〈09〉ウィル教授はどこに

あれから、約三か月が経った。


ウィル教授の行方は、まだ分かっていない。


スチュアートは、あの後すぐ、ある田舎町の畑で発見された。


発見時、スチュアートは、ウィル教授の重強化スーツを身に着けていたそうだ。


スチュアートは本来、かなりの重罪に問われるはずだったが、シャルの計らいで、記憶を消去されるという処分だけで済んだ。


つまり架空の記憶・・・・・を上書きされただけで、今も家族と一緒に幸せに暮らしている。


スチュアートはもう、新ネットの存在や、ウィル教授たちとの闘いのことを全て忘れ、一般の人としての人生を歩んでいるわけだ。


スチュアートも、あの事件でウィル教授に救われた人間の一人と言ってもいいのかもしれない。――いや、ウィル教授は、むしろそのために戦っていたのかも――


ちなみにリンジーは、あの事件の日、シャルにお願いしてサインをもらっていたので、彼女の夢はついに叶った。――ムストウに操られていたことは、彼女には知らされていない。これも、シャルの計らいによる記憶操作だ。


教授が不在の間、大学の講義をどうするのか。その点は、ほとんどナタンが教授に変身して対応してくれたので、全く問題なかった。ウィル教授が不在になったことさえ、ほとんどの人からは知られずに済んでいる。


私の仕事内容は変わらない。――でも教授がいないだけで、全く別の仕事のように思える。


教授と出会う前のつまらない生活が、また戻ってきたような感じだ。


ウィル教授が死んだ可能性は、ゼロではない。


でも、あの教授に限って、そんなことがあるはずないと、私をはじめ、みんながそう思っている。きっと、事件の後処理のために奔走しているに違いない。




ある休日の朝、私が自宅でコーヒーを淹れていると、チャイムが鳴った。


玄関を開けると、そこにいたのはバーブズ氏だった。


「バーブズさん! どうしたんですか?」


「いや、ちょっと近くに来たついでにね。――どうしてるかな? と思ったんだ」


「どうぞ中へ!」



 

リビングのソファに座っているバーブズ氏。


窓から空を眺めている。


「どうだったね? ウィルと一緒に働いてみて」


「どうって……」


私はコーヒーを用意しながら考える。


「……なんか、いろんなことが次々に起きて、何が何やらって感じで……」


私はコーヒーをバーブズ氏のもとへ運ぶ。


「新ネットのある世界は……どう? 楽しんでる?」


「――そうですね……もう戻りたくないですよ。――あの日は、ホントに焦ったんですから」


『あの日』というのはもちろん、ムストウによって、新ネットも、教授も、全てが夢だったかのように偽装されたときだ。


「でも……今も正直、少し焦ってるのかもしれません」


「ほう?」


バーブズ氏は、やさしい表情で、私の話に耳を傾ける。


「新ネットも楽しいですけど……私が本当に大事に思ってるのは……ウィル教授と一緒に働くことなんだなって…………このまま教授がいないと、正直ここにいても、あんまり意味がないというか…………あの……教授は、どうなったんでしょうか?」


バーブズ氏は、コーヒーをテーブルに置いた。


「じゃあ、ウィルが戻ったら、また助手をやってくれるね?」


「もちろんですよ! ………………え?」


上空から――何か、聞いたことのある飛行音がしてきた。


「教授が?」


「そうだよ。もう飛行場に到着するころだ」


――私はつい、立ち上がってしまった。


バーブズ氏は微笑み、「行っておいで」と言った。




外に出ると、ティニたちの車が庭の前に停車。


「乗りな!」と、ティニ。


「ジョブさーん! ウィル教授が帰って来ますよ!」とメンちゃん。




飛行場。


チャリオットが降り立つ。


ウィル教授がコクピットから降りてくる。


私はつい、教授に向かって走ってしまった。




ウィル教授は、エンジニアたちが困ったとき、救ってくれるヒーローのような存在だ。


私も――いろんな意味で――教授に救われたエンジニアの一人なんだと思う。


      終

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エンジニア・エンジン 渋谷理(しぶやおさむ) @20ShinliT

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