"逅"時現夢 ④

「ごめん、一旦休憩させてほしい。頭が追いつかない。」


 神、神でないにしてもそれと同じ位置に存在するという"何か"。

 考えれば色々と疑問は尽きない。

 だが、さすがに理解の範疇はんちゅうをゆうに超え続けたこの世界への答え。メグリの頭の中はぐちゃぐちゃになっている。そんな中、一つ、はっきりと認識していることがあった。


 それは、自分はすでに、不成人ふなりびとだということ。

(この世界に来た時点でもう終わりなんだな…。)


 そう、物思いに耽る《ふける》メグリに、


「待ちなさい。」


 待ったをかける。


「時間がないと言ったでしょ?あなたにこんなことを言ったってすぐに理解できるとは思ってないわ。でもね、頭がパンパンになって破裂しようとも私はあなたに伝えなくちゃいけないの。」


 今は違う。しかし、未来に繋げるために、空虚な時間が流れるは避けたかった。


 それでも、と頭を抱えるメグリ。話を右から左に聞く分には問題はない。しかし、この儀式めいた物には一定の理解を示さなければ意味がないのだと言う。それが、こうして今の頭を抱える理由となっている。


「それでもその時間とやらが来ちゃった時はどうするのさ。」



「……た…中に……るわ」



「え?」

 "中に“。

 言葉の一部分しか聞き取れなかったため、もう一度聞き直す。


「うるさいわね!時間がないと言ったでしょう!そこらへんに滑稽な姿で寝転がりながら聞く準備をしなさい!」


「なんで毎回毎回当たりが強いんだよ…。」


そう言いつつも寝転がってもいいんだというアカメのツンデレ具合に少し癒されつつもそのまま寝る体勢を取ろうとする。


「まって、床じゃ寝づらいでしょ、こっちにしなさい。」


 アカメがその場で正座が少しずらしたように座り込み、ポンポン、と自分のふとももを叩く。ツンケンしているのに対し、その一つ一つの動作にさえ気品を感じさせられる。服装さえまともにすればどこかのお姫様のようだ。


「え、あの、、、、…僕の服…」



 先程まで、砂の上で目覚め、砂に纏わりつかれ、砂を歩き、砂の上で眠り、砂に沈み、ここに辿り着いた。もとい亀に喰われてここに行き着いたのだ。上下布製の簡素な服装で、もはや元がどんな色をしていたのか分からないぐらい付着が激しかった。

 単純に汚いと思うメグリだったが、


「気にしないわ。元々それも私がここに連れてくる時になったものなのだから、謝らなければならないわ。ごめんなさい。」


 謝罪は済んだ、さあ早く、と言わんばかりに無言で再び自分のふとももを叩く。ポンポンと今度はやや早めに。


「……わかったよ、じゃあお言葉に甘えて。」


 互いにこうして会うのは初めて。ましてや違う世界出身者同士。決して交わることなどなかったはずの二人が"堂"にて会った。それが唯一のこの世界の汚点となる。


 スタスタと足早に歩き、恥ずかしさを誤魔化す。さっと目標を定め寝転がり、後頭部で柔らかな感触を味わい、一瞬の間で顔を真っ赤にする少年。


 それを見つめ微笑みはするものの、実際の内側はぐつぐつと煮えたぎる復讐心と少しの罪悪感を思う少女。


 彼女は彼を利用する。


 たった1人の犠牲の上でこの復讐心が果たされる情とその1人が明らかに善の持ち主であることの情。比べたとて、比較にならないぐらい前者の感情が彼女を形成しているのだ。


 だが、彼女の心の中の隅の隅の隅のさらに隅の方にうずくまって震えている子供がいる。震えて震えていつまでも震えが止まらない彼女は初めて無意識の善に触れる。 


 ポフッと自分の足に彼の頭が触れた途端。


 震えて、いたのだろう。そう思えるぐらいポカポカした少年の感情が彼女を包み込んだ。


 つらかった過去を思い出す。


(もっとはやく会っていたら、違っていたのかな…。)


