第4話 時空を超えて


 ソイラを見送ったアルドは、フィーネと共に家まで歩いていた。すると向こうから見覚えのある女性が駆け寄ってきた。

「あれ?エイミじゃないか。どうしたんだ、こんなところにいるなんて」

 驚いたアルドが聞くと、エイミが答える。

「良かった、すぐに見つかって。今アルドの家に行ったらおじいさんがユニガンに向かったかもって言ってたから」

 そう言ってエイミは安堵の表情を見せた。

「実はね、未来でトラブルが起きたの。ちょっと力を貸してくれない?」

「なんだって?一体なにがあったんだ?」

「エルジオンのエントランスで魔物らしき輩が暴れてエアポートに逃げ込んだみたいなの。EGPDの警備兵が五人、あっという間にやられたらしいわ。きっと強敵だと思うからアルドにも一緒に来て欲しいの」

「分かった、今すぐ行こう。フィーネ、ちょっと行ってくる。じいちゃんに伝えといてくれ」

 そう言うとエイミと共に駆けだした。

「村の西の外れに合成鬼竜を泊めているの。ついてきて」

 エイミはそう言うとアルドの前を走りだした。


 ヌアル平原で合成鬼竜に乗り込んだアルドとエイミは早速未来に向けて針路をとった。

 鬼竜にはリィカも同乗していた。

「ああ、リィカも来てたのか」

 アルドが聞くとエイミが、

「リィカは船で待ってもらってたわ。流石にバルオキーにリィカが出没したら目立つでしょ」

 と言って笑った。

 全身ショッキングピンクの色をしたアンドロイドが現れたら、村の人たちは度肝を抜かれるな。そう思って思わず苦笑いを浮かべるアルドだった。


 鬼竜は間もなく未来世界に到着し、アルド達はエアポートに降り立った。

「取りあえず奥のほうから探してみましょう」

 そう言ってエイミが歩き出した。アルド、リィカとそれに続く。

 暫く歩くと、遠くで銃声がするのが聞こえた。

「あっちだ!」

 と言ってアルドが駆けだす。エイミとリィカも追いかけた。魔物らしき輩とは一体…。南東の奥、積み上げられたコンテナの向こうに人影が見えた。駆けて行くと、悲鳴らしき声も聞こえた。

「おい、そこまでだ!」

 アルドが叫ぶと、コンテナの影から見覚えのある顔が覗いた。あっ、と言って思わず足を止める。

「どうしたのアルド?」

 エイミも足を止めてアルドに聞いた。

「あいつは…なんでこんなところに…」

 アルドの驚いた顔を見てさらにエイミが訪ねる。

「なに、あいつ知ってるの?」

 コンテナの影からぬっと姿を現したのは、あのゴブ神だった。取り巻きのゴブリン達の姿は見えない。

「あいつは最近、月影の森に現れたゴブ神っていう魔物だ。さっきまで俺の時代にいたはずなのに…」

「なんかあいつ、見るからにヤバそうなやつよね」

 とエイミが言うと、ピピッという電子音が鳴ってリィカがしゃべりだした。

「アレハ推定800年前ノ、ミグレイナ大陸北西部ニ生息シテイタ魔物ト思ワレマス。巨大エネルギー派ヲ感知。エレメンタルノ力ヲ秘メテイルト思ワレマス」

「凄いなリィカ。そんなことまで分かるのか」

 アルドは目を丸くしてリィカを見た。

「ハイ。優秀ナヘルパーデス、ノデ」

 表情の変わらないアンドロイドだが、心なしか誇らしげに見えた。


「これは驚いた。お前はバルオキーの…アルドといったな。まさかこんなところで会えるとはな」

 ゴブ神がコンテナの影から出てきてこちらに話しかけてきた。その後ろには倒れた人がいる。EGPDの制服だ。

「なんでお前がこの時代にいるんだ。さっきまで俺の時代にいたはずだ。どうやってこの時代に来たんだ」

 とアルドが聞くとゴブ神がアルドに聞き返す。

「お前こそどうやってこの時代に来たのだ。どうやらお前は、ここで問題が起きていることを分かったうえで駆けつけてきたようだな。…まさか時間を超える術を持っているのか」

