第三話 立ち塞がる者

「勇者トウヤについて、儂から話せる事はそれほど多くないのです。あの少年が召喚されてじきに儂は王国軍の最高司令官でなくなり、儂には勇者関連の情報が入らなくなっておったからの」

「私も、トウヤ様と直接お話をした記憶はありません。トウヤ様が王城におられたのも半年に満たなかったと思います」


 ユルゲンとアンがそれぞれの記憶を呼び起こす。


 アンを王城から出す算段を始めたものの、事が事だけに中々考えは纏まらない。話はいつの間にか、勇者トウヤに関する記憶の共有に移っていた。


 ユルゲンとアンのやり取りを聞き、フラウスが疑問を口にする。


「トウヤ様がある程度の期間王城に滞在されたのなら、身の回りのお世話をした者がいるはずです。ですが、私にもそれが誰なのかわからないのです」


 フラウスは常より、王城内の侍女や兵士達の噂話にまでアンテナを張っている。異世界から来た少年が、初めての王城で誰の補助も無しに暮らせるとは思えない。だが、その情報をフラウスが得る事は出来なかった。


「……召喚されてから最初の半月ほど、少年は事実上の幽閉状態でな。接触は限られた人物のみ、尋問と検査の日々であったと聞いておる」

「そんな……」


 アンがユルゲンの言葉にショックを受けた。それではまるで囚人ではないか。彼は勇者で、この世界を救って貰う為に喚ばれたのではないのか。


 混乱するアンをよそに、フラウスはユルゲンに問うた。


「ユルゲン様は、トウヤ様のお世話係を存じておられるのですか?」

「…………」


 ユルゲンが黙り込む。少し遅れて長く息を吐いた。知ってはいるが、話すべきかどうか迷っている。アンにはそんな様子に感じられた。


「無論――知っておる。その者は既に王城を離れ、他国で暮らしておる。儂から言えるのは、あの者を追うべきではないという事だけじゃの。後は王城での少年を知る者があるとすれば、当時剣術の指南をした現騎士団長のヴァンサーン、尋問や検査をした魔術師や一部の重臣辺りか」

「それは……」


 アンはユルゲンの話に違和感を覚えた。ユルゲンが勇者トウヤの世話係をしていた人物に、アンを会わせたくないように感じられたからだ。


 だが、だとすれば理由があるのだろう。アンはそのように自分で納得した。今重要なのは、そこではない。


「まあ、見事に国王陛下寄りの面々じゃの。話が聞けるかどうかの前に、姫様が勇者トウヤについて証言を集めていると、間違いなく国王陛下の耳に入るであろうな。そうすれば姫様の行動に制限がかかるかもしれぬ」


 三人とも、その可能性は高いと思っていた。国王ラットムは自分の娘であり王女でもあるアンに、勇者の話をした事がない。王城にいた頃の勇者トウヤにもアンを近づけさせなかった。


 国王が面と向かってアンに対し、トウヤに会わないよう言った事は無かった。だがそれは、アンが何となく察して行動していたからでもある。


 実の父娘でありながら、国王とアンは疎遠であった。国王は亡くなった王妃にしか興味を示さず、二人の娘は邪魔に思っている節すらあった。年長で気の強い第一王女は、度々国王と衝突してはっきりと疎まれていた。


 最近では顔を合わせるのは週に一度か二度、食事の僅かな時間のみ。会話など無い。勇者トウヤの話しどころか、婚約の話すらアンが知らぬのも無理からぬ事であった。




 フラウスがアンの当面の行動について、思う事を述べる。


「では、姫様は拘束がかかるのを避ける為に、出来る限り速やかに王城から出る事を目指す訳ですが。まずどうやって出るか、ですね」

「仮にも王女じゃからの。お忍びで城下を歩くのとは訳が違う。勇者の旅路を追うという名目では、穏便には国境を越えられんであろうな」


 勇者トウヤは王都を出て街道沿いに北の国境へ向かい、ワイマール大公国に入った。同じルートで王都から国境まで、急いでも三日から四日程かかる。長旅の経験が無いアンを伴い、急ぐというのは現実味がない。


 どのルートで、どこで休息をするのかも重要だが、現状それを検討する時間があるかどうかも問題だ。


 ならば真っ直ぐ国境を越えるのを諦め、一旦どこかに身を置くのはどうか。やはり厳しい。この国が王国である以上、国王の影響下に無い場所は少ないのだ。


 国王も軽々しく手出し出来ない西の辺境伯領や、ユルゲンの東部方面軍が匿う事も可能ではある。しかしそれは露呈すれば、内戦突入も必至だ。アンの望む所ではない。


 仮にに国境を越える事が出来たとして。当然ながらアンの素性を明らかにする事は出来ない。王国の護衛を連れて歩く事も出来ず、道中の安全を全く担保出来ない。年単位の旅を支える資金はどうするのか。


