哀愁の時代でも勇者は存在するのだ。

本庄冬武

若いうちの苦労は買ってでもしろだとかとんでもないのだ。

 かつて、その世界の、ある大陸では、魔物たちが跋扈し、それらを束ねる魔王がおり、人々の暮らしを脅かす時代が続いていた。時に、ある王国の姫が魔王の領内にさらわれ、その奪還の命を王からうけた冒険者が、多くの試練の旅を乗り越え、見事に王の命を成就させれば、感涙の王は迷わずに姫の婿として、その冒険者を迎え入れる事を決定したりしたものだ……姫自身の意向などは無視をして。


 また、魔物たちの住む土地は肥沃な場所ばかりであった。冒険者たちはこぞってその地に分け入ると彼らを駆逐し、駆除を依頼した富豪や企業の金に物を言わせた恩賞は、天文学的な金品であった。こうして手つかずで希少だった天然資源は、人々によってどんどん搾取されていく事となる。


 兎にも角にも冒険者とは、立身出世、一攫千金のチャンス、一代で一国の主にすらなれる憧れの職業だった。皆が冒険の成功を信じては、アホみたいな数のギルドを乱立させ、パーティーを作り、ある者は剣の腕を磨き、ある者は魔法の鍛錬に明け暮れたのだ。


 魔王側だって負けてはいなかった。魔王が死んでも、どういうわけだか懲りもせずに新たな魔王を生みだして、なんの恨みなんだかは知らないが、人々や、その飼ってる猫を、あの手この手で苦しめんとしたものだ。だが、いつの世も、既に飽和状態とすらなっていた冒険者の群れから「伝説の勇者」は現れ、魔王を倒し、世界はアホみたいに何度も救われていった。


 世界に魔王と魔物と人と猫がいる限り、永遠に続くかと思われた戦闘の日々であったが、その歴史は、ある日、あっけなく幕引きとなった。魔王側からの休戦条約を、各国の首脳たちもあっけなく受諾したのだ。各都市の街並みのあちこちに掲げられていた討伐賛美、冒険扇動のスローガンの垂れ幕は一日にしてナリをひそめ、翌日にはあっという間に、すべて共存共栄をうたわれるものと取って変わった。巷で囁かれている一説によれば、こうもあっけなく幕切れとなった原因は、各国にいる冒険者達の剣術、魔法術などの戦闘スキルが、あまりに人間離れした能力を有した者たちばかりで飽和しすぎたため、自前の正規軍の存在存続の危機を感じた上位武官たちの政治的暗躍とも、世界の果てに住む伝説の大予言者の、「このままでは魔王ではなく人は人によって滅ぶ」という霊験あらたかな大魔法の予言を、代々続く間にすっかり苦労知らずのアホばかりのボンボンとなった各国の王が鵜呑みにしたから、とまで諸説ある。どちらにせよ、冒険者たちが時をかけ、魔物たちをアホみたいに狩って狩って狩りまくって切り開いた開拓地の天然資源が、その後の入植民たちのアホみたいに欲望に忠実な搾取と開発のせいで枯渇し、酸性雨は降り、温暖化現象が続けば季節感をも崩壊し、世界中で既に環境問題は叫ばれていたのだから、何を今更感な予言だった。

 因みにかつては大予言者だった伝説さんだが、ある夜の褥で、金と権力に物をいわせてはべらした愛人の1人に、自らの予言の魔法の才能の枯渇を口にもらしてしまったのが命取り。これがタレコミとなって、週刊誌は飛ぶ様に売れた。彼は全マスコミを自らの世界の果ての宮殿に呼び寄せ、保身のための記者会見もひらいたが、たわむれでも愛人に「録音魔法」を教えてしまったのがもっと命取り、一人の記者が、裏付けに頂戴した魔法の光を本人の前でかざしてしまえば、自らの声が、愚かな王たちをだまくらかす事なぞ容易い事をとうとうと語り、ぐうの音もでなくなったりしていた。


 彼 が生まれた時代、冒険者の伝説の英雄は、窓辺に腰かけ、日向ぼっこをする祖母の昔話か、夜間の暖炉にくべた灯りを頼りに読む伝記の中の世界であった。無論、月光の中を、雷鳴の様な鳴き声を轟かせながら翼をはためかせ、はるか上空を飛びいく竜の群れだって見た事はあるし、街に両親と買い物にいけば、人だかりの嘲笑の中、街頭の見世物で、支配人にどやされ、鞭で叩かれるオーク達だって見た事がある。尚、魔物たちの存在はありつづけたのだが、その多くが、昔話や本にでてくる者達と違い、全く精彩を欠いた者たちばかりの時代であった。


 休戦協定が結ばれたとは言え「終戦」ではない。当時の魔王から、その決定を善しとしない一部の魔物たちは抵抗を続け、人々を困らせてはいた。ただ、往年と違い、彼らの悪行は、各国の正規の軍、及び警察関係者の剣と魔法の腕で十分、抑え込められる案件ばかりだった。今や、冒険者の腕前は、フリーランスの用心棒程度にしか発揮する事はなかった。人件費がアホみたいに安いから、アホみたいに凶悪、凶暴な魔物たちの事件、案件が発生した時にのみ、皆は手の平を返す様に彼らをもてはやした。そして、純心な(アホな)心を持った冒険者の多くの尊い命は奪われた。こうして、「冒険者が食えたのは今も昔の事、今じゃ全く割りにあわない職業」と、言われる様になった久しい時代ではあったのだが、それでも、剣と魔法が息づく、神に愛されし此の大地で、男女問わず多くの若者が、一度は夢見るのが冒険者であったりした。まぁ、中にはギルドやパーティ内での恋愛目的の出会い厨もいるにはいたのだが、子供の熱意を前に、親達もまた、「血は争えぬものなのか」と、ため息をつき、かつての自分を見るかの様にして、その、いざいかんとする背中が視界から見えなくなる草原の果てまで、家の軒先にたたずみ、見送ったりしたものだった。


ただ、どの家庭でも必ず同じ様な取り決めが代々交わされていたものだ。それとは、


「三十になるまでに冒険者で食えなかったら、諦めて家業を継ぐか、安定した職につくか、嫁に入る事。」


 だった。これは各国、どこの街、村、王侯貴族の子供たちですら同じ事を親、親戚に言われ、旅立つのであった。ソロをモットーとする者ならいざ知らず、パーティー仲間好きな(むやみやたらつるむのが好き、ていうか、つるんでないと無理な)者たちは、旅の途上、満天の星空の下で焚火なんて囲みながら、親達からのプレッシャーに青春の葛藤を爆発させて語り合い、互いの傷をなめあうなんてのがよくある光景でもあった。そばを全く無害となったスライムが暖をとるかのように近づいてきても、彼らは気にせずに延々と語り続ける。スライム一匹に恐々とする時代が、今や、遠い昔の話なのだ。てか、だべってばっかいねーで少しくらい狩りしろ。


 もれなく彼も、自らの熱い青春の心を抑えきれず、ある夜の夕飯時、家族に「冒険者宣言」を言い放った。父親の椀をもつ手が止まり、母親は自らの顔を覆った。祖母だけが淡々と笑顔のままに頷いていた。やがて長い話し合いの果て、この家でも、古くからの習わしであるかの様に親子間の取り決めがなされ、そうして旅の支度が整った朝、軒先には、この世界のどこにでもある光景が如く、我が子を見送る家族たちの姿があった。


