手が届かない場所と時間が欲しかったのです。互いに思惑があった訳ですし、王女殿下が手打ちと仰った以上は何も申し上げません」

「そう言ってもらえれば、こちらも気が楽になります」


 何故アンが時間の猶予を必要としたかと言えば、婚約よりもその後の帰還要請に対応しなければならなかったからだ。


 使節団のトップであるアンでなく騎士団長の報告のみを取り上げた手続きの不備と、帰還要請を出す判断の元になった騎士団長の報告内容の不正確さを突いて、一先ず拒否はした。しかし要請が重なれば拒否し続ける事は難しい。

 次に来るのが要請でなく、帰還命令の可能性も少なくなかった。


 協力を求めるサンドロット達には、アンが呼び戻される理由を伝えなければならなかった。帰還要請の意味合い、アンが王国の機密に触れている事を。


 トーンはバラカスを見た。


「バラカス殿、お話しいただけませんか。王国内、大森林の廃村。あそこは何だったのか。あそこで何があったのか。我々に協力いただけるのなら、閣下にもお伝えするべきかと」

「……そうだな。それに直接関わったのは俺とフェイスだが、俺達はこの後王女様とは別行動になる。トウヤの事でもあるから、ここで話しておいた方がいいかもしれんな――」


 少しの沈黙の後、バラカスは話し始めた。






 魔王討伐の為に王都を出発したトウヤの一行は、まず街道に沿って大公国へ向かった。


 トウヤの一行には王国軍から傭兵隊長のバラカス、盗賊ギルド幹部のフェイス、王国騎士団第四騎士隊長のヴァンサーン等、王国内の各勢力が見栄を張り合うように精鋭を送り込んでいた。


 お世辞にもいい雰囲気とは言えない一行だったが、士気は高かった。多くの者が戦果を挙げて成功したいと考えていたからだ。


 そんな一行が大森林付近に差し掛かった時、トウヤが傷だらけの少年を保護した。


 少年は自分の事を流民だと言った。大森林の中に、流民が集まり自給自足の生活をしている集落があるのだと。貧しい中でも助け合い、肩を寄せ合い暮らしていた流民達の集落に、ある日突然王国の兵士がやって来たのだと。


 その日から集落は地獄に変わったのだと、少年は言った。流民達は移動の自由を奪われ、僅かな食料を手に入れるのも難儀する日々。連れて行かれた者は戻って来ない。兵士に逆らえば暴行され、酷い時には殺される。


 少年はトウヤに泣いて縋った。自分を逃してくれた姉を助けて欲しいと。姉が兵士達に酷い目に遭わされてしまうと。


 トウヤは一行の従者達に、集落を救援に行くと告げた。しかし従者の大半はそれに難色を示した。


 理由は集落の場所にあった。集落が存在する大森林は、王家の直轄領に属していた。王家や王族、それに連なる者が関わっている可能性があった。


 王国では表向き、犯罪奴隷以外の人身売買や不当な奴隷化を禁じていた。盗賊ギルド幹部のフェイスもこの違法性を疑われる行為の存在を知らなかった。それはつまり、ギルド内の別勢力が関わるか、王族がモグリで行っている可能性が高かった。


 従者達はトウヤを止めた。『魔王討伐に向かう我々は寄り道している暇は無い』と言った者もいた。だがトウヤはそれらを振り切って集落へ向かった。その時点で、従者の半数近くが同行を取り止めた。


 集落に急行したトウヤは、瞬く間に王国兵を無力化して流民達を管理していた王国貴族を拘束した。囚われていた流民達を解放し、集落が人身売買の拠点となっていた証拠も押収した。




