第十話 地図に無い村

 王国騎士団長ヴァンサーン率いる第一騎士隊は、廃村を根城にする盗賊団を強襲した。その攻撃の苛烈さは、直接目にしたバラカスが顔を顰める程であった。


 戦闘終了まで二時間半。王国騎士団側の被害は、総勢百名中軽傷四十九名重傷十名死者行方不明者ゼロ。対する盗賊団側は逃亡者不明、生存者ゼロ。


「私の判断のせいで騎士達が……」

「それは姫様のせいじゃありません」


 思いの外大きな被害を出し、自らを責めるアン。だが近衛騎士のステフは、その見解をきっぱりと否定した。


 第一騎士隊は道中の見張りや仕掛けを全く無視して廃村に到達し、盗賊団の包囲殲滅を図ったのだ。どれだけ移動が迅速でも、襲撃が相手に伝わっていては十全の戦果は得られない。騎士の死者が出なかったのはむしろ幸運と言ってよかった。


 王都の護りに置いてきた第三騎士隊長にして参謀長のロベルトがいれば、被害状況は違ったかもしれない。そう思っていたが、それは言っても詮無い事であった。


「参ったね。ボクの方も間一髪だったよ」

「フェイス兄すごいすごい」

「ハハ、ありがと……」


 微妙な表情のフェイスがエイミーに褒められている。


 フェイスは盗賊団に囚われた者を救出する為に先行していたが、騎士団が暴走気味に廃村に突撃してきた為に自らも突入、混乱に乗じて囚われていた女性五人全員を連れ出した。その女性達はアンのいる馬車で手当を受けている。

 因みに、騎士団の軽傷者のうち三名は問答無用でフェイスに斬りかかり、『無力化』された者達であった。


「ボクだけでなく、女性達も攻撃しようとしたからね。力技で片付けるしかなかったよ」

「フェイス様、感謝いたします。私から国王陛下に申し上げて報酬を――」

「王女様のお礼だけで十分だよ。それより女性達を宜しくね」

「心得ております」


 フェイスが報酬を辞退したのは良心からではない。単にこれからそれどころでなくなるからだった。アンもこちらに向って歩く騎士団長を見ながら頷く。


 騎士団長はアンの前に進み出ると、片膝をついて状況を報告した。


「王女殿下、盗賊団の討伐完了しました。予定が押しておりますので、後は我らに任せて先へお進みください」

「ご苦労様でした。負傷者には十分な手当をお願いします」

「では――」

「騎士団長」


 冷たい声音で言葉を遮られ、面を上げる騎士団長。アンは無表情に騎士団長を見下ろしていた。


「騎士団長は今、『盗賊団の討伐が完了した』と仰いました。囚われた方々の救出はどうしたのです?」

「はっ……王女殿下の安全と迅速な解決を優先したものであります」

「女性達にも攻撃があったと聞きましたが? 降伏した盗賊を全て殺害したのですか?」

「はっ……」


 予想外に厳しいアンの追及に、言葉を返せない騎士団長。二人の姿を遠巻きに見る王国騎士達は困惑を隠せずにいる。


 周囲の警戒を続けながら、『王女の騎士プリンセス・ガード』副隊長のトーンはブレーメの傍に寄った。


「隊長」

「どうした」

「いえ、質問ですが。地図で大森林の中を探しても記載がありませんが、?」

「!?」


 トーンの言葉を聞いた騎士団長がピクリと反応する。それを見逃さなかったトーンが見据えるが、騎士団長は視線を合わさない。


 不意に後ろからトーンの疑問に答えたのは、騎士団長でも隊長のブレーメでもなく、勇者パーティーのバラカスであった。


「ここは名前の無い村があった場所だ。少なくとも五年前までは村があった」

「……バラカス殿。名前の無い村とはどういう事ですか?」

「そのままだ。かつてこの地に、流民を中心に人が集まり村を成した。その村には名が無かった」

「バラカス殿は何故それをご存知なのですか?」


 バラカスはトーンの問いに答えず、騎士団長ヴァンサーンを一瞥した。ヴァンサーンは憎々しげにバラカスを見返す。


「バラカス殿、貴殿は大公国の特使として同行されているはずですが。王国の国内問題に関わるおつもりか?」

「フン……」


 不服そうに鼻を鳴らすバラカス。ヴァンサーンは再びアンを促した。


「王女殿下、長時間雨に打たれてはお身体に障ります。そろそろ馬車へお戻りください。此度の討伐作戦開始前に王城へ急使を送りましたので、明日には使節派遣中止命令が届くでしょう。囚われていた女性達の身柄は王国騎士団がお預かりしますので、今宵は予定の宿へ向かっていただけますでしょうか」

