猫夏

ユキネ

猫夏

 その日の暑さは最高値を記録。

 目の前には猫。そう、猫だ。

 ぼくの身体中に猫が集っていた。

 別にぼくは魔女や魔法使いではないのに何故こんなに猫が集っているのだろう?

「それはね、君が泣きそうな心を持っていたからさ」

 猫の中から声を訊く。その正体を探ろうとすると頭を猫パンチされた。

「此処だよ、此処。君の目の前」

 そう言われ猫パンチされた頭を押さえつつ見る。すると……。

「やぁ、泣きそうな心の子」

 目の前には羽の生えた猫が居た。




「何か……もしくは、誰かを失くしたかい?」

 アイスにすがり付くように猫はペロペロと舐めながら話を進める。

 話を訊くよ。でも、暑いから冷たい物を恵めと近くにあったお店へ。其処で氷菓子を見つけ、それを買って与えたら最初の一言だ。

「別に失くしていないよ」

「そうかい? でも君の心が泣いているよ? それは何かがあったからだ」

「しかも、君は夏に泣く。去年もあの場所で泣いていたからね」

 僕は知っているのさ。だから今年こそはと想ってね、猫をけしかけさせて貰ったよ。

「暑くて死にそうになったのはきみの仕業……」

「だね」

 悪びれる様子もなくペロペロ。アイスを舐めながら涼しげに話を続ける猫に腹が立った……が、これは猫で僕は人間だ。話の通じる相手じゃないと、踏み留まる。

「で、話を戻すけど何があった?」

 あの場所で。君の心の泣く出来事はいったいなんだい?

 猫が優しげに此方を見る。

 どうしてだろう? 何でその表情にぼくは泣きたくなるのだろう?

「君はあの場所で何をしてたんだい?」

 その言葉にぼくは思い出す。

 あの日、雨が降っていた。

 幸せが、一気に不幸になるとは誰一人、想っていなかった。

 赤と黒の糸。その視えない糸は確実に忍び寄って……。

 ぼくたちは車に乗っていた。家族で楽しい旅行。ぼくの初めての外の世界。事件があったのはその帰りの途中だった。

 何かがぶつかった衝撃。横転する車。嫌な音と嫌な匂い。

 人々が駆け付けて来る。

 護らなくちゃ。ぼくが……皆を……。ぼくの大切な人を、片割れをーーーー。


 …………

 ………………

 ……………………


「あれから家族は帰って来ないんだ。ぼくだけを此処に置いて」

 誰も家にもいない。

「だからあの日になると此処にぼくは来るんだ」

 揺れ落ちる黄昏の日を見つめる。

 そう、誰もいない。ぼくは一人。あの事故で失くしたんだ全て。

 そして……ぼくは……ぼくは想ったんだ。

「本当に人間でいられればよかった」

 人間でいられたら全てを変えられたかもしれない。大切なものを護れたかもしれない。けれど……。

「そうだね。でも君は僕と同じ猫だ」

 そう、ぼくは猫だ。あの日、傍らで寄り添っていたぼくの大切な片割れ。その片割れも猫だった。

「僕達は双子だからね。なんでも分かるんだよ」

 ねぇ……僕の片割れ。

「そうだね。きみはなんでもぼくの事知っていたね」

「君だって僕の事をよく知っていたさ」

 あの日、別つ事になってしまったけれど。

 今更ながら涙が溢れた。真実を認識して、疑問を抱いたからだ。

 何できみは此処にいるの? 死んだ筈なのに……。

 そんな問いを口にする筈だった。だけど涙が止まらない。

「僕は君が心配だったから成仏しなかったんだよ。君が一人で生きられるようにちゃんと認識させて、歩けるようにする為に残っていたんだ」

「……でも、君は強いね。ちゃんと認識出来た。真実を思い出した」

 優しくきみはぼくの頭を撫でる。それはまるで一人で歩けるようになった子供を自らから離す親のように。

 僕にはそれが出来ないよ。君がいなくなったら、一人で立つ事は出来ない。そう、呟いて、ぼくの背中を押すように。

「だから君は大丈夫」

 ふにふにと肉球で頭をぽんぽんし、きみは、ぼくに微笑んだ。

 その笑顔にとても、泣き付きたくなる。きみの優しさに包まれたまま……あの幸せに戻りたい。

「そんな事ないよ、ぼくは弱い」

「人間と誤解して生きていた君がそれを言うの?」

 クスクスと微笑む。その優しい笑みはあの頃のままで。ぼくは胸を締め付けられて……。

「おや。時間かな?」

 光に包まれる猫。ぼくの片割れ。

「いかないで」

 にゃーにゃーと鳴いた。けれど現実は無情だ。どれだけ鳴いても、いかないでと叫んでも。

 透明になっていく身体。天からのお迎えの鐘が鳴っている。

 哀しくて、寂しくて……いかないで欲しくて。

 何度も叫ぶぼく。それを見つめ、抱き締めたきみ。

「大丈夫、僕は君の傍にずっといるよ」

 耳元で囁かれた言葉。途切れた温もり。

 バイバイ。声にして。

 きみはーーーーーーーー消えた。




 その日の暑さは最高値を記録。

 目の前には猫。そう、猫だ。

 ぼくの身体中に猫が集っていた。

 別にぼくは魔女や魔法使いではないのに何故こんなに猫が集っているのだろう?

「それはね、君が泣きそうな心を持っていたからさ」

 猫の中から声を訊く。その正体を探ろうとすると頭を猫パンチされた。

「此処だよ、此処。君の目の前」

 そう言われ猫パンチされた頭を押さえつつ見る。すると……。

「やぁ、泣きそうな心の子」

 目の前には羽の生えた猫が居たーーーー。

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猫夏 ユキネ @a_yukine

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