第5話
僕たちは歩きを止めた。
表通りにあるお店の一つに雑貨屋がある。
以前師匠に連れてきてもらったこのお店の名前は『天門屋』(てんもんや)。
アジアンなものからヨーロピアンなもの、アメリカンや南米の部族が持っていそうな雑貨まで色々置いてある本当の意味で雑貨屋だ。
実はこの店、呪具の専門店をやっている。
「へえ、良さそうなお店ね。」
「表向きは普通の雑貨屋だからね。とりあえず入ろう。」
入店を知らせるベルが鳴る。
「いらっしゃいませー!」
元気な女性の声が店内に響く。
店を見回すとレジが奥にありその付近で作業していた若い女性が声の主のようだ。
笑顔の似合う小柄な女性で天門屋のエプロンをしている。
雑貨は入って右がアメリカンと南米部族の物、奥がヨーロピアン左にアジアンが置いてある。
レジにはもう一人女性が居て何か作業をしている。
僕は月島さんを連れてレジに居る女性へ向かった。
「どうも、天門(てんもん)さん。」
レジに着くなり女性の名を呼ぶ。
すると作業していた女性はこちらを見た。
妙齢の女性で顔立ちは整っている。
鋭い目をしていて一瞥された僕は一瞬肝が冷えた。
彼女は月島さんにも一瞥をくれる。
事情を察したのか溜め息が漏れていた。
「あんたの師匠は知ってるの?」
「知ってます知ってます。」
「ふーん。そっちのお嬢さんが依頼人?」
「そうです!名前は・・・。」
「あー待った、言わなくていい。言うと勝手に縁が結ばれちゃうからやめて。」
月島さんは頭の上にクエスチョンマークが出ている。
師匠も言っていたけど名前を聞くだけで縁が結ばれるなんてことが本当にあるんだろうか?
「弟子君の名前は知ってるからあんたが全部説明してくれる?店じゃあれだから奥においで。」
レジ裏に目隠しのため暖簾がかけてありその先を指差す。
師匠と来た時もそこで話をしたのを覚えている。
とりあえず月島さんを見て頷きそっちへ進んでいく。
「じゃあ店は頼んだからね。どうせまともなお客なんてなかなか来ないから大丈夫だと思うけど。」
「はーい!」
後ろで二人のやり取りが聞こえる。
どうやら店番のために雇っているらしい。
暖簾をくぐるとその先は異質な空間が広がっていた。
床には魔法陣が描かれ、壁には十字架や経文、その他にも見たことのない文字が書かれた書物や仮面やいろいろが飾られたり置かれたりしている。
前回入った時も思ったのだが不気味な部屋だ。
月島さんはというと。
「すごい、こんなところがこの町にあったなんて!」
どうやらお気に召したらしい。
声をかける前に装飾品を色々見始めた。
止めた方が良いだろうか?と悩んでいると後ろから天門さんが入ってきて声をかける。
「お嬢さん、珍しいのは分かるけど触れない方が良いわよ。変な呪いを貰っちゃうかも。」
月島さんは触れようとした調度品から手を引っ込めた。
ひきつったような表情で僕のところへ戻ってきた。
耳打ちで一言。
「本当に呪われるの?」
「わからないな、僕はここで貰ったことないから。」
「え、ここ以外ではあるの!?」
小さく驚く月島さんはとても可愛かった。
小さく頷く僕に輝いた視線を感じる。
二人でひそひそと話す。
天門さんは梵字の書かれたソファに腰を掛ける。
「とりあえず掛けてくれる?」
そう言うと反対側にある同じようなソファに腰掛けるように促す。
それに従い腰掛ける。
するとなんだか体が軽くなるような感覚がした。
「あんた、また変なのくっつけてたみたいね。」
「もしかして今軽くなった気がしたのは・・・。」
「そうよ。この梵字のカバーは高名な僧の法力を込めているの。ここの部屋に入るのは基本的に専門家が多いから必要はないと思うんだけどね、あんたみたいな駆け出しがくっつけて来るから一応ね。仕事相手が憑りつかれてたら問題だもの。店が穢されるのは困るわ。」
「ああ、すみません・・・。」
なんだか申し訳ない気持ちになった。
いや、不甲斐ない自分が悲しくなった。
でももしも月島さんに何か憑いていたならこれで落ちているんじゃないだろうか?
そう考え隣を見ると変化のない彼女の顔があった。
「ふーん、そういう物もあるのね。面白いわ!」
どうやらそういった変化は無いようだ。
彼女に憑いているわけではないのだろうか?
疑問は増えるばかりだ。
「さて、本題に入りましょう。弟子君から聞かせてもらおうかしら。」
そこから全てを話した。
月島さんが話したことを大まかに伝えた。
すると天門さんはため息をつき僕を見る。
「あんた、この仕事師匠に通してないだろ?」
「え?何のことですか?」
咄嗟に誤魔化す。
鼻で笑い天門さんは深く呼吸をした。
「まあいいけどさ。あんたが個人開業した時にために恩を売っておくことにするわ。」
全部お見通しといった感じに言われた。
愛想笑いを浮かべるのが僕に出来る精一杯の虚勢だった。
月島さんはというと僕を見て
「お兄さんあの人に言ってないんだ。ありがとう助けてくれて。」
「あーいや、そのー、困ってる人は放っておけないから!」
美人がこんなに近くで僕に感謝を述べている。
こんなに嬉しいことはないと感じそれっぽいことを言ってしまった。
完全に後には引けないし、師匠に助力を求めることも出来そうもない。
天門さんがニヤニヤしている。
「話は分かった。聞いた感じ『鬼』か『霊』か、それとも『魍魎』かもしれない。あんたが張ってる山はどれ?」
「え?」
天門さんが呆れて物も言えない顔になったと思ったら頭を抱えて深いため息をつき、机を思いきり叩いた。
耳を劈く音に僕たちは両手で音の入り口を覆い顔を顰める。
何故、癇癪を起したのか聞こうと口を開こうとしたとき天門さんが先に口を開いた。
「あんたは専門知識ってものが無いの!てか師匠から教えてもらってないの!?『鬼魔神霊魎人(きましんれいりょうじん)』って聞いてないなんてありえない!基礎中の基礎よ!あんた本当にあいつの弟子なの?ただの雑用係なんじゃない?たかが道具屋って舐めてんじゃないよ!!!」
天門さんは耳の先が赤くなるまで怒鳴り散らした。
僕たちはただただ受けるだけだ。
確かに師匠から何も教わってないかもしれない。
僕に出来ることは『視る』ことだけだ。
「す、すみません・・・。」
「別に謝ってほしくて怒ってるわけじゃないのよ!あーまったくあいつも面倒な奴抱え込んだと思ったら面倒なことがこっちにまで飛び火してるじゃない・・・最悪・・・。受けちゃった仕事は最期までがモットーだからやるけどさ、なんで基礎知識まで教えなくちゃいけないのよ・・・。」
そこから天門さんは立ち上がったり座ったり、部屋の中をあちこちうろつき何度か頭を掻き毟りながらも本を数冊手に取り僕たちの前に座り直した。
そして本を広げ深呼吸をしたと思うと僕を鋭い目で見つめ声を発した。
「無知な商談相手にこの私が基礎知識を教えてあげるわ。この講義は高くつくわよ。」
「は、はい・・・。」
僕は縮こまりながら、月島さんは興味津々といった感じで目を爛々とさせ天門さんを見つめていた。
この世界の基礎知識を教わることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます