え、後輩が惚れてる⁉ それは惚れ薬のせい……違う⁉ 〜惚れ薬で発情した聖獣たちのせいで聖者としてもてはやされてるけど俺は女の子にモテたいだけなんだ!〜

すかいふぁーむ

短編

『大錬金術師セレト、また国の危機を救う!』


 号外として撒き散らされる新聞を見てフードの中で顔を歪める。

 ここに書かれている大錬金術師セレトは、俺のことだった。


 ◇


「よしっ! やっと完成だ……!」


 苦節七年。

 ようやく完成したある特殊なポーションを眺めて悦に浸る。


「これさえあれば……俺の宝刀を輝かせることが……!」


 不甲斐ない俺のせいで二十八年間自家発電にしか使われてこなかったこの聖剣にようやく出番が訪れるのだ。

 この”惚れ薬”があれば!


「出来たはいいがこれ、どうやって使う……?」


 俺はモテたことがない。

 言い訳をすればこの研究棟で一人、孤高の天才なんて呼ばれるくらいには引きこもって研究をしてきたせいだ。

 いやそんなことはどうでもいい。

 とにかく俺はせっかく作った惚れ薬を使う当てがなかったのだ。


「女の子にどう近づけば良いかもわからない……」


 ポーション完成からわずか三十秒、詰みだった。


「いやいや、とりあえずこいつを持って出ていけばたまたまポーションを求めてる美少女とかいるかもしれないし!」


 外に目を向ける。

 日差しが俺を焼くように突き刺してくる。


「久しぶりに、外に出るか……」


 ◇


「ダメだ……!」


 外に出て五分。

 早くも俺は万策尽きていた。


「そもそも女の子に声をかけるなんて出来ない! そんなにあっさりできるなら俺は生まれてずっと独り身なんていう悲劇に見舞われていないんだ!」

「なーにしてるんですか」

「なんだアケミか……」

「えー、私を見てなんで落胆するんですかっ⁉ こんな美少女捕まえて!」


 その言葉に顔をあげて改めて声をかけてきた女性、アケミを見る。

 ショートの髪の似合う快活な美少女。うん、多分美少女なんだろう。

 もうそういう目で見れないけど……いやでも美少女なら……?


「だめだ。俺は初めては黒髪ロングか金髪ツインテと心に決めてるんだ!」

「何の話ですか⁉」

「いや……とにかくいまはアケミじゃないんだよ……」

「なんか失礼なこと考えてますよね……先輩」


 沈黙は金。

 俺は押し黙る。


「はぁ……まあいいです。ところで先輩、いまポーション持ってますか? 持ってますよね? その見せびらかしてるやつ、恵んでくれませんか⁉」

「はぁっ⁉」


 一瞬効果をしってあえて受け取ろうとしているのかと頭をよぎる。

 いやいや俺には心に決めた髪型が……いやでもやっぱりアケミって可愛いよな。ショートだけど。

 引きこもってた俺に食事と最低限の衛生環境を整えてくれたのもこの後輩のアケミだった。

 うん……そう考えると……。


「私の研究分野知ってますよね⁉ すぐそばの森で行き倒れてる子がいたんです! あの子はきっと、普通じゃない」


 アケミとなら……ってあれ?

 行き倒れ?


「連れて行け!」

「あっ……もう……」


 連れて行けと言いながらアケミを追い抜いて歩き出した俺に道案内をしながら現場に向かうアケミ。

 アケミの研究分野は生物全般。

 テイマーと呼ばれる魔物を使役する冒険者のスタイルを研究していた。


「これは……」


 そこにいたのは鹿に似たなにかだった。

 いや鹿ではないことは一見してわかる。角が青白く輝いているから。


「回復薬ポーションの研究を突き詰めたセレト先輩なら、なんとかできませんか⁉」


 そんなこと言われたって俺の手持ちは……。

 いや、迷ってる場合じゃない。


「飲めるか? いや、なんとか飲め!」


 迷わず持っていた惚れ薬を口元に差し込む。

 大丈夫。レシピはあるんだ、きっとまた作れる……!