「ちょとなんなのよアイツ。あんないかつい見た目のくせに妙に鋭いわね」

 とエイミがアルドに耳打ちする。

「ああ、俺達は時空を超えることができるんだ。お前はどうやってこの時代に来たんだ」

 再びアルドが聞き返すとゴブ神は笑いながら答えた。

「偶然だ。偶然この時代に飛ばされたのだ。お前達と別れ、森へ帰った時のことだ。不意に空間に不思議な穴が現れてな。暫く眺めていたら穴の向こう側に見たこともない景色が見えてな。興味本位で飛び込んでみたらこの時代に来れたってわけだ」

「連れていた仲間はどうした。姿が見当たらないようだが」

「私が飛び込んだ後、あの不思議な穴は閉じたのだろう。私が入ろうとした時にはすでに閉じかけていたからな」

「訳の分からない穴によく飛び込んだもんだな。俺の村の近くまでふらっとやってきたり。お前はもっと警戒心の強いやつだと思っていたんだが」

 アルドが言うと、ゴブ神は大きな声をあげて笑い出した。

「フハハハハハハ!大胆不敵だろう。森で姿を見せなかったのは、なにも警戒心からではない。私が出るまでもないと思ったからだ。私は何者も恐れない」

 そう言ってゴブ神は不敵に笑った。

「しかし不思議な縁を感じるな。こうして何度も、しかも時代を超えてまで巡り合うとは」

 ゴブ神はニヤリと笑う。

「ちょっとアルド、あんた気に入られてるんじゃないの?」

 とエイミが耳打ちする。

(やめてくれよ…)

 アルドは内心うんざりした。

「アルドサン、敵の排除行動ニ移リマスカ?」

 とリィカが聞く。

「待ってくれ。こいつには一旦、元の時代に返ってもらう」

「ほう、やはり帰る術をもっているのか。ではありがたく帰らせてもらうとしよう」

「ちょっと本気?あいつを返したりして、あんたの村とかは大丈夫なの?」

 エイミが小声でアルドに問いただす。

「それよりもこっちの世界に混乱が起きるのを放ってはおけない。あいつは本当に危険なやつなんだ」

 アルドも小声で答える。

「なにか問題かな?」

 とゴブ神が聞く。

「いや。ほかのEGPDが来たらまずい。その前に一旦場所を移そう」

(きっとこいつはEGPDの手にはおえないはずだ。これ以上、この世界で犠牲者を増やしちゃだめだ)

 アルドは内心そう考えた。

「リィカ、悪いけどあそこに倒れているEGPDの手当てをしてやってくれないか」

「ハイ。承知シマシタ」

 ヘルパーのリィカに任せれば安心だ。幸い息もあるようだし、一命はとりとめるだろう。


 アルド達は周囲を確認しながら合成鬼竜の元へと戻っていった。アルドとエイミが合成鬼竜に乗り込むと、ゴブ神は立ち止まって鬼竜の大きな船体を眺めた。

「こいつは驚いた。空飛ぶ戦艦とはな。空に浮かぶ島々といい、未来の人間どもは凄いものを作るではないか」

 ゴブ神は楽しそうにそう言ってから船に乗り込んだ。


 アルドはゴブ神を船内の一室に招き入れた。ゴブ神は興味深そうに船内を見まわしてからゆっくりとソファに腰をおろした。アルドとエイミは立ったまま、その様子を見ていた。

 おもむろにアルドが口を開いた。

「お前はこの世界を統べると言ったよな。あれは人間を支配するという意味か」

「またその話か。お前は私に興味があるのか?」

 笑いながらゴブ神が返す。

「はぐらかさないでくれ。お前は人間を支配したいのか」

「人間だけではない。魔獣も、魔物も、生き物は皆、私が統べる」

「なぜだ。俺達人間と魔獣はかつて激しく戦ったけど、今は共存する道を選んだんだ。お前にはそういう考えはないのか」

 アルドは厳しい視線を投げかけながら言った。

 ゴブ神はふんと鼻をならしてからソファにもたれかかり、宙を見つめて話し出した。

「森で飛び込んだ不思議な穴の先にはアンガルという貧しい村があった。そこで私は未来へ来たことを知った。同時に魔獣どもが人間どもとは別の生き方を選択し、今にも絶滅の危機に瀕していることもな。エアシップのことを聞き、私は天空に住む人間どもの暮らしを覗きに行った。エルジオンの入り口の扉は固く閉ざされていて中に入ることは適わなかった。間もなくあの…いーじーなんとかという警備の人間どもが現れ、私に攻撃を仕掛けてきた。私には攻撃の意志がないと言ったにもかかわらずだ。仕方なく撃退し、エアポートに潜んだがすぐに追手が来て、それを撃退したところにお前達が現れた」

