綴る君への想い——序 4ページ




お化け屋敷に響き渡る悲鳴は金切り声。演出の声ではない。充希の発したものだった。ダンサーもといダンスインストラクターを生業としているくせに、なぜ必要なのか、ボイストレーニングを週に一回通っているらしい。当然ながらよく通る声だ。



その声にビクつく生徒たちの反応に笑いを堪えながらよくできたお化け屋敷の手作り内装に感心する。そして、思い出すのはやはり自分たちで作り上げたお化け屋敷だった。



「春夜くん、ここ絶対に本物いるって」

「そうだね。きっといるよ」



お経が僅かに聞こえる通路の片隅に置かれた——おそらく発泡スチロールで作られた——首なし地蔵を横目に充希が震える。そんな充希が愛おしくて華奢な身体を引き寄せた。



「ほら、春夜くんだって怖いんじゃん」

「ち、ちが! 違うって」

「ムキになっちゃって。大丈夫。わたしがまもってあげ——きゃぁぁぁ」



突然現れた、首から血を流す白装束姿の女子生徒が充希に後ろから抱きついてきた。これはある意味セクハラなのではないかと抗議したいところだったが、充希の反応の面白さに目を瞑ることとした。



「だ、抱きつくのはダメッ!」

「まあ。相手女子高生だから」

「そういう問題じゃなくて!」



充希が涙目で女子高生に訴えるものだから、当のオバケ役は笑いを堪えるのに必死の様子。いや、僕も思わず失笑してしまい、充希は膨れた。



お化け屋敷を出ると、廊下の窓から差す秋空のまばゆい陽光に目が眩む。僅かに開けた窓の隙間から漏れる屋台の香ばしい匂いに食欲をそそられる。

だが、腕のスマートウォッチはダンス披露の一五分前を指していて、食欲の秋はお預けとなった。



「みんなのダンス楽しみだね」

「うん。でも、ちょっと不安もあるかな。僕たちが教えていることが間違っていないって保証はないわけで」

「大丈夫だよ。春夜くんの熱意はみんなに伝わっているし、あの子たちは春夜くんが思っているよりも大人で、やんちゃだから」



大人なやんちゃはどうかと思うが、充希の言いたいことはなんとなく分かった。



体育館に足を運ぶとステージ前は満席で、僕たちは二階席に腰を下ろした。本番前に彼女たちに会うことは止めようと充希と話す。できるだけ緊張の火種は取り除いたほうがいいと判断したためだ。



照明が落とされる。



フラッシュライトの中で教え子たちが流行りのダンスナンバーに思い思いに旋律を描く。ステップはエイトビートに、休符はアイソレーションで。



正直感動した。となりを見遣ると充希はハンカチで目元を拭っていた。

彼女たちは僕たちのダンススクールの一回生で、今でも現役だ。

ステップすら踏めなかった子たちが、今ではプロ顔負けのダンスを披露している。



「充希、やっぱり僕、もっと指導者としてちゃんとしたい」

「うん。そうだね」

「あの子たちから学んでいるんだ。教えているつもりで教えてもらっていた」



するとステージ上で、リーダーの子がマイクを持った。



「春夜せんせぇーーーー!! 充希ちゃぁぁぁん! 来てくれてありがとぉぉぉ」



思わず恥ずかしくて顔を背けたくなった。



「あたしたちは、この街のダンススクールに通っています! 興味ある方は、ぜひ一緒にやりましょう!」



ちゃっかり宣伝までして。だが、反響もすごく、沸いたという表現がぴったりで盛り上がる会場を見てさらに充希は感動したらしく号泣に至る。



体育館の外に出ると、教え子たちが駆け寄ってくる。

そして、充希は拉致された。一緒に屋台や出し物を回りたいと言って。



だが。



「仕方ないから春夜先生もご一緒していいですよぉ!」



小悪魔たちに逆らうことはせずに、両脇をがっちり掴まれた充希の後を追う。



「春夜先生には、はいこれ」

「え?」



手渡されたのは手紙だった。



いつもありがとうございます。春夜先生と充希先生、わたしたちにダンスを教えてくれてありがとうございます。初めた頃は、まさかダンスがこんなにキツイものだとは思ってもみませんでしたが、今ではすごく、とても楽しいです。

そして、今日、この日を迎えて学園祭ダンスは大成功を収めることができました。

春夜先生と充希先生のノロケにはもう慣れましたが、これからもどうぞ続けてください。

最後に、これはわたしたちからの正直な気持ちです。


ふたりともだいすきーーーーーーです。




手紙を丁寧に伸ばしながら手帳に挟んで折れないように鞄に収めた。



「ちょっと、春夜先生、はぐれちゃうよーー!!」

「ああ、うん。ごめん」




小走りで追いついた。

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僕と彼女が再び恋に落ちる何気ない日常を綴る話【四月の雪】 月平遥灯 @Tsukihira_Haruhi

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