第25話 炎は寂しげに燃ゆる
激闘が繰り広げられる銀世界に一時の静けさが訪れる。
体がボロボロになるも完全復活を果たしたセルリアン。一方は野生解放の代償に意識を落としたルロウ。
気を失った今でもルロウは目の前に立ちはだかる大熊を睨んでいる。セルリアンは雰囲気の変わった… いやセルリアン風に言えば輝きの代わったルロウを見て警戒心をより深めている。
即ち今は膠着状態。
両者の睨み合いが続いていた。
──不意に吹いた冷たい風。それがルロウの長く伸びた髪を靡かせた。
刹那、戦況が動き出した。
「───!!」
先に動き始めたのはセルリアン。ルロウ目掛けて走り出し氷の刃を振りかぶる。
しかし猛攻が迫っているというのにルロウは表情も変えず、それどころか構えも取らずにただ降り積もった白銀を踏んでいた。
舐め腐るな。そう言わんばかりに力強く振り下ろされた刃。
その次の瞬間だった。
───「?!」
スッパリと切り落とされた刃。
氷で出来た刃に対して、ルロウが持っていたのは炎で構成された双刃刀。
その炎の刃で、氷を断ち切ったのだった。
「まぁ、二回目ならこんなもんか」
まるで試しているかのような物言いで、白い息を吐く。
付くはずもないのに血振るいをし、再びセルリアンの方に視線を戻す。
その頃には威勢の途切れないセルリアンの次は氷の拳を振りかぶっていた。
「───!!!」
「五月蝿い、四度目だよ。いい加減そろそろ学べ」
それも虚しく双刃刀によって微塵切り。
破片がぱらぱらと雪の上に降った。
「いや、学ぶ筈が無いっか。見た目からして頭悪そうだもんね」
「─────!!!」
挑発を受けた──効いているのか定かではないが──セルリアンは次の攻撃の準備を始めた。
口元に冷気を集約させ光を帯びる。その輝きが最大まで達したとき、それを解き放った。
「ああそれか。うんうん、見てた見てた」
あれほど焦っていたというのに余程の余裕を見せるルロウ。
迫りくる冷気に対して手のひらを翳すと、同じく紅い輝きを集め始める。
「知ってるかな?火って氷を溶かせるんだよ?」
当たり前のことを言いながらルロウは炎を解き放つ。凄まじい火力の火炎は冷気の光線を打ち破り、それどころかセルリアンの全身を絶え間なく燃やした。
「やっと見せたね?本体」
光線諸共燃やし尽くした巨体から出てきたのはビーチボールぐらいの丸いセルリアン。大きな体を失ったセルリアンは焦ったようにゴロゴロと回り始めた。
「もう終わりだよ。お疲れ様」
決着は呆気なく、双刃刀で体を貫いて終わり。核を突かれて形を保てなくなったセルリアンはキューブ状の物体に砕け散り、虹色の光を天へと送った。
「さてと、ボクの出番ももう終わりかぁ」
戦いを終えたルロウは重力に身を任せて雪の上に倒れ込む。そこに一人分の型をくっきりと残すと、発現していたオオカ耳や尻尾は消え、そこにはすやすやと寝息を立てる少年の身体が残った。
「あなた… 今のは?」
最終的に取り残されたホッキョクオオカミが様子を見ていた。しかし既に彼には意識等無く、静寂が続くだけだった。
そのことに気が付いたホッキョクオオカミはぽつりと最後に少年に語り掛けた。
「あなたの背中、暖かかったよ」
凍えてしまわぬようにと、彼女はルロウを抱き上げ宿の中へ戻って行った。
§
夢うつつの中、射し込む光を捉えた俺の意識は覚醒した。
起き上がればそこは鬱蒼とした森の中。しかし図書館のある見慣れた森という訳では無さそうだ。
「えっと、この場所は確か…」
俺には覚えがあった。ここが何処の森なのか、どのような場所なのか知っている。だが、それなのに思い出せない。まるで記憶に霧がかかったかのように、鮮明に情報を導き出そうとするほどボヤけて思い出すことが出来なくなる。
「少し。少し歩いてみるか」
辺りを見て回ればこの霧が晴れるかもしれない。
そう思った俺は一歩を踏み出した。
一歩。もう一歩。もうまた一歩。
当たり前なのだが歩みを進める毎に景色は変わる。だけどその度に霧は晴れ記憶は鮮明になっていく… ように感じていた。
そこで思い出したワードが一つ。
「『山火事』」
むかし山火事に巻き込まれたことがあったのだろうか。言えばそう感じることは無いこともない…?
