第5話 決戦の時

 合成鬼竜がバルオキーの近くまで来た時、デッキから景色を眺めていたエイミがあわてたように声を上げた。

「ちょっとアルド、あれ見て」

 アルドはエイミのそばに行ってその視線を追った。バルオキーにほど近いヌアル平原の真ん中にミグランス兵らしき武装した十数人の姿と、村の人間らしき姿が数人、大型の魔物を取り囲んだいるような様子が見えた。

「あれはミグランス兵と…ゴブ神の取り巻き達じゃないか?!」

 アルドは驚きの声をあげた。

「戦闘になったのかしら…でも、大きな魔物達って倒れてない?」

 エイミはそう言って目を凝らした。

「本当だ、きっと俺達が未来に行ってる間にあそこで戦闘になったんだ」

 アルドはすぐにデッキ後方に駆けて合成鬼竜に頼んだ。

「鬼竜、急いでおろしてくれ」


 魔物達との戦闘があったとおぼしき場所から少し離れて着陸した。


「エイミはここで待っていてくれ。俺は様子を見てくる」

「でも、あいつはどうするのよ、あのゴブ神とかいうやつ」

「鍵がかかっていて勝手には出られないだろ?とりあえずこのままにしておこう」

 そう言い残してアルドは急いで船を降りた。

 駆け寄ってくるアルドの姿にいち早く気付いたのは、油断なく周囲の状況に気を配っていたソイラだった。

「あれはアルドさんですねぇ」

 ソイラの声を聞き、バルオキーの鍛冶屋の娘メイが振り向くとアルド達が駆けてくる姿がはっきりと見えた。

「おおーい、アルドじゃーん!おっかえりぃー!」

 メイは元気な声をあげた。ダルニスやノマルもメイの元に歩いてきた。

「みんな、無事か?!」

 アルドが聞くと、メイが陽気な声でもちろんと答えた。

 皆の元に駆け寄ると、アルドは倒れている三体のゴブリンを見た。どうやら完全に仕留めたらしい。

「皆で仕留めたのか?」

「ええ、そうですよぉ。バルオキーの皆さんのお力があったので、とても助かりましたぁ」

 そう言ってソイラが周囲を見渡すと、バルオキーの仲間たちも誇らしげな顔になった。

「そうだったのか。皆が無事で良かった。でもどうして魔物達と戦闘になったんだ?」

 アルドの問いにダルニスが答える。

「それが、あの三体の魔物が突然現れてな。ゴブ神様を返せとわめきながら襲いかかってきたんだ。警備にあたってくれていたミグランス兵と一緒に警備をしていた俺とノマルが応戦する形になって、その騒ぎを聞きつけたメイも駆けつけてくれたんだ」

「私はユニガンに戻ったのですけど、ラキシス様の命で警備の増強のためにバルオキーに戻ってきたんですよぉ。そこで騒ぎを聞きつけましてぇ。それで皆さんと戦いましたぁ」

「ソイラが兵を連れて戻ってくれてよかった。助かったよ」

 アルドは礼を言った。

「でも、よくあの魔物達を相手に勝てたよな。強力な魔法を使ったんだろ?」

「お、アルドよく知ってんじゃん。ま、そこは距離をとって弓隊に活躍してもらったんだよ。でさ、弱ったところを皆で一気にやっつけたってわけ」

 メイはそう言ってニッと笑う。アルドも安堵の笑顔を見せた。そして真剣な顔つきになってアルドが口を開いた。

「ところで皆に聞いて欲しいことがあるんだ。実は訳あってあの魔物達の親玉と一緒にいたんだ。今もこの近くにいる。これを機にここで倒そうと思うんだけど、一緒に戦える人はいるか」

