第四話 勇者の仲間達

「宴会のダンスも終わる様子。王女殿下が男性の部屋を訪れる時間としては遅いのではないかな? 伯爵」

「何、旧友が滞在していると聞いて挨拶にの。お互い忙しい身ゆえ長居するつもりも無いが、王女殿下が彼らと話してみたいと仰られたのでな」


 ユルゲンは騎士団長からの詰問を軽くかわす。アンが話を合わせて、謁見の間で足止めされた件を非難した。


「……ええ、昼間はそれも叶いませんでしたから」


 思いもかけない言葉だったのか、騎士団長は形の良い眉を寄せて渋い表情を作った。


「それは失礼しました、王女殿下。しかし我々王国騎士団は国王陛下の命により、王城の警備を取り仕切っております。客人の皆様もお休みでしょうし、王女殿下の面会は明日になさっては? 私から国王陛下にご報告し、食事の機会を設けるようにいたしましょう」


 やり取りの間に、二人の騎士が騎士団長の背後にやって来た。

 通路を封鎖するかのような動きで、アンを勇者パーティーと接触させる気は無いという意思が見える。こうなっては客間まで行き着かねば、始まる前に全てが終わってしまう。


「ふむ。この問答で時間が過ぎるのが目的かの? 長居はせぬと申しておるのだが。王女殿下のお時間をここで費やすのは、国王陛下のご指示かな?」

「……王女殿下が城内とはいえ夜半に出歩く事への一般論と、要人を迎えている警備責任者としての、国王陛下より命を受けた私の判断だ。そこまで言うならば、伯爵はお通ししよう。王女殿下は我々がお部屋までお送りする」


 騎士団長にも譲る気は見られない。エスコートしようと歩み寄るが、アンはユルゲンの後ろに隠れた。騎士団長が僅かに苛立った表情を見せる。


 ユルゲンは思案する。理屈を捏ねて押し通る事は出来なくもないが、それをすれば自分とアンやフラウスの接触は断たれるだろう。そうなれば今後のサポートは出来なくなる。


 しかしこのタイミングで引き返せば、勇者の仲間達とアンの接点が今後に繋がる保証もない。ヴァンサーンが言う『食事の機会』とは、監視付きで会話もままならない面会でしかない。


 アンの目的が目的だけに、立ち位置が王女寄りだと確信が持てなかった近衛騎士は置いてきた。だが、こうなるなら連れてくるべきだったと、ユルゲンは悔やんだ。


 ――時間の引き延ばしには付き合えん。儂だけでも会って望みを繋ぐか。しかし姫様を王国騎士共に任せるのもどうか。


 焦りを滲ませながらも、何とか突破口を見出そうとするユルゲン。その思考は直後に無用なものとなる。


「……で、いつになったらボクらは王女様とお話出来るのかなあ?」

「!?」


 緊迫した空間に、突如間の抜けた声が響いた。


 全く気配を感じなかった至近距離からの声に、騎士団長と騎士達が慌てて振り返る。そこには軽薄そうな笑みを浮かべた優男が、『よっ』と挨拶するように片手を上げて立っていた。


 廊下の薄暗さを考えても、ずっとそちらの方向を見ていたはずのアンとユルゲンさえ、男が口を開くまで存在に気付かなかったのだ。騎士達の戦慄は容易に想像出来た。

 男の後ろからは、また別の声が近付いてくる。


「全く。耄碌したのかよユルゲン。何で将軍が城ん中で足止め食らってんだよ」

「……口の悪さは変わらんな、バラカス。ちょっとは腕を上げたんだろうな?」

「フッ。抜かせ」


 溢れる闘気を抑えようともせず、むしろ威嚇せんと騎士達に叩きつける褐色の肌の男。反射的に構えかける騎士達。無意識の内に畏怖を込め、その名を呟く。


「『戦鬼』バラカス……」


 バラカスと呼ばれた男は、その闘気に反して騎士達を一瞥もせず通り過ぎると、ニヤリと笑ってユルゲンとガシッと腕を組むように合わせた。そしてユルゲンの背後にアンを見つけ、安心させるように軽く頷いた。


「さて。歴史あるサン・ジハール王国の騎士団長殿。噂に違わぬ精勤ぶりは称賛に値するが、我々が旧友や親交ある王女殿下と会う事は許されぬのかな? そうであれば国王陛下にお伺いを立てる事にするが」

