第五話 私が連れてってあげるよ

「……ふう」

「スミスおじいちゃん、来てるの?」

「ええ。なので警告しました」


 エイミーの問いかけに、スミスと呼ばれた老人が応じた。アンがそのやり取りに首を傾げる。


「来てる? 警告? どういう事ですか?」

「姫様。この部屋の周りやこの方々の周囲に潜んで、耳目をこらしている者達がいるのですよ。恐らくは王国の暗部でしょうな」

「ええっ!?」


 ユルゲンから『王国の暗部』と聞いて、アンは昼間に謁見の間で自分が言った事が問題だったのかと考えた。しかし、ユルゲンもスミスもそれを否定する。


 王女の部屋からこの客間まで、ユルゲンが人の気配を感じたのは王国騎士とバラカス達、それから王女の部屋を警護する近衛騎士のみであった。ユルゲンの勝手知ったるこの王城の中。どこに人が潜んでこちらを窺おうともそうそう見逃す筈は無い。


 不審者は王女の周辺にはおらず、来賓である勇者の仲間達に近づいて来たのだ。

 そうであれば勇者パーティーメンバーの周辺に網を張り、会話の盗聴や接触した者のチェックをしていると考えるのが自然である。それをスミスが感づいて魔法的な手段で撃退したようだった。


 ただ、騎士団長がこの部屋にアンが来たのを知った以上は、国王に話が行くのは間違いない。ここでバラカス達の助力を得られなければ、無理を押してユルゲンが動くか、諦めるか決断しなければならない。


 それにしても、とユルゲンは思う。


「我が国の事ながら情けない。人族の切り札として魔王軍に挑んだ者達に、軽々しく手を出してどうなるかも想像出来んとはな」

「それに思い至るならば、そもそも名将ユルゲンの降格などせぬでしょうね」


 愚痴るユルゲンをスミスが慰める。現国王即位後に軍事の実権が王国軍統幕本部から王国騎士団に移った事で、国内のパワーバランスも指揮系統も大きく変わってしまった。とはいえ、相手の大きさ強さもわからずちょっかいを出すのは頂けない。


 バラカスが大きく伸びをした。


「しかし、まあ」


 つい先程、アンはこの場で、ユルゲンやフラウスに告げたのと同じように自らの思いを打ち明けた。それに対する勇者パーティーの面々の反応は、概ね好意的であった。


 それでも。


「俺はオススメしねえな」


 メンバーを代表したバラカスの見解は、アンとユルゲンにとって芳しいものではなかった。


 バラカスは言う。


 まず話が大事過ぎる。アンの事情は斟酌しんしゃくするにせよ、一国の王女を国外に連れ出し旅に出るなどという話に、おいそれと同意を出来る筈がない。


 非常時ならともかく、ここで国王の同意なくアンを連れ出せば、勇者パーティーといえどもお尋ね者になる。アンの意は国王のそれに沿わぬであろうし、国王と勇者パーティーの関係も『表立って敵対していない』という程度のもの。国王とバラカス達の間には友好も信頼も無いのだ。


 仮に出発出来たとしても、アンの道中の無事が保証出来ない。勇者トウヤの旅路は、当然ながら安全が確保されたものではなかった。最大戦力であった魔王の脅威が消えた今でも、魔物や魔族は依然として残っている。時には人が牙を剥いて襲って来る事すらあったのだ。


 さらに王城で何不自由ない生活をしてきたアンに、長期間の旅が可能なのか。旅ともなれば、徒歩の移動や野宿だってザラにある。王国から離れた地で風土病にかかる事もあり得る。そんな時に適切な処置が出来なければ命に関わる。


 先にユルゲンにも似たような事は言われたのを思い出しながら、アンはバラカスの話を聞いていた。やはり難しいのかもしれないと、少し弱気になる。


「知恵の回らない俺でも、すぐにこれだけ思いつく。ユルゲン。お前だってわかってるだろうよ。それにな、王女様。俺たちがこの国に、どんな肩書きで来たか覚えてるかい?」

「あの、『勇者パーティー』と……」

「そうだ。魔王を退けた報告を、勇者トウヤを召喚して輩出したサン・ジハール王国にしなければならなかったんだ。トウヤがいないから俺が矢面に立ってきたが、『勇者パーティー』としての活動はここまでって事だ」

