第十五話 第二王女は国境を越える

 国境が近づくにつれ、親善使節一行の緊張感が高まっていく。


 先行したカールの報告通り、検問所を塞ぐ形で国境警備隊が配置されているのが見える。その数、約三百。大公国の特使としてアンに同行している勇者パーティーメンバーの助力が無ければ、突破するのは大きな困難を伴うと予想されている。


 元より王女アンも武力衝突は望んでいない。『王女の騎士プリンセス・ガード』の新隊長であるトーンが使者として向かった王国騎士団第二騎士隊は、隊長のクレモンテが使節団に干渉しない旨をトーンに告げた。

 さらに城郭都市ウェブンからの使者は、城郭都市方面からの王国騎士団の進行は無いと伝えてきた。


 国境警備隊を動かしたのが国王の書状を携えた伝令である事は確実。ならばその命令の、正当性の穴を突こうとスミス達は考えた。


 具体的には、王国騎士団第一騎士隊と騎士団長ヴァンサーンに悪者になってもらうのだ。と言っても、単に事実を指摘するだけなのだが。




 使節団が近づくと、国境警備隊の先頭にいる男が声を張り上げた。


「私は国境警備隊長ミュラー! 第二王女アン殿下の親善使節団とお見受けする! 一旦この場で停止願いたい!」


 隊列を停止させると、トーンが騎馬のまま前に進み出る。


「私は『王女の騎士』隊長トーン。王女殿下より親善使節団の警備責任者を拝命しています。王女殿下の一行に停止を求めるとはどういう事ですか?」

「トーン隊長。王女殿下に対するご無礼は重々承知なれど、王都より伝令ありて使節団の出国を差し止めるよう命令が下ったのです」


 ミュラーの口上はほぼ予想通りだった。その後ろには、王都から騎馬を乗り継いで来たであろう伝令が、疲れ切った顔で立っている。

 伝令は、馬車から降りたアンを認めると面を改め、書状を開いて訴えた。


「王女殿下。国王陛下は王女殿下が親善使節団の行程から逸脱した行動をされた事と、王国騎士団に大きな被害が出た事を問題視されて、弁明の為に王城へ戻るよう命令を下されました。つきましては某と共に王都へお戻りいただきたく」


 アンは書状の内容と国王のサインを確認した上で、自らの意思を表明する。護衛は実力行使に備えてアンの周囲を固めた。


「この命令は不当なもので、私には従う理由がありません」

「なんですと!?」

「まず事実認識に大きな間違いがあります。私の使節団は、王家直轄領内を移動中に盗賊団の拠点から逃げ出した女性を保護しました。領内の犯罪者に対応するのも、領主たる王族の責務です。他にも囚われている女性がいると聞き騎士団長に救出を命じましたが、騎士団長は人質を無視して突撃しました。大きな被害を出したのは指揮官の問題ではありませんか?」


 警備隊長と伝令はそのような話は聞いていなかった様子で絶句している。トーンがアンの後を引き継ぎ、二人に説明をした。


「王国騎士団が最初に女性に遭遇した際、保護するどころか暴行を加えました。それを止めて保護したのは王女殿下です」

「なんと……」

「暴行を受けた女性は大公国から拐われた方でした。他にも王国騎士団第一騎士隊と騎士団長には不審な点が多々あり、護衛として信を置けぬと王女殿下が判断されました。その為に城郭都市で代官殿より護衛をお借りしてこちらまで参ったのです」


 トーンは詳細を記した書状を伝令に手渡す。


「国王陛下の命令は騎士団長の報告のみを元に出されており、王女殿下にとって不当なものです。お渡しした書状を王城に持ち帰り、再検討していただきたい」

「だがそれでは!」

「王女殿下が今、王城に戻っても不利益しかありません。そしてすでに申し上げた通り、我々は大公国の民を保護しており、その旨は大公国側に伝えてあります。大公国からは使節団と保護した女性を同時に受け入れると返答を得ております」


 話を聞いた警備隊長と伝令は、明らかに動揺していた。この状況でアンの出国を阻止するのがどういう意味を持つのか、理解しているからだ。


 トーンは追い討ちをかける。


「盗賊に囚われていた女性達も、王国の対応に疑念を持っています。王女殿下と共に大公国へ向かう事を望まれているのですよ。貴殿等の行動一つで外交案件になりますが?」

「っ!」


 これで十分であった。伝令は顔が青ざめている。国境警備隊長は諦めたように頭を横に振った。


 王国騎士団も騎士団長もこの場に現れないのはわかっている。仮に出国阻止に動いたとして、大公国民に怪我でもさせようものなら自分の首が飛びかねない。検問所の向こうには大公国の守備隊が待機しているのだ。誤魔化しようがない。


