オマケみたいなもんなんだ

「あの、ほんとに、ほんとうに、ごめんなさい……」

 高校生ちゃんが真っ赤っかな顔で謝る。「もう会うことはないと思うんですけど」からの早すぎる再会。

 そのあと、うんともすんとも言わない掃除機に真っ青になり、泣きそうな顔でゴツいカバーのスマホを出して、電話しようかどうしようかで手が止まっている。そういう気持ちはあたしも経験ある。さっき怒られたばかりでまたトラブルの報告をするのはやっぱり怖い。

「とりあえず、お茶の残り飲んじゃいなよ。冷めちゃっただろうけどさ」

 あたしはさっき打った背中をさすって、そう促す。

 理解を完全に超えたものを目の当たりにすると、逆に冷静になるのか、と冷静に分析するあたしがいた。

 高校生ちゃんがグスグス言いながら、こくこくと紅茶を飲んでいる。

 あたしはどうしようかと考える。

 

 ──仮病で休みました

 ──バイト先

 ──他に掃除機なくて

 ──わたしがやらなきゃいけない

 ──わたしがやりたくてやってる

 ──人の命に関わったりもするんです


 震える手で冷めたミルクティーを飲む高校一年女子と、三十代半ばの社会人。


「その掃除機ってさ、私物?」

 うなずく高校生ちゃん。

「お年玉ためてて、中古の安いの買ったんです」

「バイトのために?」

 うなずく高校生ちゃん。

 あたしはつとめて優しい声を出した。責めたいのは、この子じゃない。

「それ、おかしいよ。仕事で必要な道具なら、職場が用意して支給しなきゃだめだよ。だいたい、人の命にかかわるような仕事を高校生のバイトにやらせるのもだめだよ。てかほんとにバイト?」

「アルバイト、とは、ちょっと違います。でも、ちゃんと意味のある仕事です。日本だと、今はわたししかできる人がいないって」

「掃除機で飛べる人ってこと?」

「掃除機で……空の悪意を吸い取れる人です」

 オッケーもうなんでも来なさい。

「続けて。余計な口挟まないから」


 高校生ちゃんが言うには、空に悪意が乗ることがあるらしい。まるでなにか狙ったように意地悪な、たとえば普段なら逸れるような台風が急に進路を変えたり、例年にない大雪がわざわざ受験の日にかぶったり、そういうのをある程度食い止めるのだと。

 ある程度、というのは、吸い取れるのが悪意だけだからだ。台風が消えるわけでも、雪雲がなくなったりするわけでもない。悪意を吸い取った成果を測れるわけでもない。


「ひと月に何回か、そういうことがあるんです」

「そのたびに、あんたは掃除機に乗って飛んでいくと」

「はい。昔はホウキだったらしいんですけど、ホウキだと悪意を散らすことしかできないから、再発することもあったって。それで昔、青森から北海道に行く船が沈んだって言われました」

「めっちゃ昔だね」

 その事故なら小学校の社会科見学で教わった。台風の目に入ったのを天候の回復と判断して出航した連絡船が、再び強風に遭って何隻も沈み、多数の死者が出た海難事故だ。


「あんたひとりで、日本中のそういう『空の悪意』に対応してんの?」

 高校生ちゃんがうなずいた。全国ってマジか。

「大変ですけど、わたしが頑張れば助かる人もいるんだって思うと、やっててよかったなって」

 それはあたしにもわかる。テレオペの管理者やってて、しんどい事の方がよっぽど多いけど、やりがい的なものを感じる事だってなくはない。


 でもね、それはオマケみたいなもんなんだ。


「立ち入った事聞いてごめんね。お給料もらってる?」

 高校生ちゃんの顔が、真っ青になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る