"逅"時現夢 ⑦.

「話を戻します。」



 何度目になるであろう咳払いをし、姿勢を正すアカメ。



「結局あなたが何ものなのか、あなた自身も分からないということは私が分かるわけないわよね。…ひとまず置いとくわ。」



 ひとまずも何も、メグリは自身の名前のことぐらいしかはっきりと分かっていない。ここから分かることなどあるのだろうかと思うのだが、彼女にはこちらに明かすべきことがまだまだ在るのだろう。



「目的。私が成そうとしていること。それによってなぜあなたを利用しなければならなかったのか。それを今から話すわ。」



「わかった。」



 まだ自分が行ったことを悔いているのだろう。それが表情に表しながら、本題に移すアカメ。



 たとえ、許さないと思っていたとしても。それに比較にならないぐらい、感謝しているのだ。



 ただ、気になることは気になる。アカメがこの世界で何を受け、何を感じ、何を考えているのか。目繰は今、興味の渦に巻き込まれている。それは、自分のために、ひいてはアカメのために知りたいのだ。全て。



「あいつを。この世界の支配しているあいつを殺す。これは数多の世界を賭けた私たちとあいつの戦争なの。」



 ’私たち'とは。そして、この世界しか知らない目繰にとってはやはり他の世界というものに興味がでてくる。



「私の中にはパパ含め、たくさんの人たちがいる。」



 物理的な意味ではないだろうことは想像できる。



 この書庫から得た知識を使い、術を行使したのだろう。



 アカメは一体どれくらいこの禁書庫の中で過ごしたのだろうか。



 緻密に練られたであろうその計画。永いときを経て得たその知識や力を以ってして、やっと挑むことができるそいつは、一体どのような存在なのか。



「全員沈んで不となった。みんな一緒に沈んでパパは私の手を絶対に離そうしなかった。一気に沈んでいく中で私もその手は絶対に掴んで離さなかったの。そしてーー。」



 突然この世界に上書きされ、そして突然体が沈み始める。想像しただけで、恐怖しかない。



「パパを食べた。地中の中、パパだと思っていたのは’手'だけだった。私も狂っていたのね。押しつぶされそうになる感情の中で、安心を中に入れたかったのかもしれない。」



 物理的であった。アカメは最初に物理的に食べたのだ。


 底に近づけば近づくほどに、溜めてきた感情は表に露わになり、それが段々増大していくことは目繰も記憶に新しく覚えている。



「その時にはもう、パパは不になっていたのね。手はかろうじて成りかけていたから食べれた。そうしたらね、ほんとにパパが中に入っていたのよ。奇跡だと思ったわ。」




「決して今も狂っているわけではないけれど、証明はできてるの。不成人は不を取り込み、己の力に変換できる、みたい。私はその力を利用して、不となった生物を取り込むことができるようになった。無我夢中でその場の周りにある不を取り込み続けた。」



 アカメは自分の中で膨らんでいく感情に耐えきれず、父に助けを求めた。だが、その父はすでに溶けて不と成り、残った'父の手'を自らの胃の中に入れることで、安心感を得たかったのだろう。それが、偶然なのか必然だったのか、アカメの身体を作り替える要因となったのだ。



「そうしている時ね、イヒが私を見つけてくれたのは。イヒは私を沈まされた"堂"に戻してくれた。この"堂"はね、ミートルの"堂"なの。」



 つまりは…



「アカメは最初の犠牲者だってこと、なのか…?」



 最初とは、この世界を思うがままにしている存在が残酷な煮込み料理を作り始めた頃ということになる。



「そういうことになるわね。そうして、そこからはひたすらにここにある書物を読み漁って、知識を蓄えた。その中でこの禁書に出会って、世界の謎を仮説を立てて理解することができた。」



「そして、その蓄えていったものがだんだん憎しみに変わっていった。それと同じくらい、私も一緒にいなくなっていたらと思うこともその時、増えていったわね。」



 知識を蓄えれば蓄える程、徐々に自身の置かれた状況を俯瞰してみることが増えた。自分は今なぜ、こういうことになっているのか、なぜ誰も助けに来てくれないのか、なぜ、なぜ。なぜ、あいつは残酷なことができるか。それが彼女を占めるあいつへの憎しみに変換されていった。


