日暮が託して


「…ぶぁっ!」 「…っ成れ!」


 すかさず、4時の方向に跳ぶ


「あ、あば、ぁぶぁ…びっ!」


 前方の境界地から現れたと思われる不成人。足元を見ていた目繰の頭は下を向いていたが、視界の上から急に真っ黒なうねった糸の塊が顔を出してきたのだ。さらに、そんな気味の悪い姿をしている人型の形にはっきりとした目があり、それが余計に気味の悪さを際立たせている。普通ならば、声の一つも上げているだろう。


(頭が冴える)

 驚き、おののき、戦慄せんりつしていれば


(アカメにも、これはイレギュラーなのか)

 今までよりも、冷静に


(コガメを安全な位置にーー)

 目繰の心は既に諦念ていねんに染まっている。


 少し離れたところで、弾ける音が聞こえる。消滅したのだろう。なぜ、いちいちこっちに近づいて巻き添えを食らわそうとするのか。


「一人で勝手に消えてろよ」


 言葉を吐き捨て、視界に捉える前に目を瞑り後ろに振り返る。


(対策はできてる。不変とやらで縛る場所はどこからどこまでなのか、把握するか)


 いつ発動したのか、範囲は、強度は、期待はしてないがいつまでなのか。


(俺の力は発動できる。休みながらだったら充分逃げられる。ここを、抜ける)


 目を、開ける

「さん」

 右は、

「ご」

 左は、

「なな」


 狂いたい


「ば…ばぁ」「ぶぇ!」「びぁびび…ぶ!」「ぶぶぶ」「ばぁば」「ぼぉぼぼ」「…っびぃ」「ぶぃ」「べーーーーー」「べ…っぼっばぁ」「ば」「び」「不」「べ」「ぼ」


「おい最後らへんめんどくさがってんじゃねぇよ」


 ばぶば不うっせぇな


 囲まれた状況でさえ、焦る必要もなく、いたって冷静に、打開策をーー


「成……っれ?」


 外套のマントの端に、分からない


 れ、れ、れ、れ、れーーーーーー


「レモン、ンクラのおっさん、ンクラのおばさん、ン、ん、んんんんんんんんんんん」


 がーっぷ


「いっでぇ!」


 後ろを見るが、コガメは意識を失っているようだ。


 また、助けられたな。

(…こいつだけは、なんとしてでも守る)


「解!」「成れ!」「在れ!」「っぐぼぉ」

 

 裸になり、跳び、囲いを落とし、吐血


「…っうぐっ!」


「っがは!」


 続けて吐血、さらに吐血


(こいつらを閉じ込めるのに、こんなに消耗するのか…!)


 今目繰が落とした囲い、もとい黒より黒なブラックボックス。それを上空15mから落とし、閉じ込める。滞空時間中に真下に集まった不成人らを閉じ込めたのはいいものの、しかしその代償としてかなり消耗してしまった。


「…まずい、落ちる!」


 自分はいい、だがコガメは良くない


 後ろに重心があるせいで、背中から落ちることは避けられない。このままいけば、真下のブラックボックスの上にぶつかり押し潰してしまう。そもそも、このブラックボックスがなんなのかも分からないが、落とした音からして柔らかくはない。


(もう一度…耐えてくれ!)


「在れっ…!がはっ」


 コガメを包むクッション性の布を生成し、包み込む様に発現させる。そして、また吐血。


 着地と同時に軽くバウンドし、ブラックボックスからも落ちる。


 『不様』


「はぁ…はぁ…限界だ…」

 

 無事に、何事も無く、着地に成功したがあまりに消耗しすぎた。これでブラックボックスが通用しない場合または新たな不成人が出てきた場合、確実に詰むことになるだろう。


 もう、力は使わないほうがいいということは、目繰自身が1番理解できている。


 (しばらくこのまま、体を休めるべきだが、安心はできない。でも、限界だ。もう無理だ。使いすぎた。コガメだけでも、)


 もう一度、力を使って今の状況で釣り合うコガメの檻を生成するか否か。


 それを使えば、気を失うか死ぬか殺されるか。もういいのではないだろうか。コガメさえ生きていればそれでいい。例え、自分がいなくなったとしても、それはそれでいいのではないか。あぁ、より冴えてきた。コガメが生きて、俺が死に、俺が生きてる内はコガメに生きて、あぁ、俺が死んだ後はもうどうでもいい。


