第八話 王女殿下の警護役

「……で、お前は」

「えへへ」

「えへへじゃねえだろが、全く」


 王城の一室。


 バラカスは深くため息をついた。目の前には頭を掻きながら形だけは反省して見せるエイミーがいる。イラッとしたバラカスは、エイミーの脳天に手刀を落とした。


「痛っ!? 反省してるのに!? 身長縮んじゃうよ!」

「安心しろ、峰打ちだ」

「意味わからないよ!?」

「まあまあ、バラカス。それくらいで。エイミーも仕事が多いのですから」


 とりなそうとするスミスを半眼で睨んで、バラカスは再びため息をついた。


 確かにエイミーは、休む間もなく各方面との連絡を取る為に出向いている。本来それを担うべきフェイスが王国の出身であり、現在は盗賊ギルドに戻っているからだ。その為、隠密行動を得意とするフェイスには及ばないが姿隠しの特技を持つエイミーが代役を果たしていた。


 それが、飲み会中の騎士達に繋ぎをつける為に近づいた所をあっさり捕捉され正体もバレて、微妙な雰囲気の中で用件を告げると今度は可愛がられて調子に乗り。大いに盛り上がってご相伴に預かって来たのだった。ため息も出る。


「タイミング的によ。飲み会っつっても周辺を警戒してても何も不思議じゃないだろうが。しかもどう見ても相手に気を遣ってもらってんだろ」

「うう……」


 バラカスやスミスが動けばどうしても目立つから、現状はエイミーを出す以外の選択肢は無い。バラカスは不始末を怒っているのではなく、エイミーの楽観的過ぎる判断や詰めの甘さを心配しているのだ。


「で、でもみんな優しかったよ?」

「優しい人やいい人がみんな、俺達と利害が一致する訳じゃねえだろ。お前だってよくわかってるだろうが」

「うっ」


 エイミーの反論はバラカスに即座に切り返される。エイミーが勇者パーティーと関わるきっかけになった話を持ち出されては、それ以上何も言えなかった。


 苦い思い出でありながら、エイミーとっては勇者トウヤとの大事な思い出でもある。だが、人の善性がどこまでも信じるに足るならば、成人前のエイミーが故郷を出て戦いに身を投じる事は無かっただろう。


「バラカス、そこまでですよ。エイミーは良い報せを持ってきてくれたのですから」

「……わかったよ」


 しょげ返るエイミーを見てスミスが言う。他人の古傷を抉りたい訳ではないバラカスも、スミスの仲裁を受け入れた。大体、ここでエイミーがどうにかなるものなら、とっくに矯正されているのだ。


 エイミーが近衛騎士達に接触したのは言質を取る為だった。その点だけを見るならば、エイミーはきっちり仕事をして来た事になる。


『我らの忠誠は王女殿下に。我らに命令出来るのは王女殿下とブレーメ隊長のみ。隊長不在ならば副隊長に指揮権が移り、副隊長も不在なら各人の判断で動く。これは国王陛下も騎士団長も覆せない』


 ――『王女の騎士』は騎士団に属していながら指揮権は隊長が掌握していて、第二王女アン殿下の護衛が何よりも優先されるんだ。


 エイミーの親くらいの年頃の近衛騎士は、料理と飲み物を勧めながらそう教えてくれた。エイミーには、そこに嘘は無いと感じられた。餌付けされたとも言えるが。


 エイミーの報告を聞き、バラカスとスミスは安堵した。王国内でアンの身柄を文字通り死守する事が、ミッション成功の絶対条件だったからだ。


 いかに勇者パーティーメンバーと言えど、騎士を差し置いて王女に張り付く事は難しい。勇者パーティーと良い関係とは言えない国王が許可を出す訳もない。


 王女アンの警護を務める『王女の騎士』の立ち位置が『どちら側』にあるのかは、スミス達にとって非常に重要な問題であった。


「何せ、王国を出る前にひと揉めあってもおかしくないからな」

「ええ。王女殿下の意向が最優先されるのは大きいですね」


 王女殿下の警護という名目で、王女の周りは王国騎士団か王国軍で固められるはずだとバラカス達は考えていた。その内側に王女アンの意を汲む『王女の騎士』がいるのは大きい。

 スミスの中の青写真は、ほぼ完成したようなものだ。


 事態は概ね、スミスの意図した通りに動いていた。隣国であるワイマール大公国からの正式な要請を受け、国王ラットムは重臣を招集して友好使節派遣の検討に入った。


 周辺国との交流に消極的な国王は、大公国が求めたアン王女を団長とする使節団の派遣にまず難色を示した。大公妃が自らと折合いの悪い第一王女のセーラであれば尚更である。


 騎士団長を始めとする国王派の重臣も同調したが、スミスから知恵を授けられた親大公国派の大臣が、先立っての武力衝突の賠償軽減要求を提案し、それを財務大臣が強く支持した事で風向きが変わる。


