閑話二 変わる評価と恋の話
泥だらけの街道を、四十数騎の騎士達が進んでいく。
騎士達は銀色に輝く揃いの鎧を身に着けてはいるが、隊列も乱れ気味で今ひとつ覇気に欠ける。ひと仕事終えたような風情である。
隊列の先頭で大欠伸を連発する隊長に対し、副隊長が苦言を呈しようと声をかけた。
「隊長」
「…………」
「クレモンテ隊長」
「……んあ?」
居眠りから覚めたようにビクッと反応するクレモンテ。副隊長は額に手を当てた。
「お楽しみの後で気が抜けるのはわかりますが、人の目があります。シャキッとしてください」
「しょうがねえなふわぁ……」
王国騎士団第二騎士隊は転進し、元来た道を引き返していた。本来は北の国境に急行する指令を受けていたので、疑う余地のない命令違反である。にも関わらず、隊長のクレモンテも副隊長も、他の隊員達も気にかける様子は無い。
「帰ったら大目玉は覚悟してくださいよ」
「いや無えだろ。
騎士団長ヴァンサーンの懐刀、参謀長であるロベルトは、第三騎士隊を率いて王都の守備についている。クレモンテが北の国境に向かわなかった事を咎めるだろうが、全ては騎士団長ヴァンサーンの失態、醜態が原因なのだ。
クレモンテがトーンに約束した通り、王国騎士団第二騎士隊は国境から離れる方向に進んでいた。再び転進した所で、親善使節団が関所を通過する時間には間に合わない。
「どの道、
トーンはクレモンテとの手合わせを終えた後、自身が話せる範囲での情報を提供した。その内容はクレモンテと副隊長のメガーヌが頭を抱えるもの。それがよりによって、騎士団長ヴァンサーン自らが王国騎士団第一騎士隊を率いている時に起きたのだ。
「トーンが来たのは、半分善意だからな」
「……ですね」
副隊長も神妙な顔で同意する。
騎士団長ヴァンサーンの『やらかし』は、いち部隊の失態では収まらない。王女アンは目的を達する為に容赦なくそこを突く。『国境に
だからこそ。
トーンが『
クレモンテの持つトーンのイメージは、国王杯で騎士団長から一方的に打ち込まれる男だったからだ。仮に力があっても発揮する気が無いなら、発揮出来ないなら無力なのと変わらない。そう思っていた。
それなのに。
「隊長。嬉しそうですね」
「ん?」
「さっきからずっとニヤニヤしてますよ」
副隊長から指摘され、クレモンテは自分の頬が緩んでる事に気づく。
「副隊長! 隊長の顔は手合わせの時からあんな感じですよ!」
「負けて喜ぶって、隊長マゾ過ぎますよ」
「やかましいわ!」
後ろで話を聞いていた部下に揶揄われ怒鳴りつけるものの、決して悪い気分ではない。
そう、楽しかったのだ。トーンとの手合わせが一本きりだったのが残念な程に。
王国にはクレモンテと正面から打ち合えるような実力者は少ない。魔法剣で強化された騎士団長ならば対応出来るが、騎士団長は何かと理由をつけてクレモンテとの対戦を避けていた。
クレモンテもそのような現実を受け入れていたが、今日戦ったトーンは正面からの打ち合いを選択した上で、クレモンテを上回って見せた。
喜んだのは、強さを尊ぶ第二騎士隊員も同様。自分達の隊長が打ち負かされたにも関わらず、トーンを称えてもみくちゃにした。その為トーンが親善使節団に戻るのが遅れてしまったのだが。
「わからんもんだな。いや、俺の目が節穴だったか」
「当人が強い意志で隠し抜いたものですから」
クレモンテも副隊長も、トーンの事情はある程度承知していた。実家同士の関係性を盾にトーンを虐げていた騎士団長に対しては、『愚かしい』という感想しか無かった。
「また戦りてえな。戻ってくるかな」
「それは何とも」
副隊長の返事に、クレモンテはつまらなさそうな顔をした。
王国の損失とか、そんな話はどうでもいい。また戦いたい。強くならねば。
クレモンテは騎馬を止めて後ろを振り返ると、部下達に言った。
「よし、王都に帰るぞ。久しぶりに全員稽古をつけてやる」
『っ!?』
陽気に騒いでいた部下達の顔が、一斉に真っ青になった。
◆◆◆◆◆
「えーと。今日はいい天気ですねー。あはは……」