 惚れ薬として作ったこのポーションに最上級の回復薬と同じ効果があることは実験済みだった。


「このポーションで治せなきゃ、こいつはそれまでだったと思って諦めろ」

「……わかりました」


 アケミが息を呑む音が聞こえる。

 ポーションは即効性。治るか死ぬかは一瞬で決まるが……。


「動いた!」

「よしっ! 治った!」

「あれ? なんか様子が……?」

「ん? ああそうかこいつメスか」

「というかこれ、力が湧き上がって……間違いない、この子、聖獣です!」


 アケミが何か言ってるがそれどころじゃない。

 逃げ出すと決めた次の瞬間、助けた聖獣に襲われた。

 性的な意味で。


「え、発情……?」

「アケミ、聖獣が発情してる時ってどうすりゃいいんだ?」

「野生動物の発情期なんて近づいたら死ぬだけですよ」

「そうだよな……」


 死んだ。

 向こうは性的なじゃれあいのつもりでもこちらは致死量のダメージを負うはずだ。

 さよならアケミ。こんなことなら妥協してショートでも抱いておけばよかった。


「めちゃくちゃ失礼なこと考えてますよね、先輩」

「そんなことないぞ……ってあれ? 生きてるな、俺」

「はい。何か知らないですが発情するほど気に入られたみたいですよ」

「あー……」


 惚れ薬が思わぬ効果を発揮していた。


「ちなみに発情ってどのくらい続くんだ……?」

「さあ? 私にもわかりませんよ」

「まじか……」


 数日間聖獣に付きまとわれて研究ができない日々を過ごすことになってしまった。


 ◇


「しかし先輩が聖獣使いになるとは……」


 多少落ち着いたとはいえ助けた鹿の聖獣はすっかり俺に懐いていた。

 まるでテイマーのようだ。

 これあれじゃないか? 性獣使いとか言われない?