 ここに来た時点で、自分はもう檻に閉じ込められていたんだと卑下に走る。


「イヒ、俺はどうすればいい」


『』


 反応はない。こいつの言うことは意味のわからないことが多すぎて理解できない。


「俺は何をすればいい」


『』


 バカでかい亀よ、返事をくれ


「俺は、何を言えばいい」


『』


「……」


『我をみろ』


「あ?」


『我を、見ろメグリ』


「お前を、見る?」


『我は主であるお前の中にいるもの』


『我を見ろ』


 一体何を言ってるんだ、こいつは。俺の中にいるならどうやって見ればいいんだ。


「目を瞑って、俺の中にあるお前を見ればいいのか?」


 そんなことできるのか、と思いつつ目を瞑ってみるがーー


『否、我を見ろ』


 どうやらこれではないらしい、周りをみる。今あるのは、


「俺、コガメ、ブラックボックス」


 コガメを見てみるが、布に包まれ穏やかな顔で眠っている。しばらく見てみるが、これも違うらしい。残りは、


「ブラックボックスか?」


 ブラックボックスを見る。


『下を見ろ』


 今度は、下を見ろと指図してくるが言われるがままに従う。


 少ない体力で立ち上がりフラフラになりながらも不成人らを閉じ込めることに成功したであろうブラックボックスに近づく。


「下、下、真下だよあな」


 綺麗な正方体のブラックボックスの周りを一周するように歩き始める。一辺、一辺とゆっくり進み。


「おいおい、これでもだめなのか…」


 ブラックボックス。力を行使し、それを発現させた。すべてのイメージを元に再現するわけでなく、あくまで基盤となるイメージを絡めとり、それを元に再現をする。元となるイメージは、不成人らを閉じ込める囲いを想像した。あくまで、囲い。潰す、ではなく、囲い。いわゆる底抜けブラックボックスだ。


 そんな底抜けブラックボックスのある一辺から糸の塊のようなうねったものが見える。見えてしまった。


「こんなに、やったのに、まだ…っ!」


 うねりが激しくなる


 ピタ……ピタ……ピタピタ…ピタピタピタピタピタピタピタピタピタピタピタピタ


 やばい、また出てくる


 隙間が空いてたのか、


ピタピタピタピタピタピタピタピタピタピタピタピタ


 そこから這い出てこようとーー


ピタピタピタピタピタ…ピタピタ…ピタ…………ピタ


 シュウ〜、と糸がほつれて空中に散り、消えてゆく。


 「…どういうこと…だ」


 ついにそれが見えなくなり、静かな音が広がる。


 木々が揺れる。葉が擦れる。日が落ちてゆく色が、心の奥の奥を癒やしてくれる。


「とりあえず、おさまったか」


 これでやっと落ち着けると勢いよく倒れる。裸で倒れて、草土が体に刺さろうが関係ない。


 沈みゆく日が自分を照らす。沈みゆくまえにふり絞る陽がどうにも今の自分と重ねてしまい、ついほくそ笑むでしまう。



「そうか、俺、次死ぬんだ」


 だからこんなにも、必死に、生きようと



『我はkame成』


『目繰はメグリ不成、故に目繰成』


「また訳の分からんことを」


『思考に浸れ、沈め』


『何故』


 何故、一部がでてきていたのか。

 何故、一部とはいえ消滅したのか。

 何故、消滅時に糸がほつれるように。


「なんで、消滅現象が起こらない?」


 そうだ、消滅した後に起こるあの現象。それが起こらない。それは本体が生きているからなのか、そもそも本体なのか、あれは。何かが集まってできた何かのような気もするが、消滅したということは中の不成人も消滅したのか。このブラックボックスに他の作用があり、不成人を消滅に追いやった。それもありえるな。もっと考えろ浸れ沈め。順番に考えろ。まず、初めの不成人が来た時点で即座に避けた、はずだったが外套マントの端に消滅現象が移っていた。それに意識を取られ危ない状況下でコガメが無意識?に首を噛み意識を戻す。そして、衣服を消し、跳び、代償を払いブラックボックスを出した。囲いをイメージしたんだが、あいつらに釣り合う囲いというのは結果、あのブラックボックスだった。そして、それを上空から落とした。跳んだ時点で既に真下に来ていたから、あのままいけば俺もコガメもどうなっていたことやら。そして、コガメを守るために布っぽいものを出して落ちた。どうにか地面に着地できた…。そして、イヒを見る。落ちる、落とす。潰すではなく、落とす。挟まってーー


「あれ、もしかして物理効く?」



『目繰巡ってメグリ通せ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る