 トーンが使節団の通行を求める。


「伝令殿と国境警備隊の不名誉はありません。王女殿下の親善使節団出国を認めていただきたい」

「……承りました」


 隊長の合図で国境警備隊はスルスルと左右に分かれ、検問所への道が現れた。アンは小声で警備隊長に話しかける。


「ごめんなさい。でも、どうしても行きたいの」

「わかっております。旅のご無事をお祈りしております」

「ありがとう」


 警備隊長が苦笑交じりの敬礼をすると、アンが乗り込んだ馬車はゆっくり動き出した。警備隊長は敬礼を維持したまま、使節団が国境を越えるのを見送る。隊列が検問所の向こうに消えるのを確認し、漸く敬礼を解きため息をつくのだった。




 ◆◆◆◆◆




 大公国側の検問所から現れたアンは華やかなファンファーレで迎えられた。総数千人を下らない大公国軍の中から現れた男が一礼する。


「アン王女殿下、並びに親善使節団の皆様。遠い所をようこそお越し下さいました。全ての大公国民になり代わり、大公国軍上級将軍アニエス・ドルが歓迎致します」

「ドル将軍、お迎えに感謝します」

「つきましては王国の警備担当者と打ち合わせを致しますので、出発の準備が出来るまで王女殿下はお寛ぎください」


 ドル将軍が合図をすると、案内の男性がやってきた。男性の顔を見て、アンは思わず大きな声を出してしまう。


「ギャリソン!? ギャリソンなの!?」

「はい、ギャリソンでございます。アン様もお美しくなられまして、ギャリソンは嬉しゅうございます」


 アンの案内役兼接待役として大公国が遣わしたのは、アンの実姉セーラの輿入れに従って王国を離れた元侍従長のギャリソンであった。侍女のパティがギャリソンの遠縁である事を話すと、昔話に花が咲く。


 親善使節としてアンが大公国に来ると知ったギャリソンは、老骨に鞭打ってアンの接待役に名乗りを上げたのだという。まだ公子が幼く公都を離れられないセーラは歯噛みをして悔しがったと、ギャリソンは笑った。




 休息の為に移動していくアン達を尻目に、両国の警備担当者は慌ただしく情報の共有を始める。今回の使節団受け入れにおいては王国内で保護した大公国民を同道している事もあり、調整に時間が必要である。


 打ち合わせで大公国側が驚いたのは、王女アンの護衛の少なさだった。王国としてはあまり振れられたくない部分であるが、そこは特使スミスのフォローで事なきを得た。


 盗賊団に囚われていた女性達の身柄は、大公国側で責任を持って取扱う事となった。アンが一人一人の手を握り、労りの声をかけると女性達は深々と頭を下げてから去って行く。


「こう言っては何ですが……よろしいのですか?」


 ドル将軍が聞くのは、『王女の騎士』隊員の半数以上が帰国する事だ。ブレーメは苦笑するが、正直に『王国騎士隊より大公国軍の方が信用出来る』と言う訳にもいかない。


 本番はこれからだ。アンの決断如何によっては亡命や第三国へ逃亡の可能性すらある。お付きの人間を増やす事も憚られた。これも馬鹿正直に『貴国を巻き込んで一芝居打つかもしれないので』などと言えるはずがない。


 トーンは話を適当にはぐらかすと、打ち合わせを終えブレーメと共に馬車へ向かう。


 トーンはこれから少人数で王女を守らねばならない。王国に戻るブレーメは、妻オリビアの体調を気にかけながら、アンに縁のある者が王国内で不当な扱いを受けないよう活動する事になる。

 どちらも決して楽な道ではない。


「どこまでになるかわからんが。王女殿下を頼むぞ、トーン」

「ブレーメ隊長もお元気で」

「だから、もう隊長はお前だと言ってるだろう」


 ブレーメはフッと笑った。喝を入れるようにトーンの背を叩くと、王国へ戻る為に検問所へ歩き出す。すでに検問所の前には、帰国の準備を終えたプリンセスガード隊員と城郭都市の騎兵達が待っている。

 全員がトーンに手を振りながら、検問所の中に消えていった。


「キツいのはここからかもしれんぞ」

「……バラカス殿」


 いつの間にか、バラカスが傍に立っていた。


 勇者パーティーのメンバーであるバラカスとフェイスも、アンが公都に着いて先の見通しが立ち次第王国へ戻るという。フェイスは盗賊ギルドに復帰する為。バラカスは旧知であるユルゲン将軍の東部方面軍に合流する為に。


「王国の事は心配するな。死に損ないのジジイ共が孫娘王女様の為にやる気出してるからよ。問題はこっちだ」

「……わかってます」


 アンは勇者トウヤの真実に迫ろうとしている。国王や重臣達、騎士団長を見る限り、黙ってそれをさせるとは思えない。親善使節の名目で大公国に来たのは、アンが自分で考えて決断する時間を作る為だ。


 ――大公夫妻とその周囲の立ち位置も、よく見極めなければ。


 バラカスの言外の忠告を正しく受け取ったトーンは、思案しながらアンの下へと歩き始めた。

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