熟年離婚 〜嫁さん執筆版〜
途中までは同じ内容で、中盤から嫁さんが書いた内容となっております。
同じ箇所はほぼ削除していますので、お時間があれば一読していただけると幸甚です。
それから独りの生活が始まった。
この年になって初めてするゴミ出しや洗濯に最初は戸惑うこともあったが、幸い昼飯は一般の人も使える食堂もあったため、特に困ることは無かった。だが、
「こんにちは部長、今日も食堂ですか?最近多いですね」
と言われることが多くなった。
会社の人には離婚したことを誰一人として言わなかったし、言えなかった。
「あぁ、妻が旅行中でね」
部長ともあろう人間が、家庭すら上手くやりこなせないのかとバカにされると思い、毎日場所を変えて、時には誰もいない会議室などに隠れてコンビニ弁当を食べていた。
数年後
その頃実家の両親がともに認知症になった。
実姉は遠方に嫁いでおり、妻とは離婚、介護をするのは私以外いなかった。
私は会社を退職した。
居心地が悪くなっていたから丁度良かった。
介護が始まり、私の生活は一変した。
優しかった両親は私のことがわからなくなり、不慣れな手つきで食事を用意しても感謝もされず、料理をひっくり返されることもあった。
母親からは「クソじじい!」だの「もっと強く足をマッサージしろ!」と怒鳴られた。
父親からは「このアホ!のろま!さっさとトイレに連れて行け!」と怒鳴られた。
放っておくと勝手に外へ出てしまうことがあるため、私は最低限しか外出できなくなった。
誰とも会わずに終わる日も少なくなかった。
私一人で両親の世話をすることなど簡単なことと思っていた自分を殴ってやりたい気分だった。
自分の自宅のローンはあと一千万円残っている。
退職金でまかなえると思っていたが、介護が始まり目先の費用に消えていく。
体力的にも限界だった。
自分を虐げる人間と生活することまして世話をすることがこうまで辛いものと思わなかった。
加えて、私を支えてくれる人間がいないことがこんなにも心細いものだと思わなかった。
どんどん気分が塞ぎがちになり、あんなに大好きだったカレーライスすら喉を通らなくなった。
そんな私を心配して、元妻が連絡をくれた。
素直に嬉しかった。
妻は一日両親の世話を変わってくれ、休ませてくれた。
私は妻に心から感謝し、その夜二人で暖かいお茶を飲みながら話をした。
久しぶりに人の優しさにふれ、気持ちがゆるんでいたのだろう、私はこれまであった両親との事を妻に話し、癒やされたくなった。
妻はうん、うん、と話を聞いてくれた。嬉しかった。
それから妻は週に一回手伝いにきてくれた。
そのたびに妻はあれこれと買い物をしてくれた。
食欲がない私に、Leeカレー、アイスクリーム、コーラ、ハバネロ、Leeカレー、Leeカレー。。。
いつもなら食べられていたものばかりだったが、夜も朝も両親に怒鳴られながら世話をしている今の私は思うように食べられなかった。
それでも妻の気持ちは嬉しく、懸命に食べた。
一度に食べきれず、翌週妻が来たときに残っていることが続いた。
妻はそれでも買い続けた。
私は必死で食べ続けた。
彼女の気持ちが嬉しかったからだ。
だが気持ちとは裏腹に、私の体重はみるみる減っていき、見た目にも不健康なのがわかるほどになっていた。
そして忘れもしない日がやってきた。
いつものように妻は大量のLeeカレーがつまったエコバッグを両手に持って現れたが、両親がついに妻にむかって怒鳴ったのだ。
その瞬間、妻は豹変した。
突然床にLeeカレーをたたきつけ、冷蔵庫を勢いよくあけ、両親に向かって怒鳴った。
その顔は無表情だったが、額に青筋が立ち、真っ赤だった。
なんとも言えない恐ろしさがあった。
「いい加減にしろおぉぉっ!!」
妻は叫び、両親はおびえて固まった。
私は慌てて、
「おいおい、落ち着けよ」
その瞬間。
「元はといえばお前のせいだろうがあああっ!」
