"逅"時現夢 ③

「そう、そうなのね、わかったわ。ありがとう。彼の中に戻りなさい。ありがとう。」



 声が聞こえる。



「そろそろ起きるころかしら。私を待たせるなんて滑稽よ。沈まされる前に沈めることができたのはほんと幸運だった。これも"堂"が関係しているのかもしれないわね。」



 床に寝かされているのか、地面に固い感触を感じる。自分は今、仰向けで寝かされている。その体勢から手のひらに意識を集中してみると、明らかに砂ではない。木でもレンガでもない。つるつるしている冷たい石みたいだ。



「もう彼に賭けるしかない。彼がダメだったらもう、大人しく消滅するしかないわね。」



 物騒なことをさっきからぶつぶつと言っているんだけど。女の子だろうな声的に。僕よりも年下かもしれない。それにしても僕、さっき喰われたよね。生き残ったんだろうか。恐怖心も消えてる…。今すごく心が落ち着いている。なにがあっても驚かないような冷静沈着な心を手に入れたみたいだ。



「起きてるのはわかってるわよ。起きなさいな。滑稽だわ。」



「」



「さっきから手のひらでスリスリしているの私のお尻よ。」



「うわあああ!ごめんなさいごめんなさい!」



 目を開けて飛び起きる。



「起きてるなら早く起きなさいよ。あんたが触ってたのは床よ。私に触れるなんて滑稽にも程があるわよ。身の程を知りなさい。」



 度が付くほどの上から目線の少女。綺麗な輝くような腰まで長くて赤い髪、キリッとしているがそこには優しさを感じる赤い目。それがまるで引き立て役かのように完成された美貌。ただ、彼女の服装はあまり上品ではない。黒を基調としたメイド服で所々白の装飾がなされているが、破れた箇所を違う布地で補修したようだ。



「」



 今の今まで1人であんなことになっていたのだ。人恋寂しさもあり、今の状況がすんなりと飲み込めるほどやはりまだ、冷静ではなかったのだ。



「」



「あら、呆けた顔ね。泣いてるの?まるでマリアを見つめるような目線ね。まぁ悪くはないわ。ふふっ。ようこそ!ここは"堂"。あなたは選ばれた。ここではあいつも干渉できない"不干渉"領域よ。  答え合わせをしましょう。」







「ま、私が知っていることなんて限られてるけどねっ」



 てへっと可愛くウィンクし、小さなベロを少し出す仕草、天使がここにいる。



 ようやく周りを見ることができる余裕がでてきたメグリ。ここは先程彼女が言っていた通り"堂"、つまり教会なのだろう。たしかに雰囲気は感じるが、やけに至る所、天井にも書物が綺麗に並べられている。




「え、えっと、は……はじめ…まして。」



 吃る吃る。


 もう人なんていないと思っていた。もう死ぬんだと諦めかけていた矢先に現れた女神のような少女。見るからに経験は少なそうなウブな男は女神を前に緊張している。



「僕の名前は、メグリ…です。あの…助けてくれたんですよね?ありがとうございます。」



「私は…アカメよ。まず、あなたを助けたのは私じゃないわ。よ。」



「亀?」



「そして、時間がないの。さっそくいうわね。」



 ごほんとわざとらしく咳払いする。その姿さえ可愛い。小さな口が開くたび胸がドキドキすr




「あなたは死んでいます。そして、生きています。」



「。。。。?え?なんだって?」



「死んでるのあんた。そして生きてんのよ。さっさと理解しなさい。そのあほ面、滑稽よ。」



 突然告げられる死?にまた頭が混乱し始める。



「ちょっ!ちょっとまって!うーんと。いや、全然理解できない!死んでるんだったらここはあの世ってことなの?僕はさっきの化け物に喰われて死んだってことだよね。でも、生きてるって言ってたけど、どういう意味?訳がわからないよ!」



「だから言ったじゃない。あなたは亀の化け物に喰われて生き残ったの。でも死んでるの。分からない?通じないのかしら。」


 