 しかし。少年の姉を救う事は出来なかった。




 トウヤの後を追って集落に来たバラカスとフェイスは、姉の遺体に取り縋って泣く少年と、その傍に立ち尽くすトウヤを見た。


 トウヤは震えながら、血の涙を流していた。


 その後、集落でトウヤ達に出来る事は何も無く。一行は王都から駆けつけた王国騎士に事後処理を任せて、集落を去った。


 一行が北の国境に到達した時、残っていた従者の大半もトウヤから離れた。その中にはヴァンサーンも含まれていた。彼らは王国からの支援物資や活動資金を回収して王都に帰って行った。


 残ったのはトウヤとバラカス、フェイス、そして侍祭の少女だけであった。






「――大体こんなとこか。つまらん昔話だ」


 バラカスは語り終えると、不愉快そうに吐き捨てた。

 話を聞いていた一同、中でも王族であるアンと元王族であるセーラはショックを隠せずにいた。そんな話は初耳だったのだ。


「少なくとも前にボクらが行った時には、廃村では無かったよ。あの後に何かあったのかもしれない。とはいえ、ボクらがずっとあそこに居続ける事は出来なかったけどね」


 フェイスが無表情で補足する。アンにはフェイスとバラカスがどんな思いでいるのか、読み取る事は出来なかった。


「王女殿下」


 侍女のパティがアンの手をふわりと包み込む。アンは漸く、自分が力一杯手を握りしめていた事に気づいた。開いた手のひらには、汗がじっとり滲んでいた。


「王女殿下、それからセーラも別室で休んでいるといい。顔色がよくない」

「集落で俺が見たものは話し終えたからな」


 サンドロットの気遣いに感謝し、アンとセーラが部屋を出て行く。誰が見てもわかる程、アンの顔は真っ青になっていた。


 部屋を退出する者達を見ながら、トーンがポツリと呟く。


「それにしても。王国が絶対に語らない、『勇者トウヤの最初の功績』ですか」


 王国騎士団が集落に何かしたとしか考えられない。根拠は無いが、バラカスの話を聞けば不自然な所はある。


 そのバラカスが、トーンの胸の内を読んだように言った。


「隊長さんの考えは、俺が考えた事と同じだと思うぜ」

「……私の記憶では、騎士団長が当時の副団長に昇格したのがその辺りですね。それと複数の貴族家が取り潰された時期とも一致します。調査の裏付けが必要だとは思いますが」


 バラカスの話に出て来た『王都から駆けつけて集落の事後処理を引き継いだ王国騎士団』はどこにいたのか? 王都から大森林までは騎士の集団が一日足らずで踏破出来る距離ではない。


 騎士団も、王国の上層部もクロかもしれない。トーンはそう思った。少なくとも、無関係とは考えにくい。


「サン・ジハール王国が勇者召喚に踏み切ったのは、国内外の問題を一挙に解消する為だったのでしょう。失敗に終わりましたが、大公国に侵攻を企てたのもその一環かと」

「自分のとこで呼んだ勇者に自分のとこの悪事を潰された、なんて言えないよねえ。勇者召喚で他の国に一目置かれるようになったんだから、尚更ね」


 スミスとフェイスの見解も、人身売買関連の揉み消しにまで王国の上層部が関与している可能性を示唆していた。




 サンドロットが話題を変えるようにトーンに尋ねた。


「トーン殿。王女殿下が置かれている状況については理解しました。確かに王国としては王女殿下に余計な詮索をされたくない。王女殿下自身にも大きな利用価値があるから、手元に置いておきたい。王女殿下を勇者の仲間と引き離したい。要請でなく、帰還命令が出る可能性は高い」

「閣下の仰る通りです」


 アンは親善使節の予定通りに、最大七日間は公都に滞在する。その間に準備を済ませ、王国からの帰還要請なり命令が来た段階で一旦大公国を離れる。行動を起こすのは、王国の領内だ。


「成程。こちらが力をお貸しするのは、その後ですか」


 サンドロットが何度も頷く。話が早いのは非常に有難い。


 だが、続くトーンの要求を聞いたサンドロットは固まってしまった。それは未だに大公国の権力の一部を握っているサンドロットと言えど、即断出来る内容ではなかったのだ。

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