妻は冷蔵庫の中に詰まった、私のために作ってくれたカレーが入った鍋や皿を次々に私に向かって叩きつけた。
「せっかく作ってやったのに、買ってきてやってんのに!!毎日毎日お前のくだらないグチを聞かされるこっちの身になったことあるんかあぁぁっ!!!」
それからのことはよく覚えていない。
妻の暴れる様子を見て恐ろしくなり、妻の母に助けを求めたが、妻は良いように両親に話したのだろう、義母は
「あなた疲れてるのよ。うちの娘はあなたとご両親が疲れてるから心配して、時々介護を変わってあげなきゃねって言ってたわよ。なんだかんだ優しい子なのよね」
頭がおかしくなりそうだった。
妻は、翌日何事も無かったようにやってきた。
両手にLeeカレーを抱えて。
狂言じみたことも言うようになった。
ある日一緒に和やかに食事をとっていた時だった。
「テレビをつけていい?」
と妻が聞いてきたので、
テレビをつけると両親が食事を集中して食べられないため、
「今はちょっとつけないでもらってもいいかな?」
と答えた。
わざわざ確認してくれた妻の気遣いがありがたかった、嬉しかった。
幸せな気持ちでいたのは私だけだった。
次の瞬間、妻はまたあのときの壊れた妻に戻った。
「はああああっ!?今、私の文句をいったろ!?」
私の両親をちらりと見ると、何事もなかったように食事をとろうとしていが、その手は震えていた。
怖いのが伝わった。
もちろん私も恐ろしかった。
そんなことが何度も続き、ある時、娘と電話したときだ。
「お母さん、ずっとお父さんのモラハラで悩んでたんよ。私ら、かわいそうで見てられんかった。覚えとる?昔お母さんが買い物先ではぐれたことあったよね?その時お父さん何したか覚えとる?お母さんの荷物やら買った物全部駐車場に投げて、一人でラーメン食べに行ってたよ。他にも私がいくらアレルギーで顔中腫れた時も、父さんは母さんに怒鳴ってたよね、お父さんのキレ方は小さかった自分が見ても異常やったよ。自分ではわからんのやろうけど、キレた時のお父さんの顔は無表情やけど人間とは思えん恐ろしさがあるんよ・・・お母さんも、ちょっとはお父さんに言いたいこと言いたくなることもあるやろ」
私は焦った。
「いやいや、そんなレベルじゃないんだ。あのキレ方は・・・見たら分かる。殺される」
娘はぷっと吹き出した。
「なにいっとるんよ、お父さんのほうが何倍もこわかったよー。あのときは・・・真面目な話、ごめんけど、私らお父さんの味方はできんよ。弟たちも同じ意見」
気の強い長女に、息子達も同意見のようだった。
私は限界だった。
それからも、妻はどれだけ断っても来た。
そして優しさを感じた瞬間、地獄の底へ叩きつけられるような事が何度も続いた。
少しずつ少しずつ、体が弱っていくのを感じた。
両親は寝たきりになった。
私はついに、妻に勇気を出して伝えた。
「君の気持ちは嬉しい。でも、君がいると両親もおびえてしまう。私も・・・もうここにはこないで欲しい・・・いや、くるな」
すると、妻は言った。
「なに言ってるの。私、お父さんお母さんには恩があるんだから。あなたにもたくさんお世話になりましたし、気にしないで」
優しい言葉を話す妻の顔は無表情で、その瞳の奥に真っ赤な炎が燃えさかっているようだった。
以上です。
読んでいただきどうもありがとうございました。
僕が書き途中の小説に、ある日嫁さんが読んで書き始めたらハマったようで、深夜まで書いていたようです。
僕のとは違う物語となっていて、僕はとても面白かったので投稿してみました。
これを機に嫁さんも小説を書いてくれると良いですね。
え?この主人公のモチーフは誰かって?
さぁ・・・誰でしょうね。
僕でないことは確かですが・・・
熟年離婚 あかりんりん @akarin9080
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