しかしまぁ、結論はよく分からなかった。
でも成果は得ることが出来た。少し歩けばほんのちょっと記憶を思い出すことが出来た。このまま歩き続ければいつかは完全に思い出すかもしれない。
そうなればやることは一つ。ずっと歩き続けてみることだ。
再び歩みを開始した。
一歩。また一歩。もうまた一歩。
すると、どうだろうか?
辺りに異変が起きた。
穏やかだった森は真っ赤に染まり、青く澄み渡っていた空は炎によって包み隠されていた。その光景はまるで『山火事』のように、見るも無残な景色へと変貌を遂げた。
「一体何が…?!」
気が付けば火の海に囲まれていた。
どこか逃げ場はないか、そうして辺りを見回してみるがそれらしきものは見当たらない。だが代わりに奇妙なものを見つけた。
「ヒト…?」
同じく火に囲まれる一人の少女の姿。
しかし可笑しいことにはすぐに気が付いた。何故そう感じたのか、先程まで人の気配どころか生き物一匹の気配すら感じられなかった。それなのに場面転換と共に現れた謎の少女。彼女がこの状況を作り出しているのか、はたまた彼女も記憶の一部なのだろうか。
『ねぇ』
そう可能性を幾つか思い浮かべていると、あちらから話し掛けて来たようだ。
「なんだい?もしかして君も迷い込んだのか?生憎だが俺も…」
『何で今更…』
「……?」
『何で今更ッ!』
返答はしてみたが明らかに会話が噛み合っていない。これはもしや記憶の再生と言うものか。
そう思っていたが…
『答えろよ!なぁ!』
彼女はこちらに振り向き、俺の服を掴んで訴える。朱色の眼を大きく見開いて、狼の耳を前方に倒して、少女は吠える。
『お前から捨てたんだろ!お前が諦めたんだろ!なのに今更… どうして!』
その声色には確かに憎悪があった。俺を強く憎み、恨む気持ち。
そこにある不釣り合いと思われる感情、寂しさ。
「………っ!」
答えは出なかった。心当たりなんてこれっぽっちもない。
それなのに、何故だか心に深く突き刺さる。何のだか分からない罪悪感が胸の奥にずっしりと。
それでも一つ分かることがあった。
少女の正体。
コイツは…
「お前は───」
─────
───
─
「ん、うぅ…」
眩い光が瞼に突き刺すように降り注ぐ。目を細めながらその正体を確かめると、それは天井から下げられた電球の光だった。
そして俺を覗き込む影が一つ。
「おはよう、かばんちゃん」
「はい、おはようございます」
どうやら今度こそ意識だけの覚醒では無く身体も目覚めたようだ。
おそらくずっと傍に居てくれたであろうかばんちゃんが安心したようにこちらを見ていた。
「お怪我はありませんか?」
「俺は大丈夫… それよりもホッキョクオオカミさんは無事?」
「大丈夫ですよ。今は手当が終わって別の部屋でぐっすりと寝ています」
「よかった…」
ここまで俺を運んでくれたのもおそらく彼女だろう。あんなボロボロの体で重かったろうに、無事で何よりだ。
「かばんちゃんたちは大丈夫だった?」
「僕たちは大丈夫です。でも、何があったか詳しく教えてくれませんか?」
俺はあの出来事をかばんちゃんに話した。
「そうなんですね。そんなことが…」
「うん。でも倒したから、怯える心配は要らないと思う… たぶん」
「たぶん…?」
「まぁほら、ご覧の通り?」
途中で気絶をしてしまったから最終的にどうなったか分からないけど、ホッキョクさんが無事なことから倒し切れたと思っていいだろう。いいよね?俺はそう思いたい。どうなの気絶してた時の俺!!!!
「でも、無事で良かったです」
「結構ヒヤヒヤしたけどね…」
まぁ終わり良ければ全てヨシ!俺も元気だしホッキョクさんの無事も確認出来たことだ。気になることはあれど気楽に行こう。
「そういえば温泉って入れるようになってるの?」
「はい。確かギンギツネさんが全部終わったと言ってました」
「お、なら俺は温泉に入りに行こうかな」
念願のお風呂!登山の疲れも戦いの疲れも全部癒すぞ!!
「行ってきま〜す!」
「卵、忘れないでくださいねー!」
危ない危ない。大事なものを忘れるところだった。ちゃんとキッチンに寄らないとな。
…よし。それじゃあいよいよ!LETS入浴ターイム!!
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