第24話 白唸る雪景色

「ふぃ~」


 ちょっとした雪山の観光を終えて、案内された部屋でひと息ついた。


 慣れない雪山での移動はやっぱりハードだったけれど、綺麗な雪景色に皆と雪合戦と中々楽しいものだった。


 後はゆっくり温泉を楽しんで、温泉たまごを持って帰るだけ。その時が来るのが待ち遠しい。

 一足先に入れてるかばんちゃん達がちょっと羨ましかった。


「あなたは入らなくてもよかったんですか?」


 それはそうと、隣の人物に呼び掛ける。

 ホッキョクオオカミさん、彼女はお風呂に入りには行かなかったようだった。


「大丈夫よ。もともと、ここには注意を伝えに来ただけだったから」


 そういえば、宿入りはかなり無理やりだったっけ。

 その割には尻尾をブンブン振っていたけど。


「ねぇ、あなた、雪景色は好き?」


「え… あ、はい、とても綺麗だなと思いました」


 藪から棒に。

 咄嗟のことではあったけど、あの時の景色は記憶によく焼き付いているから、答えは直ぐに出た。


「急にどうしたんですか?」


「あなた、あの吹雪の中で怖い目にあっていたじゃない?だから、そのせいで雪が嫌いになっていないといいなって」


 確かにあの時は危険な目にはあっていたけど、その後に見た雪景色に比べたら、そんなことはどうでもいい些細なことだった。


 ただ、これを知って彼女に何の意味があるのだろうか。そう考えていると、彼女は語り始めてくれた。


「わたし、雪景色が好きなの。雪は冷たいけど、綺麗で、冷えた心を暖めてくれる。だからこの暖かさを皆にも知ってもらいたい、だけどあんなふうな目にあった子はそうは行かないかもしれない。わたしは拒絶されるのが怖くて、不安なの…」


 彼女は自分の好きなものが、他人の恐怖になることを恐れているみたいだ。振り撒かれた優しさに迷惑かもと謙虚になってしまうのも頷ける。


「でも、もう少し胸を張っていいと思います」


 確かに雪山は過酷で恐ろしいところだ。例に漏れずセルリアンも居るし、吹雪なんて楽しいものでも無い。

 だけど雪景色はそれらを忘れさせてくれるぐらい綺麗だ。雪の冷たさを、辛さを。


 少なくとも、俺はそうだった。


「俺はここに来た時、なんて大変な場所なんだと思ってました。でも雪景色を見て悪いところじゃないと感じました。だけど、友達がそれを教えてくれなきゃ、俺は気付けなかったと思います」


 かばんちゃんが教えてくれなければ、俺は勿体ないことをするところだった。


 同じく、この景色を知れないフレンズも勿体ない。俺が言われないと気付けなかったように、言ってあげれば気付いてくれるフレンズも沢山居るはずだ。


「だから、そんなに恐れなくても、みんなは喜んでくれると思いますよ」


「…そう」


「あれ、もしかして嫌でした?すいません、ぺちゃくちゃ喋って…」


「いえ、大丈夫。それを聞いて、すごく安心した…」


「それはよかった」


 心做しか、ホッキョクさんのクールな顔が緩んで微笑んでいるような気がした。

 彼女にはこのまま頑張って欲しい。なんせ、綺麗な雪景色がみんなに行き渡らないのも、彼女が素直に優しさを受け取れないのも、全て勿体ないから。


「ん、ふぁ~…」


 沢山喋ったからか、雪合戦の疲れも相まって眠くなってきた。


「ああ、すいません」


「気にしないで。ゆっくり休むといいわ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 重い瞼を下ろして、しばしの睡眠を取ることにした。




 §




「んん…」


 重かった瞼は嘘のように軽く、すんなりと起きることは出来た。だけど気持ちの良い起床ではなく、何か凄く嫌な空気を感じる。


 妙な静けさが、この辺りに不気味さをもたらしている。


「…居ないか」


 隣に居たはずのホッキョクさんは見当たらなかった。別に事件性がある訳ではなく、単純に場所を移動しただけなのだろうけど、こんな空気の中だ。気にせずにはいられなかった。


