第七話 通すべき筋
朝食後、エイミーを送り出したバラカス達三人は、声を抑えて話し合っていた。行動すると決まった以上、敵地とも言える王城で無為に時を費やすのは愚策だ。
「ボクはギルドに戻ってやる事があるから、次の謁見までは外れるよ。見張りは大丈夫だよね?」
「ああ。スミスは?」
「謁見を首尾よく乗り切る為に、親大公国派の重臣を懐柔しておこうかと。まだ少し、国王陛下の取り巻きが邪魔ですので」
「流石に無いとは思うけど、暗殺者の動きがあればボクの方で潰しておくよ。忙しくなりそうだからその程度しか出来ないけど」
「十分だ、フェイス」
スミスの発案で、面々はサン・ジハール王国の王女アンを国外へ連れ出す為、アンを隣国であるワイマール大公国への親善使節に仕立てる方向で動き出していた。
一見無茶な計画とも思われたが、ワイマール大公妃セーラの強い要請であると王国側に伝える許可を得た時点で首尾は決まったようなものであった。その理由は、セーラ大公妃が大公国へ嫁ぐ事になった経緯にあった。
サン・ジハール王国は六年前、魔族の侵攻に対応する大公国の間隙を突く形で国境を越えたが、主力の王国騎士団を撃破されて撤退した。
大公国は近隣の友好国の支援を得て二正面作戦で魔族をも退け、報復を恐れた王国は多額の補償と共に当時は『愚か者』と評されていた公子マーガットとの婚約を取り付け、第一王女セーラを差し出したのだった。元から大公国への侵攻に強く反対していたセーラは逆らう事なく大公国に出向き、大公国もそれを受け入れ手打ちとした。
以降、セーラと父親である国王ラットムは面会はおろか文の一つも交わしていない。王国民に人気のあったセーラ王女を敵国に売った国王として、ラットムへの支持も大きく失われる結果となった。
王国側の最大の誤算は、当時の公子マーガットの資質を完全に見誤っていた事であった。セーラを伴侶に迎えたマーガットは実力を如何なく発揮し、三男でありながら大公位の後継者争いを終結させた。兄二人をも国政運営に取り込んだ手腕を見て、前大公はマーガットを後継に据えて退位を決断したのだった。
王国の実情とやり口を知り、国王に批判的なセーラが大公妃となった事で、当面の間は王国が大公国に強く出る余地が無くなっている。
「増長した王国騎士団に押されての侵攻だったと言われてるがな。国王の施策に悉く異を唱えた当時のセーラ王女を厄介払いしたって見方もあった。どっちにしろ酷え話だ」
「全くだね。ところでバラカスはこれからどうするの?」
フェイスが相槌を打ち、バラカスに問いかける。
バラカスは少し悩む素振りを見せたが、頭を掻きながら答えた。
「そうだな。俺は……」
◆◆◆◆◆
「にゃーん♪」
エイミーは夕食後に再びアンの部屋を訪れた。朝と同じように書状を差し出し、フラウスが用意した紅茶のカップに口を付ける。
「えっとね。大公国から届いた親書を国王様に渡したから、この後の細かい話だって」
「フラウスの事が書いてあるわ。フラウスは私と一緒に行くのよね?」
アンの問いかけに対し、フラウスは頭を振った。
「いえ。姫様にお暇を頂いた体で、実家に身を寄せる予定です。王城に残れば拘束される可能性がありますし、姫様にお供すれば万が一の時に足枷になりかねませんから」
それに、とフラウスは付け加える。
「実家に帰って『西の辺境伯様』のお力を借りれば、少しは姫様をお助け出来ると思います」
フラウスの実家は西部貴族のリードレ男爵家。その主家であるメーメット辺境伯は王国屈指の名門である。王国騎士団や東部方面軍すら凌ぐ辺境伯軍を擁し、西より侵入を試みる騎馬民族を五百年以上も跳ね返し続けている。
当代の国王、つまりアンの父親が重臣と騎士団に唆され辺境伯の実力を削ぐ為に転封しようとしたが、辺境伯は毅然と撥ね付けた。
『五百余年に及ぶ忠義に仇で報いるならば、是非に及ばず』