 なんで理解できないかしら?とつぶやきながら頭をコテンと傾げる。



 しかし、突然そんな脈絡のないことを告げられたメグリは混乱している。まだ状況が把握できない。そんな様子をやれやれと見つめるアカメ。



 すると、口を大きく開けてブレスを放つかのように、長いため息をした女神がーーーーーーー



「不成人。聞いたことない?私のいた世界では稀だけどいたわ。人であり人でない、人に成りきれない不成人。死んでもいるし生きてもいる。不完全なもの。不人ふびと、ブービーとも呼ぶ世界もあるわ。呼び方は色々あるけれど、不成人という在り方はどの世界も同じ。」



「ふなりびと?聞いたことがないな。そもそも僕は記・憶・が・な・い・みたいで名前しか思い出せないんだ。」



「?そう、あなたの世界ではいなかったのかもしれないわね。」



 少し悲しげに見えたのは気のせいだろうか。影が走ったように見えたような気がした。



「まぁ置いときましょう。とりあえず、今の私が知っていることを全てあなたに話すから頑張って理解しなさい。あなた含めこの世界に"上書き“された時点で、皆不成人になる。そして、あなたもよ。例外はないわ。」



 アカメはつらつらと話していく。



「"上書き"される条件は分からない。ただ、"世界単位"ではなく、"国単位"でそれが行われている。」



「"上書き"された国はこの世界の底に沈められ。消滅、又は沈んだまま不・になっていくだけ。ここまで理解できるわね?」



「細かいことはあるけど、素直に今のところ理解できてるつもりだよ。だけど、さっきから不ってでてきてるけど、不ってなんなの?」



「分からない。不がなんなのか。不成人の発生原因?治し方?分からないわ。実際に私の世界では不成人は迫害の対象だったわ。普通に生きて、食事もするし睡眠もとる。私から見ると只の人だったわ。…ただし、時間が経つと消滅するの。ただ消滅するだけじゃあ迷惑じゃないわよね。消滅した後は、そうね、その周辺だけなるの。言葉に表せないの。おかしくなるの。物理法則も自然法則も全て何もかもおかしくなる。私もこれはそういうものとしか教えられてないし、実際に分からないことが多すぎるの。」



「なるほど、わかった。とりあえず、好きでなるわけじゃないものなんだね。あと…この世界や僕の世界、そしてアカメの世界は違うの?そういう風に捉えてるけど、"上書き"っていうのは言葉だけで捉えるとこの世界に塗り替える、ということなのかな?」



「ええ、その考え方で間違ってない、はず。ここは色々な世界が継ぎ接ぎされてるの。」



「それは、理の中で発生する現象なの?」



「そこよ。そこが1番の話のメインになるわ。」



 彼女は深く深呼吸する。



「私たちは私たちとは次元が違う存在の計画に巻き込まれている、はずよ。」



「それも、ここの禁書庫から得たものなんだけれど、"上書き"されたみんなは遅かれ早かれ、底に沈められる。そして、時間をかけてゆっくり不を熟成させられるの。あなたもさっき味わったでしょ?」



「?ここに来てからなにも食べてないんだけど…。」



「違うわ。メグリ、あなたは底に沈められて段々自分がおかしくなっていったのを感じなかった?順に説明すると、地上では物事を楽観的にしか考えられなくなる。時間感覚もそれで狂わされる。そして、沈められて底に近づく度に今まで溜まっていた不安や恐怖心などのマイナスの感情が自分の中から一気に開放されていく。それと"不"がどう関係しているのか分からないけれど、あいつはそれを利用して何かをしようとしている。あなた、地上で10日程過ごしているわ。ほんの10日よ。その10日分のマイナス感情のツケがあの時一気にのしかかってきたってわけ。大体皆1年ぐらいで底に沈められるわ。常人では耐えられる訳がないわ…。私はそんなあいつが憎くて憎くてしかたがない。」



「あいつっていうのは…」



また、アカメは深く、深く深呼吸をする。




「神よ。この世界の神。いや、神ではないはね。神を象った何かよ。」





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