「殺すわ、絶対に。今もなお、誰かが犠牲になって世界の蓄えとして生き地獄を味わっている。」


 一説によれば、意識を保ったまま不成人は霧のように引き伸ばされ散り、その場に固定化されてしまうという。


 あくまで一説なのだが、それがもし本当ならば、大勢の犠牲者がその名の通り生き地獄を味わっていることとなる。



「その時よ、メグリが現れたのは。」



 恨みを募らせ、計画を立てた頃、メグリは突然現れた。



「私だけでは限界だったこの計画。この場にいるだけでは、ほんの僅かしか私の中に取り込むことができないのよ。移動するにしてもそれは周期があるみたいで、効率が悪すぎた。」


「常にこの"堂"は底に限りなく近い状態で移動し続けている。いえ、され続けている。」


 

「それは、ここの存在が万一にもバレたくはないから。こんな本があるのだからあたりまえのことよね。」



 常にこの大地はあいつの支配の下にあり、その裁量を以って管理されている。らしい。



「地上から自由に歩ける存在がいれば。それと私が一本の線で繋ぐことができれば、それを通して私に不を流し込むことができると考えたの。」



「それが、俺ってことか。」



「ええ。でもね、あなたが最初にここに来た時は、純粋に嬉しかった。初めてできた友達みたいで、心が暖かいもので満たされていくみたいだった。」



 アカメは道具の如く人を扱うほど欠けている者ではない。本当に会って話して笑って。心があったくて。楽しかったのだ。



「罪悪感苛まれたわ。後悔もした。でも、私は最後にあなたに術を行使して、魂を繋いだ。」



 それを選択したことは、目繰からすれば許されるべきことでないのだが、



「それをしたおかげであなたは地上でも私が生きている限り死なず、沈まず、進み続けることができた。」



 そのおかけで、こうしてまた出会えた。



「待て。死なない理由はわかった。でも、沈まない理由がわからない。」



 目繰とアカメは魂同士を繋いでいる。そのおかげもありどちらかが欠けたとしても死ぬことはない。だが、それと沈まないのはどういう関係があるというのだろうか。


「その時の私の中には相当な不の力が蓄えられていた。だから繋がったあなたをこの地に対して沈んだものと誤認させることができたの。全てはあいつの裁量によるものだけれど、ある程度はこの地自体に任せているみたいね。ただ、あなたと私だけを繋いだだけじゃあすぐに世界が認識して沈まされていたでしょうね。」



 支配者たる"あいつ"がますます上の存在に感じてくる。どこまでの存在なのか。



「私が、あなたはあいつにバレてると言ったけれど、その考えに間違いはないと思うわ。バレてる上であなたが見過ごされて、私の計画もバレていたとしても未来の様子では手を出してこなかったみたいね。好都合だわ。既に捨身なのだから、怖くなんてない。」 



 例え、自身の命を犠牲にしても、それが無駄だっとしてもーー



「メグリ、私があの時最後に言った2冊の本のこと思い出せるかしら。聞いていたでしょう?」



 最初の自分と話した時のことだろう。曖昧な記憶だったが、空猫ネズミ?地底?覚えている旨を伝える。



「ふふ、ネズミではなくてハムスターね。」



「この"堂"での出来事は地上に持っていけない。ただ、あなたを上に返しただけでは道標がない以上その場に止まり続ける可能性があった。そこでこの2冊を使って、空と地の無意識の植え付けをした。」



 そんなことは、できるのだろう。 



「なるほどな。道理でーー」



 登り、降り、飛び、落ち。


 無意識に行動原理を決められていたということだ。



「もう…謝らないわ。協力してくれて、本当に…ありがとう。」



 ペコリ 


 そう頭を下げるアカメに目繰は微笑み、優しく話しかける。



「もしかしたら、俺はその行動をすることで少しでもアカメを近くに感じていたかったのかもしれないな。」



「え?」



「俺ここに来る直前、今まで見た中で1番高い山に登ったんだ。」



 それは、ここに来る直前。夢現の狭間のこのひとときを感じる前のこと。極寒の山地。


「登ったあとにさらに天に向かって、叫んだんだ。声が聞こえる気がした。そんで、そこから飛んで地面にダイブした。全部おまえに、アカメに会いたかったから。今思うと俺の行動すべて、アカメのことを無意識のうちに考えていたのかもしれない。まんまと咲くか溺れたな、おれ。」



 満面の笑みで笑うメグリに対して、微笑みで返すアカメ。



「魂は繋がっていても、気持ちは伝わらない。ただ、見ている景色はほんの少し僅かに見えるときがあるの。きっと、未来の私はいつもあなたのことを見て考えていたんだと思う。そう、あなたは一人じゃなかったし、私も決して一人ではなかった。だから、未来の私はあなたから離れて最終局面に臨むことができたのね。」