僅かな手勢と共に召喚に応じ謁見の間で堂々と言い放った辺境伯に対し、腰が引けた国王は転封を断念。逆に当時の騎士団長を含めた重臣の数人を更迭させ、辺境伯の勇名が知れ渡る結果となった。現在の辺境伯領には国王も口出しが出来ない。
「うんうん、じいちゃんもそう言ってた!」
「だけど……フラウスはセーラお姉様に会わなくてもいいの?」
アンはフラウスと一緒に行くものと考えていたので、フラウスの言葉は意外に感じた。
勿論、アンとてフラウスがいなければ何も出来ない訳ではない。それでも母や祖父が死んだ時も、姉が他国へ嫁いだ時も、フラウスだけは傍にいてくれた。そのフラウスがいない状況が不安でないはずはない。
だが、フラウスは再び頭を振った。
「そのセーラ様より、姫様を託されておりますから。姫様を無事にお送りする以上の仕事は私にはありませんし、セーラ様にはいつかお逢い出来る気がします」
フラウスは続いてエイミーに問いかける。
「エイミー様。私が同行せずとも、姫様には必ず世話係が付く事になりますがそれは構わないのですか?」
「聞いてないけど、他に何も言われてないし書いてないよね? 大丈夫じゃないかな?」
王女であるアンには、フラウスを含めた三人の侍女と王国騎士団から選抜された十人の近衛騎士が専属で付いている。アンが使節として大公国へ向かうのであれば必ずついて来るであろう。
フラウスにも劣らずアンを支え続けてくれた彼女たちについて、アンは思う所があった。
「……フラウス。少し遅いけれど、これから出かけます」
「畏まりました。近衛の方を呼んでまいります」
「パティとリリィもお願い。それと、エイミーさんにもお願いがあるの」
「へ? 私?」
急に話を向けられ、妙な返事をするエイミー。
エイミーを見るアンの眼には、決意の光が宿っていた。
◆◆◆◆◆
半刻後。アンの姿は、大聖堂の裏にある国立墓地の王族が埋葬されている区画にあった。護衛の近衛騎士と、フラウスを除く侍女の姿も見える。
アンはお付きの者達に見守られながら、母の名が刻まれた墓石の前に花を備えた。目を閉じて祈りを捧げ、墓石に話しかける。
「……お母様。何が正しいのかわかりませんし、これから私がする事は、多くの人に迷惑をかけてしまう事になると思います。ごめんなさい。まずお姉様に会いに行ってそれから――少し、旅をしてみようと思います」
アンは振り返り、連れてきたお付きの者一人一人を見た。
やはり私には、彼らに対して通さなければならない筋がある。アンは改めてそう思った。
アンは意を決し、自分が考えている事、これからしようとしている事を彼らに話した。
お付きの者達は、アンの話に真剣に耳を傾けていた。
アンの話が終わり、最初に口を開いたのは中年の近衛騎士隊長だった。
「王女殿下、いえ姫様。我々を信用し、我々を案じて秘事をお話しいただいた事に感謝します。我々の誰一人、姫様の信頼は裏切りません――総員、抜剣」
その場の近衛騎士全員が隊長の号令で剣を抜き放つ。
息の合った動作で自らの顔の前に剣を立て、全員が騎士の誓いを唱える。それはこの場で聞いた話を決して口外しないというものであった。
アンはそれを見て安堵した。彼等にも彼らの生活や思いがある。自分の一存で振り回す事になる以上は、彼等に自らの思いを伝えなければならない。そうアンは考えていた。もしもその結果、スミスやエイミー達協力者の努力を無駄にする事になってもだ。
しかし彼等は、アンの思いを汲んでくれた。一同を代表するように、侍女のパティが言った。
「姫様をお慕いしているのは、フラウスだけではないのですよ? 私達も姫様をお支えすると、亡きディアナ様にお誓いしたのですから」
アンはこみ上げる思いを抑えきれず、並んで立つパティとリリィに抱き着いた。二人は顔を見合わせて微笑み、包み込むように優しくアンを抱きしめるのだった。
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