「もちろん、大丈夫だ」

 とダルニス。

「先輩、僕も戦えます」

 ノマルも続く。

「もち。ぺちゃんこにしてやるんだから」

 とメイ。それに続くようにミグランスの兵士達も口々に応えてくれた。

「よし、それじゃあここに連れてくる」

 と言ったアルドにソイラが声をかける。

「アルドさん。それならこちらはしっかりと準備を整えて待ち構えましょう。隊列を組みなおし、敵を囲みながら戦えるように配置を決めますねぇ」

「分かった。それじゃあ準備をしよう」



 合成鬼竜で待っていたエイミの元にアルドが戻ってきた。

「あ、アルド。どうだったの」

「皆無事だったよ。それより今からゴブ神を皆で倒そうと思う」

「えっ?大丈夫なの」

「ああ。今その段取りをしていたんだ。皆の力を借りれば何とかなると思う」

「それじゃあ、あたしも戦うわ」

 と言ってエイミは目の前で拳を握りしめる。

「いや、ゴブ神をおろしたらゆっくり鬼竜を西へ移動させてから、エイミは自分の時代へ戻ってくれ。これを皆に見られたら騒ぎになるからな」

「…分かったわ。アルド、くれぐれも気を付けてね」

「ああ。ありがとう」


 部屋のドアが開き、アルドが入ってきた。

「船が泊まってから随分と遅かったではないか」

 ソファにもたれたまま、ゴブ神は顔だけをアルドに向けて言った。

「ああ。未来に行ってた間に、こっちでも問題が起きてたんだ」

「ほう、問題?もう大丈夫なのか」

「大丈夫だ。無事に着いたから船を降りよう」


 アルドは油断なく先導し船を降りて行った。

「おお、本当に帰ってきた。実に素晴らしい船だ。いいものを持っているではないか」

 ゴブ神は振り返り、しげしげと合成鬼竜を眺めた。その背中にアルドが声をかける。

「見せたいものがあるんだ。ついてきてくれ」

「見せたいもの?…いいだろう。案内しろ」

 しばらく黙って歩いていたが、おもむろにゴブ神が口を開いた。

「アルドよ。お前、私がこの世を統べるために力を貸さないか」

 アルドは驚いて振り向く。

「断る。俺は世界を統べるなんてことに興味はない」

「そうか、残念だ」

 再び沈黙する。皆が待つ場所が近づいてきた。

「む、待ち伏せか。芸がないな」

 とゴブ神が呟くように言った。ひときわ大きいゴブ神からは待ち受けている兵士達の姿が見えたのだろう。

「あそこで私を討つつもりか。いいのか、自分たちの死を早めるだけだぞ」

 ゴブ神は落ち着き払った様子のまま言った。

「逃げないのか」

 アルドが聞く。

「逃げも隠れもせん。私は何者も恐れない」

 余裕たっぷりの口調でゴブ神が返す。


 アルドがゴブ神を連れて戻ってきた。ミグランスの兵士達とバルオキーの仲間が取り囲むように陣取っている。ゴブ神は堂々とその中央へ歩み出た。

 ゆっくりと取り囲む兵士達を見回すと、不敵な笑みを浮かべてゴブ神が口を開いた。

「皆の者、出迎えご苦労。我が名はゴブラス。この世を統べる神である。私は他種族間の争いのない、理想の世界を造るために生まれた。お前達人間どもと長年争ってきた魔獣どもも、そして魔物ですら共存する世界だ。同じ理想を持つ者は前へ出よ。世界を統べる我が力となる気のある者は前に出よ」

 辺りは静寂に包まれた。兵士達はあっけにとられる者、怪訝な顔をする者、周囲と顔を見合わす者と様々な反応だったが、誰一人声を発する者はいなかった。

「…どうした。突然の話でのみ込めないのか?フハハハハ、難しい話ではない。このような争いをやめて平和な世界を築こうというだけの話だ」

 そう言いながらゴブラスはゆっくりとその場で回りながら兵士達の反応を見ている。

「俺達は自分達のやり方で平和な世界を目指す。お前は森で、静かに暮らせないのか」

 後ろからアルドが声をあげた。

「そうだ、森へ帰れ。俺達人間に構うな」「そうだそうだ。森へ帰れ」「何が理想の世界だ、ペテン師め」「お前達魔獣が襲いかかってきたんじゃないか」「そうだそうだ、帰れ帰れ」「二度と森から出てくるな」

 アルドの言葉に続けて、ミグランスの兵士達が次々に声を上げ始めた。ゴブラスはそれを黙って聞いていたが、突然一人の兵士がゴブラスめがけて矢を放った。ぴゅんと風切り音を立ててゴブラスの胸に命中したが、ゴブラスの厚く固い皮膚に軽く刺さっただけで矢はぶらんと垂れ下がった格好になった。