「まあ経緯はともかくすごい力を持った子が味方になったわけだな」

「いや……聖獣使いって救国の英雄クラスですからね⁉ 本来なら冒険にでも出て積極的にトラブルを解決すべき力ですし、少なくともこの街がピンチになったときは絶対……」


 ──グゥルゥゥウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


 突如、街の上空にドラゴンが現れた。


「なんでこんなとこに⁉」

「いやそんなことより逃げなきゃ」

「逃げるってどこにだよ! こんな距離でドラゴンがいて逃げられるはずが……!」


 戸惑う街人たち。

 そりゃそうだろう。普通なら街に入る前に冒険者なり騎士団が守ってくれる。

 だからこそ街の中では平和に暮らしていけていたのだ。


「遅れてすまない!」

「騎士団だ!」


 やってきたのは五名の騎士たち。

 ドラゴンはでかい。体格差はあるが騎士ならなんとかするだろうと安心した瞬間だった。


「グルゥアアアアアアアアアアア」

「なにっ⁉ ぐあっ……」


 一撃だった。

 尻尾を振り回しただけでせっかくやってきた騎士団たちが壊滅したのだ。


「先輩!」

「ああ、逃げる準備は……」

「違いますよ! いまこそ聖獣使いの実力をみせるときです!」

「いやいやんなこと言ったって……」


 俺は研究者だ。

 相手は空を飛ぶドラゴン。

 騎士団が一撃じゃあ俺なんか風圧だけでも吹き飛ばされるぞ。


「いまの先輩はヒーローなんです! せっかく頑張ってる先輩がみんなに評価されるチャンスなんですから! しっかりやってください!」

「え⁉ いや、ちょっと⁉ 俺なんかアケミに悪いことしたかっ⁉」

「これだけずっと尽くしても私に何もしてこないあてつけです! とにかく先輩はすごいってところ! ここでみんなに見せつけてください!」

「えええええ」


 俺はアケミに投げ捨てられる形で、建物から放り出されてドラゴンと対峙させられた。


 ◆


「見ろよ、またセレトが失敗したぜ?」

「これで何回目だよ……才能ないやつは錬金術師なんか目指すなよなー」


 初級ポーションの錬成。

 俺は学院の試験でなんども失敗を繰り返していた。


「違う……もっとこうすれば、ここで……これなら……!」

「ぷっ! おいおいこんな簡単なことも出来ねえのに研究者気取りかよ!」


 周りの声も聞こえない。

 そのくらい集中して俺は初級ポーションの錬成に臨んでいた。


 後で知ったが俺は初級ポーションの自主改良を重ねたせいで、極端に成功率の低い上級ポーションのレシピを実行しようとしていたらしい。


 嫌味を言おうが何をしようが反応のない俺はそういう対象としては満足されなかったようで、だが次第に俺に声をかけるものはいなくなっていった。

 いつしか俺を揶揄してみんなはこんな事を言いだした。


 ──孤高の天才


 それは何の結果も出さないまま理論だけが積み上がっていった俺に対する最高のあてつけだった。


 ◇


「あれ、どうにかなるのか……? 聖獣」

「クォオオオオオオオン」

「やる気十分ってか……まあ、頼むか……」


 それでアケミが納得するなら。

 孤高の天才とバカにされた俺の研究を、一切笑うこと無く手伝い続けた変人。

 そんな後輩のためなら少しくらいは動いても罰はあたらないだろう。


「よしっ! じゃあいってくれ」


 俺の掛け声で聖獣が空へ飛び立つ。

 体格差は歴然。

 だが聖獣には聖なる加護と大いなる魔法があった。

 天候すらも変えるほどの上空での激しい攻防。


 小さい身体でよく健闘していた聖獣がついに。ドラゴンの尻尾に叩きつけられた。


「大丈夫かっ⁉ いや、俺は俺でやることをやるか……」


 ドラゴンが止めを刺そうと聖獣に向けて急降下する。


「アケミ、あのドラゴンって、メスだよな?」


 結局近くに来ていたアケミに尋ねる。


「え? 爬虫類は判別が曖昧だけど多分!」

「ならこいつが使える!」


 惚れ薬ポーションを取り出して、口をあけ、咆哮をあげながら急降下するドラゴンめがけて思いっきり投げつけた。


「グルッゥウウウウアアアア……グル?」

「成功、か」


 目の色が変わったのがわかる。

 いや待てよ……?


「流石にドラゴンに襲われたら俺、無事じゃ済まないのでは……?」

「えっ⁉ 先輩⁉」


 とにかく広いところに逃げる

 少なくともアケミは巻き込めない。

 えーっと……もうわからん! とにかく走れ!


 ──ドンッ


「おいおい兄ちゃんいまからドラゴン退治に行くっていう英雄の俺たちに随分な態度じゃねえか? あァん?」


 柄が悪い人にぶつかってしまった。いやよく見れば騎士団と同時に集められていた冒険者たちだ。


「ドラゴンの前にてめえぶっ殺してやろうか! ああ⁉」

「いまはそれどころじゃないだろ!」

「え……?」


 気づけばもうドラゴンは目の前に迫っていた。


「ひっ……いや、やってやらぁ!」


 冒険者たちは怯えながらも迫りくるドラゴンに立ち向かうが……。


「かはっ⁉」

「ぐあーっ」


 その硬い鱗に傷をつけることはできずあっけなく散っていく。


「いや待てお前に迫られたら流石に死ぬからっ⁉」

「グルゥアアアアア」


 いや竜って人間になったりするんじゃ……?

 もしかしてめちゃくちゃ黒髪ロングの美少女だったり……?


 しなかった。


「助けてくれー!」


 ◇


 後日、何故か俺はドラゴンから街を守り、しかもガラが悪くて態度がでかかった冒険者たちを戦闘不能にしたことも功績に加えられてなんかよくわからないまま祭り上げられていた。


「いやー。先輩が評価されるようになって嬉しいですよ」

「俺はこんな評価望んでない……」

「にしてもすごい薬作りましたね、飲ませたらどんな相手も一発でテイムって、チートですよ! チート」

「いや……」


 まさかこれが惚れ薬だとは言えずに押し黙る。


「ところで先輩、このあと二人っきりで、時間あります……?」


 あれ? なんかこころなしかアケミの顔が赤い……。

 まさかっ⁉


「お前、あれを飲んだのか⁉」

「えっ⁉」

「吐き出せ! だめだ! 自分を信じろ! こんなだめな先輩がよく見えるなんておかしいだろ⁉」

「えっ、ちょ、先輩どうしたんですかっ⁉」


 だめだ。

 いくら俺でも世話になった後輩を毒牙にかけたくない。

 とにかくアケミはだめだ。俺は黒髪ロングか金髪ツインテ……あれ?


「先輩、こういうの好きかなと思って、わざわざ髪が伸びるポーション作ったんですけど……」

「うわぁああああだめだああああああ俺の惚れ薬が後輩をおかしくしてしまった⁉」

「惚れ薬……⁉ 何の話ですか!」

「とにかくだめだお前は大事な後輩、そういうのはもっと……えっと……そうだ聖獣たちの世話があるからこれで!」

「あっ! ちょっと先輩! ……もうっ!」


 危なかった。

 アケミは美少女。

 黒髪ロングなんかもう……俺が耐えられるわけがない!

 でもあれは惚れ薬のせい……流石に手は出せない!


「安心しろアケミ! 惚れ薬を飲ませたことは悪かったが、それ以上の被害は与えないからな!」


 決意を固めとにかく走る。

 遊んでると思われて鹿の聖獣とドラゴンにも追い回される。


「おい遊んでるんじゃないんだやめ……え? ちょっとドラゴンさん俺を咥えてどこに……⁉ えぇえええええええ」


 気づけば空の彼方に飛びだたされている。


「まあ……ここなら後輩も追いつけないか]


 しばらく空の上で頭を冷やすことにした。



「もう……先輩のバカ……惚れ薬なんて飲んでないのに……」


 孤高の天才に真の意味で惚れ込んでいた後輩は一人、ため息を吐いた。

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