 ユルゲンの見通しを聞いたアンが暗い表情になる。


「それでは王城を出るのは……」


 落ち込むアンを、フラウスが励ます。


「姫様、結論を出すのはもう少し考えてからにしましょう。見落としているものがあるかもしれません」

「そういう事じゃの」

『えっ?』


 フラウスとアンの声が揃う。


「おじ様、何かお考えがあるのですか?」

「見落としの方じゃ。王城でのトウヤについては知らずとも、少年の五年に渡る旅に同行した者達ならば今、まさに王城におるではないか」

「あっ!」

「幸い、初期の勇者パーティーには東部方面軍から非公式に支援しておってな。面識がある」


 アンとフラウスは目からウロコが落ちたようだった。

 二人は王国上層部と勇者パーティーの関係を鑑みて、話が出来るとは考えていなかったからだ。

 勇者パーティーのメンバーに話を聞けるならば、アンの目的とも合致する。


「姫様、王城を訪れた勇者の仲間は誰かの?」

「確か……戦士バラカス様、賢者スミス様、弓士エイミー様、探索者フェイス様の四名です」

「それは重畳。バラカスは知己であるし、スミスは知恵者。力になってもらえるかもしれん」


 ただし。とユルゲンが続ける。


 彼等に力を借りる為の交渉は、アン自身がしなければならない。ユルゲンはそうアンに告げた。


「彼等はこの国の国王陛下や大臣、騎士兵士に至るまで良い感情を持っていないでしょうから、姫様が出向いても協力を得られる保証はありませんね」

「当然じゃの。顔を繋ぐまでは儂がするが、目的を達せられるかどうかは姫様次第じゃな。行動を起こせば引き返せんし、面倒を極力避ける為に長居も出来ん。どうなされる? 姫様」

「もちろんやります」


 アンは即答した。アン自身、王族として人も羨むような暮らしをしてきた以上、王族の義務から逃れていいとは思っていない。決められた婚約に従うべきだし、王国に不利益を与えるような行動は避けるべきだ。


 ――でも。だけど。


 思い出せる顔は少し困ったような、でも優しい笑顔。それだけの思い出しかない少年の事を。

 忘れてはいけないような、知らなければならないような。理由はわからないけれど、アンにはそう思えてならなかった。


 決意と共に、アンは席を立つ。自ら道を切り開く為に。


「行きましょう、おじ様」




 ◆◆◆◆◆




 アンとユルゲンが王城の廊下を進む。目指すは勇者パーティーの面々が滞在している来賓室。

 遠くで聞こえる喧騒は対魔王軍の戦勝会か。ダンスの音楽も流れている。


「おじ様、お客様方はお部屋にいらっしゃるでしょうか」

「それは間違いなく。この王城に居て、宴会に出ずに他に行く場所も無いでしょうな」

「そうですね」


 アンは謁見の間で見た勇者パーティーの面々を思い出す。他国からの使者も兼ねていた彼らは、礼を失する事こそ無かったが、決して友好的には見えなかった。

 ユルゲンと話した後の今ならば、それが彼らが王国に対して抱いている不信感なのだとわかる。


 王族である私が行って、話を聞いてもらう事が出来るのだろうか。力を借りる事が出来るのだろうか。強い不安感に襲われる心を、アンは懸命に落ち着かせる。


 違う、やるんだ。自分にそう言い聞かせる。


 不安を振り払い決意を新たにし、アンは顔を上げた。


 次の角を曲がれば目的の場所。そう思った所で、前を行くユルゲンが不意に立ち止まる。アンも立ち止まり、ユルゲンの後ろから覗くように前を見る。


 静まり返った廊下に、カツンカツンと軍靴の音が響く。当然、二人のものではない。廊下の角から姿を現した人物は、落ち着いた声音で二人に向かって誰何した。


「この先は重要な客人の部屋なのだが、名乗って頂けるかな?」

「……王国東部方面軍司令官、ノルベルト伯爵。第二王女アン様をその客人の部屋へお連れする所じゃ。騎士団長自ら警備とは仕事熱心じゃの」


 国王の指示か、騎士団長や大臣の判断か。表向き平静を装いながらもユルゲンは内心で舌打ちした。手回しが良すぎる。

 アンは全く予想していなかった、しかも出来れば会いたくなかった相手の登場に動揺しながら、その名を呼んだ。


「……ヴァンサーン騎士団長」

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