ゆきのかわりにきららふる
朽葉陽々
第1話
――ねえ。
こんにちは。
うふふ、この宿にお客さまが来るなんて、とっても久しぶり。ぜひ楽しんでいってくださいね。
え、わたし? わたしはこの宿の娘、シリスよ。
ええ、そう。そうなのよ。蜂蜜色の目は父さん譲り、銀色の髪は母さん譲りなの。わたしのお気に入り。今日初めて会ったお客さまに気付いてもらえるなんて、とっても嬉しいわ。
ねえ、お客さま? あのね、わたし、聞きたいことがあるの。
お客さまはきっと、とっても頭がいいのでしょう? さっきお部屋のお掃除に行ったら、机の上にご本があったわ。きっと学があるひとなのよね?
ね、ね。でしたらわたし、教えてほしいことがあるのよ。賢いひとなら、きっと知っているでしょうから。
まあ、ありがとう! 教えてくださるのね!
ずいぶん前に来たお客さまが口走っていたことなのだけれど、その後は誰にも聞く機会がなくって。
あのね、お客さま。
「ゆき」って、何かしら?
……まあ、何でそんなに目を見開いてらっしゃるの? ……ええ、そうよ。このまちにはないものなの。どこにも生えていないし、誰も食べたことがないし。このまちの外からきたお客さまなら、もしかしたらご存知かしらと思ったの。
あら、そうなの? 「ゆき」って、空から降ってくるものだったのね。
どんな風に降ってくるの? 何で出来ているの? このまちでは、降ったことはないものよ。
……北の方の寒いまちなのに、雪が降らないなんて珍しい……? 寒いまちに降るものなのね。それに、そう、冬に降るものなの。わたし、このまちから出たことなんてないから、このまちが寒いまちだってことも、今まで知らなかったわ。
それにしても、そらから降ってくるなんて。あんまりたくさん降ったら、道からどかすのも大変でしょうね。どかした「ゆき」の置き場にも困ってしまいそう。
あら、「ゆき」って、氷なの? 解けて水になっちゃうの? たくさん降っても、春になって暖かくなったら解けてしまうのね。
それって、とってもいいわね。氷っていうことは、触ると冷たいのかしら? それに、氷なのだからきっと透明ね。どう? 当たっていて?
えっ? 冷たいのはそうだけど、透明には見えないの? 真っ白いの? 不思議ね。そうしたら、このまちで降るものとそう変わらないわ。春になったら解けてくれることだけは、少し羨ましいけれど。
えっ、このまちでは何が降るのか、ですって?
あら、知らないの? ……ああ、降り始めたわ。窓の外を見てくださる?
え、これは雪じゃないかって……いいえ。言ったでしょう、このまちで「ゆき」が降ったことはないのよ。
じゃあこれは何かって? もしかして、よそのまちじゃ降らないの?
――
ああ、やっぱり、よそでは雲母は降らないのね。その代わり、他のところでは「ゆき」が降っているのね?
わたし、ずっとこれが当然のことだと思っていたわ。でも、頭の良い方がそんなに驚くなんて、そうじゃあないのかしら。
ええっ、雲母が降るのは、このまちだけなの。普通は「ゆき」が降るの? 本当に?
不思議。不思議ね。どうして、このまちでは「ゆき」が降らないのかしら。どうして、このまちでは雲母が降るのかしら。
……ああ、でも、とっても綺麗でしょう? お客さま。
気に入ったら、雲母を持ち帰っても構わないのよ。
ゆきのかわりにきららふる 朽葉陽々 @Akiyo19Kuchiha31
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