 いかに凡愚であろうと、国王も巨額の戦費と賠償を重税に転嫁された国民の不満を知らぬ筈はない。

 かくして大公国の要求通りに、王女アンを使節として派遣する計画が承認されたのだった。


「恐らく朝食かその前後のタイミングで、王女殿下に使節派遣の内示があるでしょう」

「じゃ、後は警護体制を巡っての駆け引きか。どうなるかな」

「打診する側との信頼関係が無いですから。王女殿下も受け入れられないでしょうね」


 バラカスに答えながら、スミスは部屋のベッドを見た。

 寝転んでこちらの話を聞いていたエイミーが飛び起きる。


「お仕事ね? おじいちゃん」




 ◆◆◆◆◆




 扉が開き、王国騎士団長ヴァンサーンが部屋から退出する。参謀長ロベルト、『王女の騎士』隊長ブレーメも後に続いて廊下に出た。

 扉が閉まると同時に、ヴァンサーンは不機嫌そうな表情を隠そうともせずブレーメに言い放った。


「王女殿下の覚えがめでたいからといって調子に乗るなよ。ブレーメ」

「はっ。肝に銘じて一層職務に励みます」

「……チッ」


 顔色一つ変えず、嫌味を受け流すブレーメにヴァンサーンは舌打ちをする。

 怒りのボルテージを上げ、ブレーメに詰め寄ろうとするヴァンサーンを参謀長が制止した。


「閣下。後の予定が押しております」


 言いながら参謀長はヴァンサーンに目配せをする。頭に血が上っていたヴァンサーンは、それでようやく状況を認識した。


 ここは第二王女アンの居室前。当然、扉の両脇には警備の近衛騎士が控えている。近衛騎士のカールとミハイルは、剣呑な目つきでヴァンサーンを見ていた。


 自分達の直属の上司であるブレーメが、目の前で絡まれているのだ。当然の反応である。相手が騎士団長であろうと臆さないのは、いかにも勇猛をもって鳴る近衛騎士らしいと言えた。


 再び舌打ちをすると、ヴァンサーンは踵を返して立ち去った。その姿が曲がり角の先へ消えると、ブレーメは二人の騎士に呆れたような顔をして見せる。


「お前達……俺を心労で殉職させる気か」

「ご冗談を、隊長。団長殿に日頃の鍛練の成果をアピールしただけですよ」

「ミハイル……そういう事なら十分アピール出来ただろう。カールも引き続き警備を頼むぞ」

『はっ』


 ブレーメは二人の返事を聞くと扉をノックし、再び部屋の中に消えた。




 室内に戻ったブレーメに、アンが声をかける。


「ご苦労様でした、ブレーメ隊長。少し間が開きましたが、何かありましたか?」

「いえ。特にこれといった事は」


 ブレーメの返答に嘘は無い。当人は本気で『問題は何も無かった』と考えている。それを理解し苦笑するアンに、ブレーメは「申し訳ありません」と謝罪をした。


「我々の力不足で、王女殿下にご迷惑をおかけしました」


 ブレーメが謝罪したのは今のやり取りではなく、先刻この部屋を騎士団長が訪れた際の事だ。


 参謀長を伴った騎士団長ヴァンサーンは『警備に万全を期す』という名目で、使節として大公国へ赴くアンの身辺警護に騎士団長率いる第一騎士隊を採用するよう求めてきた。

 アンの警護として『王女の騎士』の隊長がいる前での要請に、さすがのブレーメも表情が険しくなる。


 アンはその無礼とも言える要求に対して、「これまでの『王女の騎士』の献身に対し、自分は最大限の信頼を置いている」とヴァンサーンに告げて一蹴した。


 その後も続く騎士団長と参謀長の要請も全て断り、アンは「警護に支障をきたすというなら、信頼出来る『王女の騎士』と勇者パーティーだけを伴に大公国に向かう事にする。王国騎士団は沿道の警備に当たって貰いたい」と話を打ち切ってしまう。


 部屋を出て行った騎士団長の不機嫌顔は、予想外のアンの抵抗で完全に思惑が外れたが故であった。警護体制については先に国王や大臣からも同様の打診を受けていた。アンにとって、一度断った以上は何度断っても同じ事だ。


「その謝罪は受け取れません、ブレーメ隊長。わたしは日頃からの思いを言葉にしただけです」

「……はっ」

「話は変わりますが。わたしからの提案の方はいかがですか?」

「……大変有難いお話ですが、もう少しだけお時間を頂ければと」


 アンはブレーメの返事に頷きを返す。用件が済み、アンの面会の警護も終えたブレーメは一礼して部屋から退出した。


 ブレーメを見送り、アンは大きく息を吐いた。


「……ふう」

「お疲れ様でした、姫様」


 侍女のフラウスがアンを労う。押して来たワゴンの上には、じきにやって来るであろう客人の為に、一人分多く紅茶と菓子が用意されていた。

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