「なるほど。これが答えか」

 そう言って矢を引き抜くとゴブラスの表情が一変した。

「人間よ、愚かなお前達には天罰を下そう」

 鬼の形相でそう言うと、持っていた矢に炎をまとわせ矢を放った兵士に投げ返した。矢を受けた途端、兵士は業火に包まれた。

「皆、やるぞ!」

 アルドの声にはじかれて弓隊の兵士が一斉に矢を放つ。ゴブラスはうおおおっと唸り声をあげながら大地を隆起させて壁を作った。

(こいつ、火の魔法と地の魔法も使うのか。そういえば四大精霊の力を得たと言ってたな。もしかして水と風も使えるのか)

 アルドは考えながら剣を抜いて背後から斬りかかった。ゴブラスは背後に大きな火柱を立ち上げてアルドの接近を止めた。あまりの熱さで立ち止まり、後退せざるを得なかった。

(くっ、簡単には近づけない)

 アルドは火柱を避けるように時計回りに移動した。矢があまり効果がないとみると、ゴブラスの両側のミグランス兵達は槍を構えて突っ込んでいった。左右からの挟撃だ。ゴブラスは両手を左右に広げて強力な魔法を放った。左にいた兵達は突風に吹き飛ばされ、右にいた兵達は激流に足元をすくわれて一斉に流された。

 アルドは流された兵士達の後ろからわっと躍り出て斬りかかった。ゴブラスは地面を隆起させてアルドを石柱で突き上げた。たまらず後ろに転がった。

「先輩!」

 ノマルがアルドに駆け寄った。

「大丈夫ですか」

「ああ、ちょっと効いたけど…大丈夫だ」

 一方、ダルニスは弓兵と共にしつこく、何度も矢を放っていたが、連続して隆起する土の壁に阻まれて思うように敵に矢が届かなかった。

 槍兵が大勢を立て直して再び突っ込んでいく。ソイラの指示で今度は三枚になって連続して攻める。メイも一緒になって突っ込んでいく。

 それに向かってゴブラスが手をかざすと、今度は連続して火柱が立ち上り、まるで炎の壁のようになって近づけない。さらに炎の壁が兵士達めがけて迫ってきた。火に焼かれて兵士達が後退する。三方から一斉に攻撃しているのにもかかわらず、ゴブラスは巧みに魔法を使い分けて全く近づくことが出来ない。

「どうした、人間どもよ。お前達の力はこの程度か、フハハハハハハ」

 ゴブラスはそう言うと、弓隊に向かって凄まじい激流を生み出して押し流してしまった。すると炎の壁を回り込んだメイがゴブラスの左後ろから大槌で殴りかかっていった。今だ、と思いアルドも正面から突っ込む。ゴブラスは左後方のメイに向けて石柱を何本も突き上げた。メイは思い切り石柱を叩いたがびくともしない。アルドは突如立ち上った竜巻のようなものにはじかれて倒れこんだ。

(ダメだ、全く近づけない。強力な魔法が厄介だ。フィーネの言った通りに森の外に連れ出せたのに…なんて強さなんだ…!)

 アルドは歯噛みして体を起こした。

「これが選ばれし者の、神の力だ。人間ども、これが最後の確認だ。この私の元で理想の実現に力を貸そうという者はいるか」

 倒れた兵達がゆっくりと起き上がる。誰も言葉を発せず、立ち上がった兵達は再び陣形を整えていく。じっとその様子を見ていたゴブラスがおもむろに口を開いた。

「愚かな生き物だ。ではお前達にはここで死んでもらおう」

 ごごごごっと大地が唸る。ゆっくりと地面が隆起し大きな壁ができる。巨躯のゴブラスよりもはるかに高い壁が四方に倒れこんできた。

「下がれ!」

 誰かが叫んだ。皆が一斉に後ろに下がる。どどんと地響きをたてて壁が倒れた。皆、すんでのところでよけた。倒れこんだ兵達に向けて今度は炎の壁が迫ってくる。皆が一様に後退せざるを得ない状況で、ノマルがアルドに声をかけた。

「先輩、僕が炎に突っ込みます。先輩は後ろから炎を抜けていって下さい」

「よし、分かった」

 ノマルが盾を構えて炎の壁に突っ込んでいく。熱さで肌が焼ける。ぐわっっと声を上げながら、それでもノマルは前に進んで炎の壁を抜けた。ノマルはそのままの勢いでゴブラスに突っ込んでいく。さらに斜め方向から同じように盾を使って突っ込んできた者がいた。ソイラだ。その後ろからダルニスが躍り出る。

