〈08〉知られていない事件
私たちはその後、チャリオットに乗ったまま、現実世界へと転送された。
転送先は、海の上。眼下の海には、巨大な穴が広がり続けていた。――まだ、ムストウのアプリが動作し続けているのだ。
残るミッションは、宇宙にある球体デバイスの〝本体〟を破壊すること。ムストウが消滅した今でも、そのデバイスは作動し、この世界を侵食し続けている。それを破壊するための作業を、ウィル教授が一人で進めてくれているはずだ。
教授の様子を、シャルがモニターに映してくれた。
教授とスチュアートがその上に乗っているはずの、球体デバイスの〝ダミー〟が見える。
そのダミーの下部に、いつの間にか、あのロケットエンジンが装着されている――そして今、その推進力によって、巨大な黒い球体が宇宙へと昇っていく様子が確認できる。
「教授は……あそこに、まだいるんでしょうか?」
「そう。――あの中に打ち込んだバレットが、まだ生きてるから、ウィルはそれを使うつもりだろう」
「使う?」
「ダミーごと本体にぶつける気だ」
「ぶつけるって……それじゃ、教授は……」
カメラドローンはその球体を、途中までフォローしていた。しかしドローンが高度の限界に達したのか、最後には球体がどんどん小さくなり、宇宙へと消えていった。
太陽が沈んだばかりの暗い空に、ただロケットエンジンの軌跡だけが残っている。
――そして数分後、夜空で何かが光った。
そして脳通信がオンラインになる。――ネットが回復した。
「よーし、ミッション完了! おつかれさま!」
シャルがそう言った瞬間、海に空いた大穴が、少しずつ復元し始めたのが分かった。
「いろいろ助かったよジョブ君。後片づけはやっとくからね、帰って休んでよ。疲れたろ?」
「あの! ――教授は無事なんですか?」
シャルは答えない。――少しの沈黙の後「分からない。奴が帰ってくるのを待つしかない」とだけ言った。
私たちが捕まえた魚型デバイスの内部には、確かにムストウの開発した大量の危険なアプリのデータが保存されていたそうだ。それらは全て、キャンとシャルの協力により、バックアップも含めて完全に消去されたという。
ムストウが消えたことにより、秘密組織イクトゥスは解体。――そのメンバーは逮捕され、ゲヒノム刑務所へ収監された。
ウィル教授があのとき、どうやってムストウに勝ったのか、結局シャルはその仕組みを説明してくれなかった。――特に、一度凍らされたウィル教授が、どうして無事だったのかが分からない。あまり深く考えても仕方ないので『教授は不死身だから』ということにでもしておこう。
恐るべき天才エンジニア〝ムストウ〟の計画は消えた。
この事件について知っている人は少数だ。
新ネットの高度な情報操作によって、一般には知られないよう、静かに封印されている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます