アンリミテッド将棋

十夢村牙是流

第1話

「さあ始まりました、覇王戦。対決するは、若くして現在破竹の勢いで勝利を重ねる羽柴八段と、絶対王者と名高い千島九段です。どちらが勝ってもおかしくない。そんな対戦を見守ることになります。実況は私、岡崎と」

「解説は私、片瀬でお送りいたします。よろしくお願いします」


「さて片瀬さん。この対局、どう見ますか」

「そうですね。これまでの戦績を考えると千島九段が勝つのですが、羽柴八段には戦況をひっくり返す力があります。そうなると、どちらも実力が拮抗しており、最後までわからない戦いになると思います」

「ありがとうございます。両者相手にとって不足なし。さて先攻の羽柴八段、角の前にある歩を前に出します」

「これは何気ない手に思えますが、羽柴九段の得意技につながる第一手でもあります。王者相手に最初から実力を見せていきます」


「これに対して千島九段……。おっと、立ち上がって深呼吸をしました。これにより、段が一つ上がって千島十段となります。羽柴九段の戦略に警戒したか、段を上げてきました」

「さて千島十段も同じく、角前の歩を出します。悪くないと思います。そして羽柴八段ですが……、彼も段を上げてきました。現在十二段です。千島十段に応戦するつもりでしょうか。両者、いつもよりギアの上げ方に早さを感じます」

「二人とも、お互いの実力をよく知っているのでひけを取りにくいのでしょう。さて羽柴十二段、歩を……二マス進めました。片瀬さん、これは」

「段を上げたことで歩の能力を成長させたのでしょう。攻撃的な選択です」


「さあ盤上に影響を及ぼしてきた羽柴十二段。これに対する千島十段は、おっと失礼。すでに千島二十段でしたね。千島二十段は最初に動かした歩を前進させ……、飛車前の歩も動かします」

「二度指しですね。羽柴十二段への対抗心が見えます」


「駒のやりとりはまだですが、すでにインファイト具合がうかがえる。これは激しくなりそうだ。そして段を上げた羽柴三十段が、歩を前進させて千島二十段の歩を取ります。と同時にと金となった! 本来はもう一歩進まなければ成らないのですが……」

「ええ、今のうちに成ってきましたね。千島二十段への牽制でしょうか。ただ、これは少し急ぎすぎではないでしょうか」


「早めのと金、若さか焦りか。さて千島五十段、懐をあさって……? 角と飛車を出し、自分の持ち駒に加えました。家から持ってきたものでしょう、戦力増強です」

「ここで補充してきましたか。相手にプレッシャーを与える一つの手ですね」

「羽柴八十二段、これにはどう出て……。なるほど、飛車を右に大きく動かし、盤外に出します。戦場は盤上だけでなく、盤外にも及びました」

「盤外に出ることで楽々と前進ができ、相手陣地へ切り込むことができます。飛車という選択もグッドです」


「依然攻撃の手を緩めない羽柴八十二段。王者の首を刈り取る準備は着々と仕上がっている。続いて千島百九十六段、いささか考える」

「無理もありません。裏道を通る飛車は強いですから」

「少し考えて、同じく飛車を盤外に置きました。……が、これは持ち駒にあった、家から持ってきた飛車ですね。これで盤上外どちらにも飛車を据えられます」

「少しありきたりな手ですが、まあ悪くないでしょう」


「これを見た羽柴六百二段、にやりと笑った。そして懐から駒を出し、盤中央に叩きつける。駒には……『酔象』。酔象(すいぞう)と書かれています」

「これは小将棋や中将棋で見られる駒ですね。今回のような9×9マスの本将棋には通常見られない駒です。真後ろ以外に1マスずつ動け、成ると『太子』となり、全方位1マス動け、かつ王将を取られても太子が取られない限りは対局が続行されます」

「ここにきて羽柴六百二段、攻防を一糸纏った駒を出してきました。先ほど同じように動いた千島百九十六段に隙を見つけたのでしょう。想像外の一手です」


「今度は強く悩む千島千五十六段。思うように動けなくなったか。だが少し微笑んでいる」

「この一手を指された驚きと、勝負師としての魂が燃えているのでしょう。私もこうありたいものです」

「動いた。なんと盤外の飛車を地中に埋めています。和室で戦っているため畳を穿とうとしています」

「なんとか穴を開けることができましたね。こうして埋まった駒は伏兵として効果的に使われます。埋めるまではちょっと苦労しますが、成功できてよかったです」


「王者の腹心、潜む大駒。これには羽柴九千八百五十三段もたじろ……がない! いい肝の据わり具合です! そして持ち駒の歩を……、かつて飛車がいたマスの前の歩の、さらに前に置きます。つまり二歩です。これは反則のはずですが……。片瀬さん」

「はい、本来なら反則ですが、この状況では立派な戦術といえるでしょう。歩を連ねていきたいですね」


「そして千島八万四千七百九段は、銀を手に取り……、金に重ねます。こうして金が増強されました」

「『駒重ね』とは珍しい! 昔はよく使われていたのですが、重ねてる最中は駒数が減るのでそのうち使われなくなったんですよね。個人的に好きな戦法だったので、ここで見られて嬉しいです」


「いにしえの策略は吉と出るか凶と出るか、歴戦の猛者ならではの一手。そして羽柴四十万七千二十段……、うなっている。もしかしたら初めて見る手かもしれない。これまで動じなかった羽柴四十万七千二十段、今は頭を悩ませています」

「たしかに初見だと警戒するのも無理はないです。ましてや銀が備わった金ですからね、むしろ警戒して損はないです」


「さて一番左の歩を手に取り……、二歩の奥側の歩に重ねました。なんと縦に二歩のみならず、上にも二歩してきました」

「これはすごい! 千島八万四千七百九段の手を即座に取り入れ、かつ二歩を二重に仕掛ける大胆な手です! これによって、それ単体では弱い歩が大駒と謙遜ない力を発揮できます。羽柴四十万七千二十段も、意外な手で私たちを楽しませてくれますね」


「両者、手のめくりあいが熾烈になっていきます。千島三百二万一段、真剣な顔をして盤を眺めていますが、どこか嬉しそうです。そんな彼の一手は……、手駒の角を持ち……、盤の中央に置くのですが……そこは盤上ではない。盤中央の真上に当たる、いわゆる空中に角を置きました。片瀬さん」

「先ほどの両者は駒を重ねることをしましたが、今のは駒を浮かせましたね。空中に据えることで、どこからでも攻撃できます。さらには空に角、地中に飛車と、双龍が目を光らせ、美しいコンビネーションが期待できます」


「着々と積み上がっていく千島三百二万一段の戦力。精鋭がそろえられる中、羽柴二億段の手番です。中央列の歩を前に出しますが、駒を盤に叩いた瞬間、歩が火を纏いました。これはもしや……?」

「『属性付与』です。駒に属性をあたえるという、若い棋士で流行っている手ですね。羽柴二億段は歩に炎属性を付与しました。これは定番ですが、強い手です。ただ欠点としてあるのが、取った相手の駒が燃え、自分の駒として使えないことです」


「これを受けて千島百億段、どう出るのか楽しみです。桂馬を取って……歩に重ねて指しました。すると、なんと桂馬から樹木が生えてきました。これはおそらく桂の木で、下にある歩を養分としているのでしょう。そしてその枝の先を見るとなにやら……、駒です。駒の実がなっています」

「これは木属性を桂馬に付与したようです! 素晴らしい! 羽柴二億段が千島百億段の駒重ねを真似たように、千島百億段も羽柴二億段の属性付与を取り入れました! お互いがお互いを認めた上で、その技術を模倣し、本気と敬意を相手にぶつけています! 老いも若きも関係なく、一人の棋士としてがぶりよっています!」


「そして駒の実が落ちました。からん、からんと音をたてて置かれますは、盤上に千島百億段の駒として歩、歩、酔象、仲人(ちゅうにん)、成銀。向きを考えると羽柴二億段の駒として桂馬、飛車、悪狼(あくろう)、猫刃(みょうじん)、そしてと金。盤外に千島百億段が歩、銀。羽柴二億段が力士(りきし)、天狗(てんぐ)。宙空には千島百億段が鳳凰(ほうおう)。羽柴二億段が桂馬、桂馬、桂馬、桂馬となっています。片瀬さん、結果的に両者の駒数が増えましたが、羽柴二億段の方が二枚多いようですが」

「そうですね。たしかにそう考えると羽柴二億段が有利になりそうですが、扱いが難しい駒もいくつかあります。これは千島百億段から、羽柴二億段への試練といえるかもしれません」


「これは局面が大きく動いた。羽柴五百兆二十四段、どう出るのでしょうか。……悩んでいます。大先輩からの挑戦状を喰らい味わっている。……羽柴五百兆二十四段、何もない虚空に手を伸ばした、そして。………………! 羽柴五百兆二十四段の手首から先が消えました! そして再び現れ、指先にあるのは駒! 書かれているのは…………『繝昴?繝ウ』! 繝昴?繝ウを取り出してきました! そしてそれを王の後ろの盤外に置きます」