「ん?どういうことだ?」



「別にこれを言ったとして、ここは夢現の世界。影響がでることはないから、言えるのだけれど。すでに未来の私はあなたと繋いだ修復以外に関する結びは切っている。巻き込みたくないもの。私一人で、あいつに挑むつもりね。」



 全てにアカメのとの繋がりは断たれている。そう突然聞かされて唖然となる。



「俺ができることは…。」



「何もないわ。」



 断言される。この話各個人に役割があっとして、目繰の役割は既に達成したといえる。何もない。そう、言うことができるまで役に立つことができたと割り切ることができればいいのだが、納得できない様子だった。



「どうやって、あいつと戦うつもりなんだよ。そもそもほんとに勝てるのか。」



「何度も言うわ。あなたがここにいる時点で、できるできないはもう考えていない。やるのよ。絶対に。」



 戦いは半分を過ぎ、終わりに向かい始めている。今ここでやらないという選択はないのだ。


 そして、目繰がこの場にいる時点で、アカメは計画が最終段階であることを意味しているのだという。それは、初めに目繰がここに来た時点で決まっていたことらしい。



「そんな…。」



 明らかに次元の違う格上の存在に挑むには、今から約1兆年かかる。途方もない時を過ごしてなお、未来のアカメはその憎しみの念を忘れずに色褪せぬまま保つその精神力は計り知れない。



「本当に俺ができることは…、この力を使ってなにかできるんじゃないのか。それに今からアカメが行動を変えてーー」



 自分の力を使えばと提言し、今のアカメから行動を変えていけばと提案するが。



「もうこれしかないのよ。あなたは元は人間。自分の器も測れてない、意識もしてこなかった不成人ではなにもできないのよ。例えあなたのその力を使ったとしても、未来は変えられない。私はこの時のためだけに自分を作り替えて生きてきたの。わかる?もうすでにこの時から始まっていたのよ。あなたがここにこれたということは計画はもう最終段階まできてるってことよ。殺せる手段として残っているのはこの道しかない。」



 全て否定される。


 あくまで、今のメグリの状態は夢の中。その狭間でたまたま"堂"が真下にあることで繋がった意識下なのだ。いくらメグリが説得しようとすでに過去も未来も決まっている。そんなどうしようもない気持ちをぶつけようにも今受け入れるべきことは変えることができない。



「俺がこの力を使って肉壁になってでもお前の役に立ってやる。俺の命をそのために使え。」



「……。それは未来の私に言うことね。地上でまた出会えるかは分からないけど。」



「俺はあれからどれくらいの時間が経ってるかわかるか?今からでも目を覚ますことはできるか。」



 はたして、今の上の状況でどれくらいで目を覚ますことができるのか。重症。極寒の地。雪だるま。



「そうね…。あまり時間は経っていないと思うわ。ただ、あなたが目が覚めるには修復されるべき箇所がどれくらいの損害を受けているかによるわね。さっき飛んだって言ってたけど、相当なものじゃないかしら?だとしたらまだかかるわね。」



 修復機能だけはメグリに残しているようで、死にはしないらしい。だが、致命傷の箇所が大きい又は損傷度合が大きければ修復が完了するまで時間がかかるようだった。


 今の地上の目繰は明らかに修復まで時間がかかるようで、極寒の地も相まって凍死と修復も繰り返している状態で、このままこの雪と山が沈むまで目が覚めないということもあり得るかもしれない。



「くそっ!」


 その場で強く足踏みをする。


 ダンッ とした足音が書庫に響く。


 何か、何か、何かをしなければ。 


 だが、何もできないやるせない気持ちのまま時間が過ぎてゆく。 



「もし、」



 切り出したのはアカメだった。



「もしも、あいつを不を行使せずに、地上にまで引き摺り下ろすことができて、少しでもあなたに意識を向けることができたなら…。この計画の成功率をほんの少しでも上げることができるかもしれない。あくまで仮説よ。」



 今はただ、アカメの役に立ちたい。少しでも協力ができるならば、それは是非やるべきだろう。



「私はおそらく、自分の中に溜め込んだ限りない不を力に変換してあいつに術を行使する。あいつの力はなにもわかっていないから、憶測でも成功率を上げるためなら、相手を少しでも理解できるのが1番理想よ。」



