第26話 ゆけむりゆーとぴあ

「ふわぁ~。あったけ~~」


 苦節数時間。色々あったがようやく温泉に浸かることが出来た。

 物事をやり遂げた後のお風呂は何とも気持ちがよく清々しい気持ちになる。頑張ったな、俺。(ちなみに卵もちゃんと忘れてないから安心していいぞ!)


『随分満足そうじゃないか』


「そりゃあねぇ?」


 頭の中に響く声。祖父を名乗るカルと言う人物の声。今までずっと喋らなかったけど居たんだね。気付かなかったよ。


『俺は気まぐれだからな。自由にやってるよ』


「まぁ、文句は言わないよ」


 正直、ずっと喋られていても喧しいだけ。適度に喋るくらい、それこそラッキービーストみたいに質問したり困っていたら話し掛けてくれるぐらいが適度かもしれない。


 丁度、今のように聞きたいことがある時にだ。


『それで、二回目の解放はどうだ?』


「奇遇だね。丁度その話をしようと思ってたところだよ」


 と言っても『どうだ?』と聞かれたところでそれに関しては強かったみたいな小学生のような感想しか出ないのだが。

 それよりも気になるのは後のことだ。


『あの娘のことか』


「そう、周りの状況が変わると同時に現れた。何か関係あるのかな?」


『んー、まぁ結論から言うと俺にもよく分からん。ただ、そういう類のものは本人の過去から成るものだ』


 つまりは。


『お前の過去に何があった?』


「…分からない」


 思い出そうと必死に考えても、浮かんで来るものはあやふやで薄く蜃気楼のよう。まるで拒んでいるかのような、いやそもそものかもしれない。


『まぁ何れにせよだ。今後力を扱う時は気を付ける必要があるな』


「そうだね」


 元からそうなのだが、アレが出てくるのであれば更に注意を深めなければ行けない。

 今は大丈夫でも、いつか彼女の憎悪や恨みが牙を剥くかもしれないから。


『俺の方でアレが何かは考えといてやる。お前もやられないように気を付けろよ』


「はいよ… っと」


 その言葉を最後に気配は消えた。一体どうなっていることやら。

 まぁ今は考えるだけ無駄か、今のカルの仕組みも、あの少女のことも。


「100秒… いや300秒数えたら上がるか」


 今はお湯の温かさを存分に楽しむことにしよう。




 §




「それでのぼせちゃったんですか?」


「うん、そのとーり…」


 心地が良いからとついつい調子に乗ってしまった。その結果がこうだ。300秒と欲張らず150秒ぐらいにしとくべきだったか。


「元気そうだね」


「ああ、どうも」


 そう考えながらぐったりと御座の上で寝転がっていると、ホッキョクオオカミさんが覗き込む形で話掛けて来た。どうやら起きてきたみたいだ。


「倒れちゃってた時はちょっと心配だったけど、この様子なら大丈夫そうだね」


「ええ、俺は元気ですよ。…のぼせちゃったけど。あなたこそ大丈夫なんですか?」


「わたしは大丈夫、あなたのおかげ」


「それはよかった」


 頭には包帯を巻いていて痛々しいけど、その様子は元気そうでなによりだった。


「ギンギツネさんには会いましたか?凄く心配していたので」


「そうね、まだ会っていないから探しに行こうかな」


「その必要は無いわよ」


 いつの間に来ていたのか、ホッキョクさんの後ろにはギンギツネさんが顔を覗かせていた。その手には水の入ったコップが握られており、おそらく俺がのぼせたと聞き付けて持って来てくれたのだろう。


「はいルロウさん、これ」


「ありがとうございます」


 そのコップを受け取ると、一気に体へ流し込んだ。水の冷たさが全体に行き渡るのを感じる。


「今度から気を付けることね」


「ははは、分かりました…」


「それで、目が覚めたのね?ホッキョクオオカミ」


「ええ、おはよう、ギンギツネ。包帯ありがとうね?」


「どういたしまして」


「それと、えっと…… 迷惑掛けちゃったよね?ごめんなさい」


「まったく…… 次は無茶しないでよね」



「…ねぇギンギツネ、お茶を二人分持って来てくれないかな。少しお話しましょ?」


「珍しいわね、急にどうしたのよ」


「ちょっとお喋りの練習をしようと思って。おかしい?」


「いいえまったく。いいわ、少しそこで待っていてちょうだい」


 そしてギンギツネさんは空のコップを受け取るとキッチンの方へ駆けて行った。そんな彼女は平然を装っていたけど、その声色から、その足取りから、嬉しかったことが伝わってくるのを感じた。


 それと、最初に話した時とは随分と印象が変わったホッキョクさん。


「えっと、ルロウ?あなたに言いたいことがあるの」


「なんですか?」


「ありがとう」


「いえ俺はただ… いや、どういたしまして」


 彼女が悩みを晴らすきっかけになれたのなら嬉しい限りだ。これから沢山のフレンズに雪景色の美しさ… 雪の暖かさを伝えて欲しいものだ。


「ホッキョクオオカミ、用意出来たわ」


「分かった、すぐ行くよ… それじゃあ、またね」


 こうして、雪山での出来事は幕を閉じた。




 §




「ルロウさんはこれからどうするんですか?」


「俺は図書館に戻るよ。無事に温泉たまごも出来たことだしね」


 帰る支度も終わり、宿の前でかばんちゃん達とこれからの話をしていた。

 俺は目的が達成出来た為、真っ直ぐ図書館に帰るつもりだ。…かなり時間が掛かってしまったから、早く帰らないと心配させてしまうかも。それよりも文句を言われそうな気もするが。


「あの、僕も図書館に行こうと思ってたんです。御一緒してもいいですか?」


「別にいいよ」


「あれ、次はゆうえんちの方からゴコクに戻るnグェ」


 …今サーバルちゃん何か喋って無かった?まぁ気のせいか (気のせいじゃないよー!)


「そうと決まれば、バスを出しますね」


「助かるよ… ああでも、バイクどうしよう」


「バスニ積ンジャッテモ大丈夫ダヨ」


「そうなの?それなら麓に置いて来てるから… ってラッキービースト?どこから?」


「ココダヨ」


「え。えぇ?!腕時計?!」


「ラッキービーストダヨ」


「あはは、昔色々あって…」


 それ動くんだね。

 でもちょっと便利そうかも。


「それじゃあ出発しましょう」


 ぶるんぶるんとエンジンが威勢のいい音を上げて、降り積もった雪を掻き分けて、力強く銀世界の中を走り出した。


 そしてその晩、出来上がった温泉たまごを利用したうどんをみんなにご馳走した。

 これで俺の顔を保たれた… はず?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オオカミ少年 しゃけ猫 @kannzisi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