「ここにも、か」


 そう決めればすぐに探しに出たが、どこにも見当たらず、痕跡も無かった。

 帰ってしまったか。そう思って玄関の方を見たが、そのとき、外から異質な気配を感じ取った。恐らく起床と共に感じた嫌な空気の正体もそこからだ。


「まさかな…」


 このずっしりとした気配は間違いなくセルリアンのもの。それも水辺で出会ったような大きなセルリアンだろう。


 もし、彼女がそれに気付いていたとしたら。

 既に戦っているかもしれない。


「行かなきゃ」


 彼女は強いから心配する必要は無いのかもしれない。だけどあの百獣の王や森の王が退けられてしまっていたのだ。万が一のこともある。


「……やっぱり!」


 最悪なことに想像していた通りだった。

 白く大きな熊のような風貌をした化け物が、氷で出来た拳と剣を振り回していた。

 随分長く戦っていたのだろう。最悪と言う通り、かなりボロボロで今にでもやられてしまいそうな程だった。


「ホッキョクオオカミさん!」


「あなた… ダメ、逃げて!」


 彼女の目には俺はひ弱に写っている。あの時、確かに判断を鈍らせて小さなセルリアンで死にかけていた。


 でも今は違う。躊躇う必要なんてこれっぽっちもない。



「───!!」



「だらぁ!!」



 雄叫びと共に彼女へ向けて下ろされる剣。

 俺は彼女の首根っこを掴み後ろへ引っ張り、炎を纏った拳でその剣を受けた。


 炎と氷のぶつかり合い。


 受け止めた拳はその剣を砕き事なきを得た。かなりの強度のものを受け止めたが、俺の腕は少々ひりひりするだけで済んだ。


「あなた…」


「ホッキョクオオカミさんは出来る限り下がっていてください。後はやります」


 発現したオオカ耳を澄ませて大熊をジっと睨む。ここからも油断しないように、相手の一つ一つの行動を見逃さないように。


「ガァ!!」


 こちらの先手。

 柔い雪を強く踏み込んで前進、大熊の腹を目掛けて右拳を振るう。


 しかし大熊も氷拳を振るう。炎拳と氷拳の相殺。先程の剣と同様これも砕け散った。


「さっきから地味に痛えんだよ!オラァ!」


 すかさず左拳。今度こそ大熊の腹部にしっかりと命中した。が、手応えを感じない。


「なっ、柔らかい…」


 この感触はまるで雪。なるほど、どうやらこいつは全身を雪で覆っているみたいだ。

 少々面倒くさいが… 炎を扱っている俺には関係ない。現に殴った所からジリジリと雪が溶けていっている。


 ならばやることは一つ。殴って蹴って雪を溶かしまくるッ!


「ラァ!」


 右右左、左右。たまに来る爪の攻撃を避けながらラッシュを叩き込む。順調に雪の装甲を溶かし無力化している… が、一向に底が見えない。

 もしかして雪で体を覆っているのではなく、雪で体を作っている?それなら体を操っている本体が居るはずだ。その場所は…


「頭か…?」


 普通じゃ届かないから攻撃してなかった無傷の頭。進捗を得るために確認がてら殴ってみるのはいいのかもしれない。


「なら… はぁ!」


 大きく力を溜めて大ジャンプ!みるみるうちに大熊の顔との距離が近付いてくる。


「素顔晒せ!オラァ!」


 そして頂点に辿り着いたとき、火炎を纏った蹴りをお見舞いしようとした。しかし尻尾が冷たい風を感じると共に、攻撃の予兆を感じ取った。


 バックリと空いた大熊の口。そこに集まる白色の光。


「…っ?!不味いッ!」


 やがてその光が強く輝くと、集約されたものは全て解き放たれた。冷気を放つ光線、簡単に言えばれいとうビーム。

 直ぐに炎を手のひらに集め、爆発させ緊急回避を取った。まさに間一髪。


「くそ~!ひやひやさせやがって!…それに仕切り直しってか」


 雪に軽く全身を埋めながらも顔を上げれば、先程の光線の時に雪や冷気で体を作り直したのか完全な状態の大熊がそこに立っていた。


「いいぜ、次こそその頭かち割ってやる!」


 それでも俺の闘争心は燃え続ける。

 やすやすと諦めてたまるか!


 体を起こし再び拳に火を燃やす。

 その時だった。


「…なっ?!」


 手に、腕に。そして体に。

 明らかに過剰な火力の炎が身を燃やす。


「いきなりどうして… まさか」


 自分の意思とは正反対に火は盛る。

 やがて全身を包む頃に意識は暗転をし始める。


「しょうが… ない… ここ、は…」


 きっとこれはあの時のような一時的なもの。これが害の無いものだと願って、そしてアレを倒してくれることを願って、身を委ねる判断をした。


 段々と霞む視界。

 しかしどうしてだろう。


 俺が意識を落とす瞬間、感じたのはとてつもない『寂しさ』だった。

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