 決して交わることなどなかった2人の間に僅かなが生まれた瞬間だった。


 互いに沈黙が流れる。


「あのずっと黙ってるけどやっぱり汚くて引いてるよね?!」


 互いに相手のことをよく知らない、けれどこうして会い、波長が合うことを互いに気づき始めている。


「私はうまれてこの方一度も引いたことがないわ。逆はたくさんあるけれど(ボソッ)安心して膝枕されてなさい。さぁ、始めるわよ。」


 もう引き返せない。戦いの火蓋は切られている。


「…ならいいんだけどね。じゃあ…お願い。」


 タイムリミットまで遠くない。





「………ってこと。ふぅ、分かったかしら?」



「まったく。」

直立不動で膝枕を話を受けていたメグリは、満面の笑みで答える。



「ま、それもそうね。私も理解できるとは思えないから、しょーがないわね。要約して話せばもっとわかりやすいのだけれど、できないものはしないわ。」



「それもやっぱりその本から?」



 輝く翡翠の本。彼女は今それを手にしている。それは今までの彼女の知り得た知識の元である。ここでアカメはこの本と出会い、知略を得て、過ごしてきた。大きくも小さくもない、分厚くも薄くもない本。ただ、彼女がその本をめくろうとも次の情報が書かれるまで新たなページをめくることはできない。



「そうよ。これは私がこの"堂"に来て間もない頃にこの禁書から得た『無意識領域への干渉と植え付け"不略式言霊術"《ふりゃくしきげんれいじゅつ》』を使用しているの。」



 自身の持ち得る持ち得ない知識や情報を限りなく偽りなく相手に伝えることで魂にそれを植え付ける術。ただし、1番古い記憶から順番に情報知識を上書きして植え付けが行われる。ある意味洗脳に近いものであるため禁術指定されているがなぜその術を今使用しなければならないのか。


「それも上に戻ればここの事も全て忘れるから…なんだよね。」


 この世界に於いて存在する生物は過去も持ち得ることは認めない。それがこの世界の在り方。ゆえに、この術を問題なく使用できるのだという。

 持ち得たであろう過去記憶は本人は持ち得ない。つまり無自覚のうちに上書きされても問題ない。それをメグリは有無を言わず了承した。


「そうよ、なによ理解できてるじゃない。」



「いや、それはだって、ほら、また僕は上に戻って一人ぼっちになるってことなんでしょ?それに…。」



 段々と顔を下にさげていく。一人ではなかったんだという安心感から一変、顔に陰りがでてくる。


「アカメとの記憶もなくなる。」


 少しの間だけでもメグリは楽しかったのだ。なんだかんだいいつつもこちらを気遣ってくれる優しさもあり、話をしててもなんだか昔から知っているようなーー。もはやアカメとは友人と呼べるべき存在になっていた。


「僕は嫌だよ。絶対に忘れない。」

 

過去は存在しない。しかし、今この瞬間の記憶はどうしても忘れたくなかった。


「いいえ、あなたは忘れるわ。必ずね。ここにあなたが最初に来た段階で不変の力で縛っていたの。」

 

 そもそも、と"堂"について触れる。


 「"堂"は多世界に散って存在しているわ。そしてこの中だけはあいつの不干渉領域となっているみたいなの。担当外。あいつの目から外れているってこと。それでも、この中を無理矢理みようと思ったら見れるらしいの。だから保険を掛けて不の力を利用しているってわけ。"忘れることは変わらず"ってね。」



「…。」



「もしあいつにここでの出来事がバレたらそれこそ何もかも終わりになる。だから、忘れない、じゃないわ。忘れるべきなのよ。」



「…。」



「でも変わる事だってある。それはあなたを助けたあの亀、イヒ。変な名前よね。イヒがなんなのか私にもわからないしこの禁書の中にもその存在のことは書かれてはなかったわ。魔物や精霊でもない。ただ、あなたの中に帰ると最後に言っていたわ。そして、今現在、イヒはあなたの中にいるはず。あの子によれば上に戻ったとしてもイヒがあいつにバレることはないらしいわ。詳しいことはまた上で、イヒに聞きいてみなさい。…………ごめんなさい、もうすぐ時間みたいね。」