「……私は予定遅れのまま、明日の夕刻に大公国へ入国します」

「王女殿下!?」


 アンはヴァンサーンの要請を拒否した。これには周囲の者達も驚きの色を表す。


「女性の方々は、詰めれば馬車に乗り込めます。今晩の宿で処置を行い、私と共に越境していただきます」

「しかしそれは……護衛の騎士隊も再編成を余儀なくされております。何卒お聞き届け――」

「騎士団長」


 再びアンの冷たい声がヴァンサーンの弁明を遮る。今回は冷たさに加えて怒りすら感じられる声。アンは平時、他者を貶める事はもちろん詰る事も無い。『王女の騎士』の近衛騎士も侍女達も、アンのこのような姿を見るのは初めてだった。


「王国騎士団の精鋭が人質を無視して制圧にかかった事も然ることながら、盗賊相手に三倍の数でかかってこの被害はどういう事ですか。女性への暴行も看過できるものではありません。女性達を騎士団に任せられると思いますか?」

「それは……」

「王城に送った使いも、私の預かり知らぬもの。この使節団の最高責任者は私のはずです。いささか僭越ではありませんか?」

「…………」


 ヴァンサーンは俯いている。その表情を窺い知る事は出来ないが、騎士学校の後輩であったトーンは騎士団長の心中を察していた。


 学校在席中からヴァンサーンのプライドの高さと上昇志向の強さは多くの者が知る所で、伯爵家の御曹司という立場もあり教官さえ腫れ物を触るような扱いをしていた。成績で争っていたトーンは、度々とばっちりを受ける立場であった。


 今は衆目の前で少女に叱責され、腸が煮えくり返っているはず。王宮の序列では王国軍総司令のユルゲンを追い落とし、国王と宰相に次ぐ地位にまで上がった所でのこの叱責だ。


「ブレーメ隊長、よろしいですか」

「はっ」


 アンがブレーメを呼び、小声で話し合っている。僅かにブレーメの表情が曇るが、それはほんの一瞬。アンとブレーメがトーンを見た。何故かステフまで呼ばれている。トーンは嫌な予感を禁じ得なかった。






「――騎士団長」

「!!」


 アンに呼びかけられ、ヴァンサーンの肩がピクリと動く。


「貴方は、この廃村について私に知られたくない様子。特使の方々がいらっしゃる事にも好感を持っていないのはわかります。さらに言えば、私に王国から出て欲しくないのですね?」

「…………」


 ヴァンサーンの沈黙。アンはそれを肯定と受け取った。


「私は先程言った通り、大公国へ向かいます。押し通る事も可能ですが……私の近衛騎士達を進んで傷つける気はありません」

「…………」


 アンは一呼吸置いて続けた。






「ですので。決闘をしましょう」






「!?」


 ヴァンサーンが顔を上げて目を見張る。アンにふざけた様子は見られない。他の者もごく一部の近衛騎士を除けば一様に驚いている。


「どうしました? 騎士団長。冗談を言ったつもりはありませんよ。私は戦えませんから、近衛騎士から代理を立てます。貴方もこの場に立てる者なら代理を立てても構いません」

「……本気なのですか?」

「言った通りです。サン・ジハール王国第二王女アンとして誓いを立てましょう。貴方が勝てば、この廃村について詮索する事なく、貴方の指示に従って王都に引き返します。女性達については本人の意思を確認しなければなりませんが」

「…………」


 アンの目には、沈黙するヴァンサーンは迷っているように見えた。自らの勝利を疑っているのではない。これだけの人目に触れる場所で王女相手の決闘をしてもいいのかと。外聞、世間体でえる。


 ならば、もう一押し。


「勿論、婚約もお受けします」

「!?」


 食いついた。ヴァンサーンの反応を見たアンは、そう確信して了承の返事を待つ。


「……『王女の騎士』の人事権と統帥権を騎士団長に移譲していただけますか」

「承知しました」


 なんて強欲な男かと内心で苦笑しつつ、アンはヴァンサーンの要求を受けた。尊大な態度で、騎士団長が了承を告げる。


「……王女殿下がそこまで仰るのでしたら、決闘をお受けしましょう。殿下の代理は、誰がお務めになるのですか?」

「副隊長のトーンを指名します」

「トーン? トーン・キーファーですか?」


 拍子抜けしたような声で聞き返す騎士団長。


 対してアンに指名されたトーンは、衆目を一身に受けて、気まずそうな顔で立ち尽くしていた。

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