 彼は結構ガチ勢だった。だが、やがて向かった帝都にて、所属した冒険者ギルドがブラックギルドだったのが先ずは運の尽きだった。がむしゃらにこなさんと依頼されたクエストは、なぜか貴族の屋敷の庭の草刈りみたいな雑用から、見世物小屋のパフォーマーの穴埋め、生涯学習教室の非常勤剣術講師等、およそ冒険とはほど遠い代物ばかりだったのだ。それもそのはずだ。彼が冒険者を志したこの時代は、まさに天下太平の円熟がしすぎて、そろそろ腐りはじめてんじゃねーかっていうくらい、なまぬる~い頃合でもあったのだ。くわえて彼の生まれた国は、魔物の脅威が少ない地方に位置していた。更に悲劇は、この国の現皇帝は大の冒険者嫌いであった事だ。嗚呼、彼、全てのタイミングと運、悪すぎ。


 それでも彼はひたむきに(アホみたいに)、自らをまるで過労死させんとしてくるギルドからのタイトなクエスト依頼のスケジュールを健気にこなし、寝る間も惜しんでは郊外にでかけ、凶暴な魔物を求めて剣の研鑽を積んだ。いづこかに魔物たちの悪行、蛮行で困っている者たちはいないかと、あちこちの街、村にもでかけたが、悲劇にも、この国には、そもそもそういった事で困っている人々すらいなかった。ある日、このままでは埒があかぬと、彼は他の国への遠征を心に決めて、自らが所属するギルドに脱会を申し入れた所で悲劇は更に起こる。受付からギルドマスターが呼んでいると呼び出された一室では、鎧を着込み、大振りの斧や剣を背負って交互に直立する強面のボディーガードたちの、そのど真ん中にある巨大な椅子にふんぞり返った、はじめて出会った、ギルドマスターを名乗る小人族の男の、悪意に満ちた笑顔で要求してきた内容たるや、脱会をするなら「違約金」、及び「罰金」を支払え、との達示だったのだ。流石に堪忍袋にきた彼が、あまりの理不尽さに腰にたずさえた鞘の柄に手をあてれば、その反応にボディーガードたちも顔色を変えてのにらみ合いにすらなった。だが、この帝都で喧嘩は御法度、抜刀は禁止である。この日からの彼は、冒険どころではない法廷闘争に明け暮れざるをえない状況となってしまった。


 望んでもいない多忙な日々に身を投じているうちに、彼はとうとう三十歳という大台に乗ってしまったのだ。流石に、この様な状況で節目を迎えてしまった彼に、家族の皆が心底、同情した。だが、既に心神耗弱状態で死んだ魚の目の様になっていた彼は、医者からも療養先決と宣言され、失意のままに帰郷した。やがて、父と共に山に分け入ると斧で木を切り、祖母の代から受け継がれているという、母の作る魔法の薬のレシピをも習ったりする日々を送りはじめた。その木材も薬も、彼の住む村人の暮らしには欠かせないものたちだ。ちなみにそんな彼の両親も、若かりし頃は、その斧と魔法で冒険を謳歌したものであった。


 自宅の広大な庭で放牧をしている羊飼いの親戚の手伝いで、子羊たちを口笛と犬を使って誘導していると、草原の果ての連なる山脈の青空を、つがいの竜が悠々と飛んでいるのがふと目に止まった。竜は人よりも遥かに寿命が長く、魔物たちの中でも一番の賢者の一族であるという。今、目の前を行く彼らは、太古、勇猛な冒険者たちと戦った事があったりしたのだろうか。だが、そんな情景も想像の域をでる事はない。最も賢き彼らが、人と一切関わる事もなく、ただ空を飛ぶだけ、という現状が、今の世の写し鏡なのかもしれない。やがて、彼は、今度は自分の頭上にある太陽を仰いだ。この熱い太陽の様に冒険譚に目を輝かせ、大地の先までいざゆかんとした熱意が確かに自分の中にはあった。だが、今、この刹那、その最後にあった心の隅にあった燃えカスすらをも、生暖かい太陽の光が静かに滅却していく様な、そんな心境に変わっていった。


(……このまま、終わっていくのだろう)