「いえ、バラカス殿。我々は客人をお迎えしている間に不測の事態に見舞われる事無きよう最善を――」


 振り返り、漸く騎士団長を見るバラカス。その騎士団長は、予期しなかった展開にもどうにか平静を保った様子で返答する。配下の騎士は、自分の背後の優男とバラカスのどちらに注意を向けるかで困惑していた。


 アンとユルゲンは『親交ある王女殿下』という物言いに内心で首を傾げながらも、バラカスがアンの為に救いの手を差し伸べてくれたのだと好意的に解釈して黙っていた。

 バラカスは無駄な問答の時間を潰すかのように、騎士団長に言い放つ。


「ならば。この場で面識ある二人と確認した。ここでさらに時を費やしたくはない。彼らと共に部屋に戻らせてもらうが?」

「それは――」

「何、夜も遅い。そうは時間を取らせんが多少の昔話くらい構わぬだろう? 何なら同席して、なども聞かせてもらいたいものだ」

「っ! いえ、任務の途中でありますので」


 バラカスから被せ気味に畳み掛けられ、最後は明らかに狼狽えた騎士団長。バラカスは獰猛な笑みを浮かべる。


「それは非常に残念だ。では失礼する。行くぞフェイス」

「はいよ。王女殿下と将軍閣下もどうぞ」


 フェイスと呼ばれた優男がアンとユルゲンを促し、先頭に立って歩き出す。バラカスは興味を失ったように騎士達に背を向けると、三人に続いて客室に向かった。


 四人の姿が廊下の角から見えなくなると、騎士達は揃って大きく息を吐いた。気が付けばそれぞれの手には、じっとりと汗が滲んでいた。




 ◆◆◆◆◆




「あっ、来た来た!」


 客室ではアン達を待っている者がいた。人懐こい笑みの少女と柔和な表情の老人。老人は恐らく男性であろうとアンは思った。

 少女はテーブルの椅子を引いてアンに勧めると、自分も隣の椅子に座った。


「王女様、お初にお目にかかります! エイミーともう、申し、申し付け……えーと」

「王女様に申し付けるのは不敬だろエイミー」

「うるさいなー、いつもはそんな喋り方しないもん!」


 バラカスにツッコまれ、顔を赤くして言い返す少女。

 アンはクスクス笑いながら少女の手を握った。


「私は第二王女のアンと申します。どうぞ普段通りにお話しください、エイミー様」

「うえっ、あの、様って呼ばれると落ち着かないから、せめてエイミーさんで……」

「はい、エイミーさん」


 ニッコリ微笑むアンと、「はあ……王女様だー」と感激するエイミー。バラカスが面白いものを見るように、ニヤニヤと笑う。


 聞けば、最初に室内にいたエイミーが二人と騎士達の気配に気付いてバラカス達が様子見に出たのだという。エイミーは弓士と聞いていたが、それ以外に何らかの能力を持っているのかもしれない。そうユルゲンは思った。


 早速打ち解けた様子の少女二人を横目に、ユルゲンはまず、バラカスに礼を述べた。


「バラカス、姫様にも訪問の理由を作ってくれて感謝する。正直助かった」

「おう」


 素っ気なくも礼を受けるバラカス。ユルゲンはその流れで単刀直入に本題を切り出す。


「あまり時間が無い。迷惑をかけついでで悪いが、姫様を連れて王国から出てくれんか」

「断る。寝言は寝て言え耄碌ジジイ」


 交渉に入る前に決裂した。アンが目を丸くする。


「しばらく見ないうちに可愛げが無くなったな、小僧が」

「ああ!?」

「おじ様!? バラカス様!?」


 額を突き合わせて唸る男二人に、アワアワと慌てるアン。ケラケラ笑うエイミーに、我関せずを決め込むフェイス。

 最初から黙って様子を見ていた老人が口を開いた。


「バラカス。将軍閣下が時間が無いと仰る以上、話の腰を折るべきではありませんよ」

「む。それはそうだが……いや、俺が悪かった。続けてくれ」


 老人の言葉にあっさり折れたバラカス。少し拍子抜けしながらも、ユルゲンはアンに、本題を告げるよう促すのだった。

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