「……やってくれましたね、羽柴五百兆二十四段。彼は今、四次元から駒を拾ってきたのです。戦場に駒が増えたからどう制御するのかではなく、新しい駒で場を制することに踏み切ったのでしょう。やはりこの棋士、想像を絶する手で戦況を変えてきます。……いやあ、見ているこっちまで冷や汗をかいてきました」


「まさしく異次元の一手! 千島十垓二千三百五十二兆三億六十八段、これにはどうする! ………………笑っている。千島十垓二千三百五十二兆三億六十八段、この状況でなお戦いを楽しんでいる。これが王者。これが勝負師。一体どうする!」

「四次元由来の駒の能力は誰も知りません。つまり完全初見の駒を相手にします。この世界に持ってきた棋士本人だけが、その駒の情報を脳に直接受け取ります」

「前代未聞の駒を前に何を――――。千島十垓二千三百五十二兆三億六十八段も無へ手を伸ばします。しかしその手には香車が握られており――――。ー手ごと香車が消えました。そして再び姿を現したのは手だけです。片瀬さん、まさかこれは」

「彼も四次元に干渉したようです。しかし羽柴五百兆二十四段が四次元から駒を持ってきたのに対し、千島十垓二千三百五十二兆三億六十八段は四次元に駒をおいていきました。つまり戦場が四次元にまで広がったのです」

「なんと盤上だけに収まらなかったこの対局! たて・よこ・高さで三次元を支配しただけでなく、超えていったあああ! 発想が別次元!」

「羽柴五百兆二十四段のどんでん返しな一手を、千島十垓二千三百五十二兆三億六十八段は凌駕していく。これが千島十垓二千三百五十二兆三億六十八段です」


「さて、四次元まで広がった覇王戦。これには羽柴二那由多段もたじたじ……ではない! この男もまた勝負師! かつてない強敵と対峙し、その運命に足踏みしているわけがない! そんな羽柴二那由多段の駒が光っています。駒には『110111001110111……』という数字の羅列が延々と刻まれ、そしてその光が小さな粒子として上に昇り、駒たちが消えていきます」

「なるほど、駒を量子化しているんですね。完全にこの世界、三次元より向こう側で戦う準備をしているわけです。ほら、羽柴二那由多段も量子化し始めました」


「……完全にこの世界から消失した羽柴二那由多段。彼は今、異なる時空の狭間で相手の一手を待ち構えています。そしてやはり千島八千不可思議不可説転段も量子化を始めました。駒と自身、ついでに将棋盤も量子化してくれています」

「……消えましたね。二人は今、次元の壁を超えて相対しています。視覚として彼らの対局を視聴者が見ることはできませんが、なんとか我々の実況、解説で皆さんに伝えていきたいですね、岡崎さん」

「もちろん! ここからが私たちの腕の見せ所です!」






「……二人がこの世界を離れてからこちらの時間で五時間が経過しました。現在の対局場所は十八次元で、ようやく終盤。これまでの死闘にケリがつくのでしょう。羽柴グラハム数段が   を し、千島∞段が    を     ました。現在戦っている次元では、彼らの使う駒や行動を言語として表現できなくなっていますのでご了承ください」

「さて、ここまで規模が発散されるとそろそろなのですが……。おっと、来ましたね」


「まばゆい光とともに、二人の棋士が再び姿を現しました。盤外、宙空、地中の駒はなく、同じく現れた将棋盤の上にも禁じ手、変わり駒、重ね駒、属性はなく、王将に肉薄した駒たちを前に、羽柴∞段がうなっています」



「…………参りました」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」



「対局が終了しました。勝ったのは絶対王者、千島九段です。技や意地を魅せた覇王戦。玉座は揺るぎませんでした」

「意外な一手、思い切った攻め。羽柴八段も優勢な局面がいくつもありました。千島九段も、一つでも手を間違えると負けていたでしょう。しかし経験の壁は次元の壁より厚かったようです」


「手に汗握る激闘でした。おそらく将棋史に残る一戦であることは間違いないでしょう。次々と我々の予想を上回る聖戦といっても過言ではないです。今回もいいものを見させていただきました。やっぱり、将棋っていいですね!」


「“限りなく可能性が広がっていく“が、最後には”限りなく通常の将棋に収束する”。これがアンリミテッド将棋! 皆様も楽しんでいただけましたことでしょう。これで覇王戦を終わります。続いて『ジパング相撲 ――戦終烙――』を、私たちの実況・解説でお送りいたします。引き続き、チャンネルはそのままでお楽しみください」




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アンリミテッド将棋 十夢村牙是流 @tomumuragazeru

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