 ゴブ神は宙を見つめたまま話を続けた。

「時を重ね、技術も進化し、あれだけのものを作り出せるほど人間どもは優秀なのかと驚いた。しかし、いつの時代も人間どもは他種族を排除しようとする。相変わらず野蛮な生き物だ」

 そこまで言うとゴブ神はふんとあきれたように笑った。

「EGPDは怪しいやつを見つけたら捕らえるのが仕事だもの。仕方ないじゃない」

 とエイミが口をはさんだ。

「怪しいやつか。フハハ。的を射ているな。しかし、私が抵抗せずにいたら今頃どうなっていたかな」

 ゴブ神が視線だけをエイミに投げかけた。

「それは…」

 と言ってエイミは口ごもった。

「お前達は天空に住む人間どもと汚染された地上に住む魔獣どもを見て、あれで共存していると思うのか」

 ゴブ神はそう言って再び宙を見つめる。アルドもエイミも押し黙ったまま、部屋には沈黙が流れた。

「私は力を得た、と言ったな。四大精霊のエレメンタルの力だ。人間どもはこの力を欲しがり、人工的に力を生み出そうとした結果、大地を汚染しおめおめと天空に島を浮かべて逃げのびたそうだな。所詮、人間とはその程度の生き物なのだ。私は違う。四大精霊とは神がこの世に産み落とした、まさに神の子。その神の子が世界を守り、大地に恵みをもたらした。その庇護のもと人間どもは生きてきたのだ。そんな大いなる力をこの身に授かった私は神に選ばれし者。私が神となって世界を統べることが自然な道理だとは思わんか」

 言い終えると、ゴブ神は顔をアルドのほうへ向けた。

「どうしてそんな力を手にしたのか知らないが、それでお前が神になる理由なんかにはならないだろ」

 アルドは言った。続けてエイミも口を開く。

「そうよ。大体、人間にだって神を選ぶ権利があるわ。いきなりあんたに支配されるなんて受け入れられないわ」

「フハハハハ、負けん気の強いお嬢ちゃんだな。従えない者は仕方ない。力でねじ伏せるまでだ」

「あんただって野蛮じゃない。さっきまで言ってたことと矛盾しているわ」

「ああ、もちろん分かっている。だが、理想には多少の犠牲はつきものだ。この世界に来て私は確信した。私は口だけでなく、現実に他種族同士が共存・共生できる世界を造って見せる。そのためにはどんな手段もえらばん」

 そう言ってゴブ神はまた宙に視線を移した。

(他種族同士が共存できる世界…。それがこいつの目的なのか。でも、拒否すれば力でねじ伏せると。だったらきっと世界は大混乱するはずだ。どうする、ここでこいつを…)

 アルドは考えを巡らせた。ゴブ神が、自身が語るように大いなるエレメンタルの力を持っているのは間違いない。フィーネがそれを感じ取っているからだ。幾度の死線を潜り抜けてきたアルドも、実際に対峙してみて相手の強さを感じ取れるようになっている。間違いなく強敵だ。この空間でもし敵を仕損じれば、必然的にエイミも危険にさらす。同時にその場合、ゴブ神はここから出ることも出来なくなるだろう。合成鬼竜がゴブ神に耳を貸すとは思えない。しかし、もしも合成鬼竜が攻撃されて落とされでもしたら…。

 アルドの頭の中を様々なことが駆け巡り、中々考えがまとまらなかった。

 不意にゴブ神が口を開いた。

「さて、話は終わりだ。そろそろ元の時代に帰るとしようじゃないか」

 アルドは一旦思考を止めた。

「分かった。鬼竜に頼んでくる」

 そう言ってアルドは部屋を出て行こうとした。

「ちょっと、あたしも行くわ」

 と言って慌ててエイミも部屋を出た。

「あんなやつと二人きりにしないでよね」

 エイミはぶつぶつと小言を言いながら後をついていった。


 甲板に出て鬼竜に簡単に事情を話すと、鬼竜は分かったと言ってアルドの時代に針路をとった。























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