そういつつメグリに後ろを向け、乱雑に床に散りばめられた本の内、一冊を拾い上げる。そして、その前にある本棚の適当な場所に本を直し、また振り返る。



「続きはまた今度。なんてねっ。」



両手を後ろに組み、戯ける様にベッと下を出す。それは、何かを紛らわすかのように陽気に振る舞っているように見える。


「また会えるよ。絶対に。」


「そうだと、いいわね。メグリ、私はあなたとこうして会えたことは偶然じゃない気がするの。」


それはメグリも同じ気持ちであった。偶然会った気がしない。むしろ会うべくして会ったようなそんな気がするのだ。


「あなたが上に戻ったあとはとりあえずこの世界を周りなさい。忘れるだろうけれど、そうすることになると思う。辛くて地獄のような日々が待っていると思うわ。頑張って耐えて耐えて耐えて耐えて耐えなさい。」


 体から薄い灰色の煙が出てくる。ほんとにタイムリミットなのだろう。


「わかった。」


今のやりとりでこれから待ち受ける地獄の様な日々は想像できまい。しかし、今、この瞬間、一人でも大丈夫だと思った。それは女神の様な赤髪の少女からの言葉一つで確信に至ることができる。


「それと最後に、はい、これ。」


 そうして見せてきたのは2冊の本。


「ん?なになに。んん!?」


 いきなり見せてきた本には明らかにさっきまでの話とは違う内容が書かれているようであった。


タイトル

『お空の探検隊シリーズ"上にはまたたび嫌いな猫がいた?"』


『ぽっこりお腹のハムスターから地底のナイトプールでVIPをもらう小技一覧』



「ここにはこんなユニークな本もいーっぱいあるの!特にこの2冊は私の宝物!だから特別に題名だけ教えてあげる。また会うことができたら一緒に読んで話をしてほしいわ。」


「ああ!もちろんだよ。一緒に読もう。そして飽きるほど語り合おう!それしても普段からツンケンしてるのに急に素直になっちゃって。笑ってるほうが僕は好きだよ。」



「…!」



「ん?どうしたの?え?え?なんで泣いてるの?!まって!そんなに今の言葉が嫌だった?!謝るから泣き止んで!ごめんね!」



「…ぐすっ。滑稽だわ。ほんとに私って滑稽だわ。……ありがと、今の言葉大事にするわ。」


 互いに微笑み合い、別れの時が来た。


 メグリの体がさらに灰煙に包まれる。その時、純粋にある疑問が湧き上がってきた。


 


「ところで、あの…つかぬことをお聞きしますが、アカメさん」



 コテンと顔を傾けて、なに?と無言で言葉を表す。



「上に戻る方法とは?」


 ああ、その質問のことね!とポンと胸の前で手を合わせる。


「答えは、」


 瞬間


ボワ〜〜〜


メグリのお腹が膨らむ、膨らむ、歪に前に膨らみついには巨大なあの目が、口が、目の前に現れる。


ボワ〜〜 


「あわ…あわわ…」


ボワ〜〜ン


答えは、


「喰われて逆バンジーよ!」


 刹那  


 パクっとメグリの姿が消え、再び地上に上がっていく。砂中を亀が泳いでいく。


 "堂"からの帰還であった。




















……………………。でてきなさい。






 禁書庫。


 そこは何処かしこも本にまみれた部屋である。奥には本棚が列になり並びその数は数えきれない。姿を隠そうと思えば隠れることができる。


 スタスタスタスタっと1人の青年が彼女の前に姿を現す。


「さっきぶり?ですが、は、、初めまして!目繰里無、目はくりくりおめめの目に、繰はお目目くりくりの繰、そして古里が無い、と書いてめぐりさとむといいます!あ、あの!一目見た時からあなたにゾッコンです!俺と!付き合ってくだぎっ!!……噛んじった…。」





邂逅が成された。

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