あれは夢か幻か

 狐につままれた思いで目を覚ました俺は、床にスマホが散らばっているのと、ノートパソコンが開きっぱなしのまま放置されているのを見つけた。どちらも画面は暗転しておらず、壁紙の画像や待ち受け画面を見せている。

 ひとまずノートパソコンをスリープさせその隣にスマホを置いた俺は、部屋から出て階下に向かった。既に朝の十時半を回っていた。頭が妙にぼんやりするが、それ以上に空腹を覚えていた。


「あら文彦。やっと目を覚ましたのね」


 リビングに向かうと母に出くわした。膨らみもせず腕の伸びてなどいない、普段通りの母だ。強いて言えば、俺を見て心配そうな表情を浮かべているだけだろうか。


「いつも家の事とかで色々やってるから、寝過ごしちゃったのね。床で寝ているのを見てびっくりしたけれど、最近なんか疲れ気味だって由利子が言ってたから……」


 気遣わしげに語る母に対して俺は軽く笑っておいた。俺と母が一対一で向き合うのを確認しながら、俺が二人になっていたのは夢だったのだと、俺はゆっくりと確認していた。あの朝のやり取りが夢であるとは中々思えなかった。夢と思うには余りにも生々しく記憶に残っていたからだ。



 朝食を済ませ洗い物を片付けた俺は、今再び自室に戻り、パソコンを起動させた。一人の時間にパソコンを起動させるのはいつもの事なのだが、今回は少し目的が違った。

――少しずつでも良いから、自分に合いそうな仕事先を探そう。

 あの夢は中々に含蓄のある夢だったように俺は思っている。分身を得たからと言って彼が自分の思い通りになるという考えは間違っていたのだ。分身もまた自分であるのならば、つまるところ自分が頑張らねばならないという事なのだろう。

 数年ぶりに前向きな気分になったおれは、なかばワクワクしながらパソコンが起動するのを待った。長年頑張ってくれているノートパソコンだから、どうしても起動に時間がかかってしまうのだ。


「――ヒッ」


 見事起動したノートパソコンの画面を見た俺は、思わずマウスのような悲鳴を上げた。起動したばかりであるというのに、パソコンの画面上には一枚の画像が開かれていた。ご丁寧に時刻が画像の右下に印字されている。俺がヤツガシラと名乗る存在と遭遇した時間だ。

 画像は俺の部屋に訪れたヤツガシラを写したものらしかった。あの時ファーボールを首元にあしらい奇妙な衣装を身にまとった男の娘として認識していたヤツガシラの、真の姿が示されていた。それは八つの鳥類の頭部と一つの断頭されしなびた首を持つ、巨鳥の胴体と二対の虫の翅とトカゲの後脚を持つ、紛れもない異形の姿だった。

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はたらけ、分身 斑猫 @hanmyou

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