第23話 雪と狼
防寒着をしっかりと身に纏い、再び白銀の大地へと足を踏み出した。
今は来た時とは違って、人数は五人。前は感じていた過酷さも、皆と入れば多少は楽に思えそうだ。
しかし、それでも一人はそう思わないみたい。
「ねぇ、これだけ居るんだったらボクいらなかったんじゃないの?」
引き篭ってばかりじゃ体に悪いからと、半ば強制的に連れられたキタキツネ。外に出た今でも納得いかないのか、ギンギツネさんに対して文句を垂れている。
「ダメよ。ただでさえ外に出ないんだから、少しは我慢しなさい」
「えー!今日ぐらいいいじゃん!」
「ダメ。帰ったら沢山ゲームしていいから、辛抱なさい」
「ちぇっ、分かったよだ」
彼女はまだ不服そうだけど、もう少し頑張ることに決めたようだ。そんなやり取りがまるで姉妹の様で、微笑ましく見えた。本人にはちょっと申し訳ないけどね。
「姉か…」
そういえば、ここに来てから向こうの世界の事を考えたことは一度も無かった。別に馳せるような思い出は無いのだけど。
それでも心配することは一つあって。
それは残して来てしまった唯一の家族。
両親が死んでから色々あって一緒には暮らしていなかったけど、度々会えば遊んでくれたりと、気にかけてくれていた。
彼女は元気だろうか。
今更ながら不安が過ぎった。だが、きっと大丈夫だろう。どこでも楽しくやっていけそうな性格しているしね。
「どうしました?」
「いや、なんでもないよ」
「そうですか…」
「ほら、もう少しで着くみたいだよ」
そんなことを考えている間にも、山頂の景色は見えてきてようで。
指を差した先には、自然の中に聳え立つ人工物達が見えた。
複数の金属の筒をそれぞれ小さなパイプで繋いであって、その端っこからは湯気が立ち上っている。
これがギンギツネさんの言っていた装置だろう。
「それじゃあ、ぱぱっと終わらせちゃうから待っていてちょうだい」
彼女が俺達にそう言うと、突然どこからか瓶底メガネを取り出して身に着け、装置と向き合い始めた。
装置を弄る為に装置と向き合うのは当たり前なのだが。
はて、一体瓶底メガネには何の意味が…?
「あのメガネは気にしなくていいよ。なんか最近、急に着け始めたから」
「そうなんだ…」
どうやら特に意味は無いみたい。
「ほら、ギンギツネなんか見てるより、あっち行って来たら」
「あっち?」
「ルロウさーん!こっちこっちー!」
キョトンとしていると、向こうから無邪気に叫ぶかばんちゃんの声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
「見て下さい。ここ、凄くいい景色です!」
呼ばれた方にやって来て、つられて指を差した方を見る。その先に映し出された世界は、言う通り確かに絶景だった。
「ホントだ、凄い…!」
驚く程に真っ白な雪原、澄み渡る青空と所々生えている樹木がマッチして、更に眩い太陽の光を反射して、雪は輝きを放っている。
「始めて見たかも…」
「外の世界には無いんですか?」
「あるにはあるけど、こんなに綺麗なのは見たこと無いよ」
旅をしていた時に、一度似たような景色を見たことがある。だが、今の景色はそれよりも綺麗だと思える。…その時、そこは曇ってたからってものありそうだけど。
「…ジャパリパークには、同じように綺麗な景色が沢山あります」
「それは見てみたいね」
「是非!僕もルロウさんに見て貰いたいです」
そう言った君の笑顔は、とても眩しかった。
なんなら今見た景色より輝いて見えたかも。
最初はとんだ災難だって思ったけど、過ごしてみればみる程、心地よい。
なんだかんだで約束も取り付けたし、今後が楽しみだ。
「えーい!」
「…ぐえ」
なんて、柄でも無くしんみりしていると、不意に雪玉が飛んで来た。何かと思い振り返ってみると、行方が分からなかったサーバルちゃんと、悪い笑みを浮かべているキタキツネが居た。
なるほど、共犯だね君たち?