 彼は、心の中で呟いた。





 幾年がすぎた。


 突然の現魔王の宣戦布告により、永遠に続くかと思われた平和の崩壊は、あっけなく訪れた。

 

 休戦条約後、性格が粘着体質の(性格の悪さならピカ一の、だって魔王だし)、代々の魔王側が目論んでいたそもそもの理由が、大陸各国に散らばる、人間離れした力を有していた「冒険者たちの弱体化」だったのだ。企み通りに人々は自らの首をしめるがごとく、平和ボケし、力を失っていた。長年の竜族たちの綿密な偵察及び報告により、好機は今だったのだ。秘密裏に精鋭化させていた現魔王軍は、大陸各国に侵攻、あっけなく首都陥落、王城開城の国々が相次いだ。魔王領は確実に大陸を蝕み、拡がってき、カリスマの復活に、温和とされていたスライムなどの魔物ですらも一挙に人々に牙を向いた。当時、冒険者に憧れる若年層の一部の女子の間では、人間の女性に発情する習性のある魔物たちの種族たちをわざわざ選んで、オスかメスか問わず(時に、自らの性的趣味故に、こだわって)、果敢に戦いを挑むふりをしては、最終的に屈し、自らの体への相手の性的搾取を意識的に許しつつも、口上では「私の心まではお前に屈しない!」等と言ってみせては悲劇のヒロイン気取りに酔い、実のところは、自らの体へのその搾取に心の底から嬉々とする、といった変態的な遊びが流行っていたのだが、中には剣術や魔術の研鑽、修練を高く積んだ者もいたにせよ、そんな変態冒険者女子たちは、陵辱されるだけされぬいた後、本人が愕然とした時には既に遅く、容赦なく嬲り殺されていく事件もそこかしこで相次いだ。


 無論、一部の冒険者は一途にその旅の道を極めんと切磋琢磨していたのだが、この時期、研鑽する事すらしないままの娯楽主義のみで冒険者を志す若者の方が、圧倒的に主流であったのだ。中には、親に設えてもらった装備がいかに重厚、強烈な代物であっても、それらを使いこなす剣術、魔術の技量、知識が全然足らなかったし、たとえ、それらに長けていたとしても、巷に流行る春本に毒された頭で、自らのスリリングな性的願望を成就せんがために冒険に身を乗り出した、快楽主義者しかいなかった。


 魔王の引き起こした突然の乱世の波は、この大陸の一画にある彼の住む帝国にも及ばんとしていた。恐々とした現皇帝は自らの方針をコロッと一八〇度転換させて、年齢、性別不問で、国をあげて冒険者を手厚く奨励する、と発表した。


 夜、暖炉の灯り灯る、彼の家のキッチンテーブルの机上では家族会議が行われていた。真っ白に燃え尽きたと思っていた彼の瞳の輝きが、暖炉以上に再び燃えていた。だが、その熱意を前に誰が阻む事ができようか。この家に住む家族、皆が、かつて、大陸をまたにかけ、果てなき冒険に身を乗り出した冒険者ばかりだったのだ。静かに頷いていた祖母は、やがて壁に飾ってある、彼の祖父の、若かりし頃の鎧を着込んだ剣士の姿の遺影に、彼の旅の無事を祈りはじめ、両親も、ブラックギルドには気を付けろ、の一言のみだった。


 靄のかかるある朝だった。重い音をきしませて彼が自宅の倉の戸を開けると、用品、不用品に紛れる中、一振りの剣が立てかけてあった。かつての若かりし頃のアホみたいに不運な暮らしの中、せめて剣の道だけは怠らず、武具としても一級品のものを心掛けんとしていた。手に取り、鞘から抜いたそれは、魔法の力にも守られていたおかげで、かつての現役の頃のままの光沢をはなった。






 彼の冒険者としての旅が、漸く、今、始まろうとしている。

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哀愁の時代でも勇者は存在するのだ。 本庄冬武 @tom_honjo

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