名乗らない食べ物
春野訪花
一食目
冷蔵庫を開け、冷やされたそれを手に取った。
わずかにざらざらとした手触り。手に包み込んだ冷たさがじんわりと広がる。期待に胸が踊った。
手の中で戯れのように転がし、握りながら、元いた場所へ戻る。
さっきまでやっていたゲームはそのままに、体を伸ばしてゴミ箱を引き寄せた。
準備が整ったところで早速、手の中のそれに爪を立てる。ぷつりと小気味のいい音がした。差し込んだ指を中身に沿って反対側へ動かす。正反対の場所を通りすぎ、さらにスタート地点まで向かう。そうしてぐるりと一周し、皮を千切りとった。
閉じ込められていた香りが、鼻を、逸る気持ちを、刺激した。
残りの皮をベリベリと引き剥がす。それは暖かで優しい色をしている。いくつかの粒が輪を形作っていた。それを半分に分け、ひとつだけ指でつまみ取った。
はち切れそうなほどにみずみずしさを湛え、艶やかな側面がきらりと光っている。
「ほぅ……」とも「はぁ……」ともつかない声を漏らし、口にほおばった。歯をいれると、ぷつりと皮が弾ける。その瞬間、甘味と、ほのかな酸味が口一杯に広がった。天然ジュースは冷やされたことによってより最高だった。
二粒目、三粒目と食べ進め、とうとう焦れて残り全てを口に入れた。一噛みするごとに溢れる汁を、これ以上出てこなくなるまで堪能した。
こくり、と飲み込んだそこには甘味が残り香のように残っている。捨てた皮をちらりちらりと見つめる。そして、決意を持って、力強く立ち上がった。
「おかわり!」
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