「あいつの注意を…か。あのさ、俺が今のこうやって話をしていることは上に持っていけるのか?」




「持っていけるわ。すでにパスは切れているから、上に戻ったとしてもここでの出来事は忘れないはずよ。夢の中だしね。」



現在、夢の中にいる目繰。どうしたわけか、過去のアカメと再会し、話すことができた。なぜ?という理由はどうでもいいと思っている。



「そうなると、俺があいつに目をつけられることにならないか?バレてんだろ?俺の存在はすでに。ここでの記憶を覗かれて、もしかしたらーー」



「あまりそれは望めない。あなたが目覚めた時点で、私は行動に移す直前だと思うから。」



 時すでに遅し。



「例えば、そうね、あいつ力自身に関することが少しでも分かればいいのだけど。」


 

「禁書には載ってないのか?」



 今のところ1番望みがあるといえばアカメが抱える7冊のうちの一冊、『主loVe 全書』なわけだが…



「残念ながらね。あいつ自身の力の記載は一切ない。ただ、不をここまで利用しようと考えているのはこんな文があったから。」



 アカメはメグリにその禁書を向け、文に指を指す。………読めはしない。



「あぁ、ごめんなさい。読めないわよね。えぇっとね。」



"不は面白いもの。ゴミでも私たちに届き得るもの。落ちてるゴミが風に吹かれてゴミ箱に少し近づいただけ"



 そう、読むことができるという禁書の内容。そのまま捉えると不はそいつら格上の存在にも届く可能性があることを記している。



「私はこれに賭けた。私の、私たちの、無限大に広がっているであろう多世界中の命を。」



 目繰は考える。現時点で自分にできることはない。そうアカメが言っていたことは事実として受け止める。この訳の分からない'成る、染まる'力を以ってして他になにがある。未だ自身の力を制御できず、理解もしていない。残るはただ一つ。



「イヒだ。」



 未だ目繰の中から出てくる気配を感じない、化者。イヒ。


「こいつには意思がある。言葉を理解できるし、話すことができる。ただ、俺に応じたことは一切ない。アカメは話したことがあるって言ってただろ?意思疎通が図れるんじゃないか?」



 最初のメグリとの会話の中でも確かにイヒと話したと言っていたことを覚えていた目繰。少しでも成功率をあげるためにイヒを利用できないかと考える。



「…。さっきからそれをしようとしてるんだけど、反応がないの。この子に関してはほんとに謎ね。」



「これもダメなのか。」



いよいよ手詰まりになった。



「’希望の光'と成り得たかもしれないのにね。まぁ計画自体は変わらず進む。あなたは、のんびりと…」



『祖術式はすでに解かれた』 



「「?!」」



『再生 可/否』



「「…」」



『再生 可/否』 



 何かがトリガーとなり、急に喋り始めたイヒ。発した言葉は再生をするかしないかを問うているものだと思われる。それを見越して、アカメがイヒに話しかける。



「……再生して。」



 音声が流れる。


 初めて聞くガラガラな野太い声。野生的で、どこが知的な部分が垣間見えるその男の声の主。


 こいつが殺すべき"あいつ"なのだろう。


 それは二人にとって衝撃的なものであり、今望むもの全てが揃う理想のピースであった。



「俺行かなきゃ。」



 突然、思い立ったと言わんばかりに目繰が座っていた席から立ち上がる。



「夢の中であろうと俺は俺なんだ。夢でも現実でも、成り切る、染まる。俺はアカメの力になりたいんだ。」



 そして、



「俺を上に戻してくれ。」



 その録音は違うかもしれない。



「だから言ったでしょ?それはむりだっ…!!!!」



 だが、疼くのだ。体が。震えるのだ。心が。


 今すぐに、こいつは殺さなければならないと、次に進まなければならないと、目繰という存在が叫んでいる。



 突然あたりを目が見えなくなるほどの光が照り出す。



「感じる。暖かい。」



 上で何かが起こっている。そんな気がする。



「…っ!そんなはずないわ!早すぎる!」



 明らかに修復の速度が早すぎることに言及し、冷静になれと諭すアカメ。



「とりあえず、あいつに一発かましてくるわ。ありがとな、アカメ。上に戻ってもまた同じこと言うよ。」



 『メグリは目繰不成。故に目繰成り。厳幕上。』



「待ちなさいっ!何かがおかしい!そんな、やっぱり干渉できない!」



 目繰からアカメに干渉できない。つまり逆も然りなのだ。アカメがいくらメグリを止めようともそれは不可能。ここは夢現の世界。



 だんだんと纏わりつく光がまた強くなり、目繰が霞んでいく、目覚めの時は近いのだろう。それと同時に意味するのは、修復がもうすぐ完了するということだ。



「アカメ」










「俺にまかせろ」






 夢の後には、一人アカメが上を見上げていた。





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