第6話
天門さんはどこからともなくホワイトボードを出してきて机の上に置き、一つの大きな五芒星を描いた。
「これはなんだかわかるかしら?」
「はい先生、五芒星です!」
意気揚々と答えたのは月島さんだ。
「お嬢さん正解。そこの冴えない男、これは何のために使われるかわかる?」
そう言い僕に指をさした。
眼が泳ぐ。
「はい遅ーい。無知の使えない雑用男君はマイナス百点。」
「え、減点方式?」
「質問は受け付けません。この五芒星は世界の魔術で使われてる最もポピュラーな記号なの。あの陰陽道でも使われてるんだから映画とか漫画とかそういうので見たことあるでしょ?」
確かに漫画で見たことがある。
それでも鬼と戦っていた気がする。
「まあその顔だと見かけたことはあるみたいね。その世界魔術の基礎を応用したのが『鬼魔神霊魎人(きましんれいりょうじん)』。現代日本の何処でもこっち系の仕事を学ぶならここから教わるもんよ。起点に鬼を地に魔を天に神を置いて神に近い霊を次に置きその他の怪異は魑魅魍魎とし最後に置く、その中央に人を置き結界とし森羅万象から人を守る記号とす。」
そう言うと五芒星の点に文字を書いていく。
上に鬼、右下に魔、左に神、右に霊、左下に魎、そして中央に人を置いた。
「清明式だと木・火・土・金・水を置くのだけどこれはあくまで陰陽五行説に則った置き方だからまた違うのよ。まああんたに言ってもわからないとは思うけど。」
「はい、まったくわかりません。」
もはや愚か者を見る眼だ。
「現代日本において祓い屋をやる者はまずこれを習う所から始まるの。あんたの師匠もこれを学んだはずよ。さてここから本題。今回の怪異が何なのか知る必要があるわけ。この鬼魔神霊魎人はあくまでも全てに対応している代わりに守護しか使えないうえにあまり大きな効果は望めない。そこから専門職を目指していくのよ。鬼なら陰陽師、魔なら悪魔払い、神なら神主、霊なら坊主、魎は全てに通ずが全てに通じないと言われている。本来ならあんたみたいなズブの素人が祓いなんて以ての外何だけどね、商売になるなら別に気にしないわ。結果がどうなろうと知ったこっちゃないし、今までも音信不通になった常連なんて両手じゃ数えられないほどだし。」
なんだか怖くなってきた。
横目で月島さんを見ると気づいた彼女が微笑んだ。
ああ、この笑顔を僕が守らなければ。
覚悟を決め天門さんに向き直る。
「だとしてもなんとかします!僕が祓います!」
「あっそ、やる気の源が分かりやすい事で。じゃあ基礎も理解して覚悟も決まったところで商談に移りましょうか。」
「えっと、この本は?」
「使わないわ、あんたに理解させるのは諦めた。」
僕の苦笑いを見て天門さんは鼻で笑った。
愚かな男だろうがなんだろうが僕は頑張ると決めたんだ!
「じゃあ札を一種五枚、それを五種。合わせて二十五枚、さっきの講義料を含めて二十万をキャッシュで。」
「二十万!?高すぎませんか!?」
僕の素っ頓狂な声が店中にこだまする。
慌てて財布の中を見るとそこには野口が数人しかめっ面で鎮座しているだけだ。
顔が徐々に青くなり白くなる。
冷汗が垂れ目の焦点が合わなくなってきた。
天門さんはそんな僕の財布を覗き見て大きな声で笑い始めた。
「あんた子供の財布でももっと入ってるんじゃないの?」
「あ、いや、もう少しかからないものだと思って・・・。」
「あのねえ!師匠と来た時にも相応の金額払ってたの見てたでしょ?なんだかわからない怪異に立ち向かうなんて無理難題のために何が来ても対応できる札をそれも五枚、それに基礎知識まで教えてあげて二十万は破格なの!本来は入念に調査して怪異に有効な手段を見つけてから店に来るもんなの。あんたの師匠に免じてこの値段、他の店じゃありえないからね。」
天門さんの顔は本気だ。
諭吉を二十人なんて預金通帳にも存在しない僕には到底払えない。
息が詰まりそうになっていると月島さんから思わぬ言葉が聞こえた。
「二十万で良いんですか?安いですね!それで身が守られるなら。」
と彼女は財布から諭吉を二十人飛び出してきた。
僕が驚いたのはそれだけでじゃなくその財布にさらに両手の指では足らないほどの諭吉が眠っているようだった。
本当に住む世界が違うと感じる、ああ無情な世の中、情けなく項垂れため息を漏らす。
「ふーん、スポンサーを見つける能力には長けてるみたいね。でもお嬢さん、あなたから直接受けとるわけには行かないのよ。そっちの甲斐性なしに渡してくれる?」
首を傾げつつも諭吉達は僕の手元へとやってきた。
だが手にした瞬間に引ったくられた。
「はいまいどあり!」
こうして僕達は対抗手段を手に入れたのである。
まあ、ここで止めておくか天門さんが強引にでも制してくれていればあんなことにはならなかったかもしれない。
下心に感服し、そして嘆いた。
怪奇探偵社 神山人海 @kamiyama4
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