 アルドはノマルの左側から前に出ると素早く踏み込む。ダルニスはソイラの右側へ移動すると構えていた弓を放つ。

 皮膚が分厚く固いゴブラスはダルニスの矢を軽視してアルドに向き直ると、数本の石柱を突き上げた。が、これを予測していたアルドは右に素早く移動してこれをかわす。その瞬間、ダルニスの矢がゴブラスの脇腹を抉った。ぐうっとうめき声を出したゴブラスの頭上から放物線を描いてメイの大槌が降ってきた。これに気付かなかったゴブラスの背中に大槌が命中すると、ゴブラスは一瞬後ろに気を取られた。

 アルドはこの隙を見逃さなかった。素早く踏み込んで剣を振りぬくと、ゴブラスの左前腕が空を舞った。

 すかさず下から斜め上に顔を切りあげると、今度は返す刀で片口から胸にかけて袈裟斬りにした。

 ゴブラスはたまらず膝をつくと、そのまま前のめりに倒れこんだ。


 アルドの元にメイとダルニスが駆け寄ってきた。遅れてソイラもゆっくりと歩み寄る。

「やったか」

 ダルニスが声をかける。

「ああ」

 とアルドが答えた。

「今放った矢は、貫通力を高めたとっておきのものだ。我が矢に射抜けぬものはない」

 ダルニスはゴブラスの脇腹に深く刺さった矢を見ながら言った。

「いやぁ、危なかったですねぇ」

 とソイラ。先ほどの突入で服はところどころ焼け焦げている。

「ぺちゃんこにしてやるーっと思ったけど、ちょっと無理だったかな」

 とメイが笑う。

 ふと、うずくまったままのノマルに気付いてアルドが駆け寄る。

「ノマル、大丈夫か?」

「…先輩、な、なんとか…大丈夫…かな…」

「大丈夫じゃないな、ひどい火傷じゃないか。すぐに村で治療しよう」

 そう言って肩をかしてノマルを立たせると、ダルニスも手を貸して二人がかりでノマルを支えた。

「ソイラ、後のことを任せてもいいかな」

「はい。アルドさんは急いで村へ戻ってください」

「ありがとう」

 礼を言うとアルド達は村へと歩き出した。そこへ村のほうからフィーネが駆けてきた。

「お兄ちゃん!無事で良かった」

 そう言いながら駆け寄ると、ノマルの火傷をみて驚いた。

「大変、今すぐ治療しないと」

 そう言うと、フィーネはノマルに治癒の魔法を施した。

「ああ、痛みが引いた。ありがとうございます」

 ノマルは痛みと腫れの引いた両腕を見て、フィーネに礼を言った。

「ノマルさんも頑張ったんだね」

 フィーネが言うと、照れくさそうにノマルは答えた。

「僕は…ついていくのがやっとでした…」

 これを聞いて皆が笑い出した。俺達の村へ帰ろう、と言ってアルド達はゆっくりと歩き出した。


 ——数日後——

 アルドとダルニスとノマルの三人はヌアル平原を巡回していた。

「こうやって三人揃って巡回するのは、なんだか久しぶりだよな」

 嬉しそうに言うアルドにノマルが突っ込みをいれる。

「だって先輩、しょっちゅう旅に出かけちゃうじゃないですか。僕とダルニスさんはよく一緒に巡回してますよ」

「俺達は全然久しぶりじゃないよな」

 ダルニスも同調して笑う。

「しかし、ちょっと見ない間にアルドはものすごく腕を上げたな」

「本当ですよ。先輩がゴブリンを斬りに行った時の身のこなし。目にも止まらぬ速さでしたよね」

 ノマルは興奮気味に話す。

「そうだな。旅をして、色んな強敵とも戦ってきたからな。でも二人だって凄かったじゃないか」

「ああ、俺だって遅れをとるわけにはいかんからな。日頃、弓の腕を自分なりに磨いてはいるつもりだが、今後はミグランスの弓兵の訓練にも参加させてもらおうと思っている」

「僕も置いていかれないように頑張ります」

「ああ、俺達でバルオキーの平和を守っていこう。本当は戦いなんて起こらないほうがいいけど、まだまだ俺達人間は未熟だからな。だから、俺達は大切なものを守れるよう、もっと強くなろう」

 三人は立ち止まって互いの拳を合わせて「おう」と誓いをたてた。





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アナザーエデン この世を統べる者 富士竜馬 @gororin1996

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