「…………」


 絶句するアン。バラカスは居たたまれずに視線を逸らす。ユルゲンは黙ってアンを見つめていた。


 アンは多少世間知らずな面はあるが、道理のわからない少女ではない。むしろ今回のように自分の意思を通そうとする事の方が珍しい。バラカスの話の通りならば、これ以上ここに居ても迷惑になるだけだろう。残念だが。

 そう考えたアンは、何とか言葉を絞り出す。


「私の我儘でご迷惑を――」

「迷惑じゃないよ」


 ずっとやり取りを傍観していたエイミーが、アンの言葉を遮った。固く握りしめていたアンの手を取り、優しく包んで笑いかける。


「私が、王女様を連れてってあげるよ」

「エイミーさん……」

「私もね、途中からパーティーに参加したし、トウヤは自分の事をあんまり喋らなかったから、よく知ってる訳じゃないの。王女様の話を聞いたら、私も行きたいなって思った」


 エイミーの言葉を聞いたバラカスが、苦言を呈する。


「そうは言ってもな、エイミー。勇者パーティーの名前は使えないぞ? 全部で三十人くらいはいて、それぞれの仕事や生活があるんだからな。俺達の都合で巻き込む事は出来ん」

「うん」


 バラカスの言葉にエイミーは頷く。


 パーティーは常時五人から六人であったが、一時的な人数の増減はあったし様々な理由で加入や離脱もあった。旅の途中で命を落とした者もいる。総数として三十人程は、確かにいただろう。


『勇者パーティーメンバー』とは、謂わば称号であり共通資産でもある。勇者トウヤ以外の者が傷をつけていいものではない。

 エイミーもそこは正しく理解していた。


「大丈夫。借りるのはおじいちゃんの知恵袋だから。おじいちゃん、いいアイデア無いかな?」

「それは無茶振りってもんじゃ――」

「ありますとも」

「あるのかよ!!」


 事も無げに答えるスミス。呆れ気味のツッコミの後、休む間もなくキレ気味にツッコむ忙しないバラカス。アンは急な展開について行けず、口に手を当ててアワアワ言うばかりである。


「一先ず穏便に王女殿下を国外に連れ出す、という話ならば出来ない事はないかと」

「その方法が見当たらなくて今まで話してたんだが……」

「バラカスが憎まれ役を買ってくれましたから、年寄りも働きませんとね」

「ったく、食えねえジジイだな」


 じとっとしたバラカスの視線を軽く流し、ホッホッと笑うスミス。そのまま小声で呪文を詠唱し、魔法陣を展開する。部屋の外にいる者が気付いた様子は無い。


「夜分の連絡、申し訳……はい、そのような次第で、はい……いえ、そうではなく……ありがとうございます、流石でございます……」


 スミスはおもむろに誰かと話し始めた。相手の様子は全くわからないが、スミスの表情に変化は無い。一頻り話して通話を終えると、大きく息を吐いた。バラカスが問う。


「誰と話してたんだ?」

「ワイマール大公殿下と妃殿下です」

「はあ!?」


 スミスの返答に、他の面々が驚愕の声を上げた。


 ワイマール大公国はサン・ジハール王国の北方にある新興国。賢君の誉れ高い当代の大公マーガットは、サン・ジハールの第一王女でありアンの実姉でもあるセーラを妃に迎えていた。


「明日の朝には、魔隼まじゅんが国王陛下にお渡しする親書を届けてくれるでしょう。長男が誕生された大公妃殿下が、妹であるアン王女殿下に顔を見に来いと求めれば、王国は無碍には出来ないでしょうね。特に近年は、両国の力関係が逆転して大公国が上回ってますから」

「おじいちゃん、やるぅ〜!!」


 ハイタッチをして喜ぶスミスとエイミー。その横では思いがけず肉親から救いの手を出されたアンが、目に涙を浮かべている。


 バラカスがずっと黙っていたユルゲンとフェイスに声をかけた。


「お前らはどうするんだよ」

「儂は軍人じゃからの。東の国境に戻るだけよ」

「ボクもこの国の出だから残るよ。やる事もあるし」

「そうか……」


 目的を達したと判断し、ユルゲンが席を立つ。一同に深々と頭を下げ、アンの身を託す。


 アンはそのユルゲンの横で一礼し、勇者の仲間達に感謝を示すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る