返事は、無い。
視線が自分に集中している。変な汗が出る。
「あはは……あっ、私、ブレーメ隊長に状況を聞いてき――」
「さっき行ったばかりですよ。ステフさん?」
「そ、そうでしたっけ。あははは……」
「それと今の隊長はトーンですよ、ステフ?」
「まあ! トーン様ですのね!」
「自分でお兄さんの話に戻しちゃったねえ」
「あは……あはは……」
近衛騎士ステフは追い詰められていた。
同じ顔触れの女性が五人、六日間も共に旅をしているのだ。恋バナくらいはあるだろう。それくらいはステフもわかっていた。
王女付き侍女の二人は職務の性質上自由に恋愛をする事は出来ないし、そもそも出会ってる暇も無い。
王女のアンは言わずもがな。社交界で出会いはあっても、迂闊に恋に落ちてはいられない。
勇者パーティーの一員であるエイミーは、美少女にも関わらず食い気が勝っている有様だし、何年も戦いの中にいたのだ。吊り橋効果などを期待しようにも、長期間行動を共にした仲間で恋愛対象になり得た相手を挙げれば、取り付く島も無かった勇者トウヤくらい。
必然的に全員が、トーンと現在進行形でよろしくやってるステフの話を聞きたがった。しかもタイムリーな事にトーンが決闘で圧勝。オーバーキルの理由が、騎士団長がステフに粉をかけようとした事であるとエイミーに暴露された。女性陣が食いつかない訳がなく、逃げ切れなくなって今に至る。
エイミーが疑問を口にする。
「でも王女様。同じ職場で恋愛関係になって大丈夫なの?」
「私と『王女の騎士』隊長の承認があれば問題ありません。侍女も侍女長のお墨付きがあるならば、ですね」
「そうは言っても、侍女と男性の近衛騎士様がお近づきになる機会は多くないので……」
アンの返事に、侍女のパティがため息交じりの補足をした。
そうなるとステフとトーンはどうなんだという話になるが、そもそも二人は配属前から恋人だった。面接時にもアンと当時の隊長であるブレーメに伝えて、了承を受けている。
リリィがアンに尋ねる。
「姫様はどうして承認されたのですか?」
「そうですね……二人とも誠実だと思いましたし、ブレーメ隊長も同じ意見でしたから」
「でも、本当に仲がよろしいですわよね……」
またもやステフに視線が集まる。ステフにとっては針の筵である。
「お二人がケンカされる事はあるんですか?」
「へ? しますよ。普通にします」
「想像出来ませんね」
当然の事ながら、仕事には持ち込まない。ケンカの原因はどちらなのかとの問いに、ステフはノーコメントを貫いた。つまりそういう事だ。
ケンカになれば大概ステフが当たって、トーンが冷静に指摘し。トーンから歩み寄ってステフが受け入れ仲直り。何とかは犬も食わないというやつである。
「お兄さんは、浮気の心配は無さそうだよね?」
「そうね。あんまり考えたくないけど、トーンは物事の順番を間違えないと思うから……『浮気』にはならない、かな」
「ステフはトーンが他の女性に靡くと思っているの?」
「う……心配はします。魅力的な女性はどこにでもいますから」
アンの問いに涙目で答えるステフ。女性陣は大興奮し、リリィとパティがここぞとばかりに情報をリークする。
「確かに晩餐会や舞踏会の護衛任務中、他の侍女やご令嬢が声をかけているのは見ますけれど……」
「毎回、キッパリお断りしてますね」
「公爵令嬢マリス様には『大切な人に誠実でありたいので』って仰いましたよ。ハッキリし過ぎて心配になったくらいでした」
馬車の中が、半ば絶叫じみた黄色い声で包まれる。外で護衛中の騎士達が怪訝そうな顔で馬車を見た。ステフは赤面する。
「ステフお姉さん、愛されてるね〜」
「うう〜」
「こうなると馴れ初めも聞きたいよね〜」
「ええっ!?」
ステフは観念した。全部言わなければこの罰ゲームは終わらないだろうと。
馬車の中は、恋愛話に腹を空かせた猛獣達の檻と化していた。
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