「やったなー?それ!」
やられたからにはやり返す。俺も雪玉を作ってサーバルちゃんに向かって投げた。
「当たらないよ!」
「お、ジャンプ力ぅ」
投げた雪玉は綺麗な弧を描いて飛んで行くが、サーバルちゃんは軽々と跳んで避けた。
ならばそっちだ。今度はキタキツネに向かって雪玉を投げた。
「わぁ?!」
「よし、ヒッt…ぐぇ?!」
「余所見はダメですよ?」
雪玉が当たって舞い上がっていると、思わぬ所から不意打ちが来た。かばんちゃんだ。彼女はいたずらっぽく笑ってみせると、逃げるようにして距離を取った。
「くぬぬ… こうなったら容赦はしないぞー!」
「わぁ!こっち来たー?!」
「えい!さっきのお返し!」
「効かーん!くらえくらえー!」
§
しばらくの間、雪合戦ではしゃいでいると、ギンギツネさんが割り込んで来た。どうやら調整を終えた様だった。
「随分楽しんでたみたいね?」
「なんかすいません」
「いいのよ、楽しんでくれてなにより。それに、キタキツネのいい運動にもなったしね?」
他人が作業している間に遊んでしまったけど、本人は気にしてないみたいだ。
まぁ、俺も楽しめたからいいのかな。
とにかく十分楽しめたし、目的も果たせたからみんなで宿に戻る事にした。
そして数分後。
道中、再び雪玉を投げられる事もありながら宿が見えて来た。
「やっと温泉に入れる…!」
「やっと帰れる…」
あの長き道のりを超えて、それぞれ求めていた娯楽にありつけると思っていた時。
何かに気付いたサーバルちゃんが声を挙げた。
「あれ、誰かいるみたいだよ」
そう指を指した先には、確かに一つの人影があった。
「本当だ。誰だろう?」
「近くに行って話しかけてみましょう」
皆揃って駆け出して人影に近付いてみる。
雪の踏む音に気が付いたのか、その人影はゆっくりとこちらを向いて正体を露にした。
「あれ、あの人は…」
その振り向いた顔には見覚えがあった。
それはここに来る途中、危なくなっていた俺を助けてくれたフレンズだった。
「あら、また会ったわね」
「はい、あの時はどうも」
「知り合いですか?」
「ここに来る途中でちょっとね」
あの吹雪の中で、白く長い髪を靡かせながら舞うように戦っていたのを鮮明に覚えている。
その時は名前を聞く前に去ってしまっていたから、まさかここで再開出来るとは思っても無かった。
「無事に着いててよかった」
「ええ、なんとか」
「ねーねー、あなたは何のフレンズなの?」
「ホッキョクオオカミ、よ。貴方がここに来るなんて珍しいわね?」
遅れてやって来たギンギツネさんが名前を呼んでそう言った。
「知り合いなんですね」
「ええ、雪山って結構世間が狭いのよね」
確かに環境がかなり過酷だもんね。
それにギンギツネさんは温泉宿に住み込んでいるみたいだし、その分人脈が広いのかもしれない。
「で、何か用かしら?」
「特に。ただ、最近大きいセルリアンが出たらしいから、それの警告」
「あら、怖いわね」
「それだけ。それじゃあね」
「待ちなさい。折角来たんだから、少しぐらいゆっくりして行きなさい?」
「別に気にしなくていいわよ。迷惑掛けちゃうし…」
「あなたこそ気にしなくていいわよ!ほら、入った入った」
「ちょっと…」
「無理やりなんだね」
「いいのよ。この娘、こうでもしないと素直にならないから」
最初の出会いでクールな印象があったけど、意外と可愛い一面があったみたいだ。
ツンが丸いみたいだけど、これがツンデレってやつなのかな?よく見れば尻尾が揺れている。
「ルロウさんもほら、入って入って。お湯が溜まるまで後少し掛かるから、待っていてちょうだい?」
お湯が溜まるのかこれからみたいだ。
今すぐ入れなくてちょっと残念。
とりあえず、急かされるまま大人しく宿に入っていった。
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