第18話 シャワールーム
頭がクラクラする。
頭がだるい。
熱っぽい。
一体、俺はどうしたというのだろう。
おぼろげな、自分の記憶を探る。
一番最近の記憶では、酒場で椿姫とアオイというデスゲーム参加者の美少女二人と一緒に祝杯をあげていた。
そして……そのあとの記憶がない。
俺は必死に目を開くがどうしても瞼が重い。耳には水音が響く。
それでも頑張って、瞼をあげると、目の前は白くぼやけていた。
「あ、ギルさん起きちゃっタ?」
あっけらかんとした、椿姫の声が妙にエコがーかかって響く。
明るく可愛らしい声だと思ったのに、何故か不気味な響きに聞こえる。
「えー、椿姫ちゃん乱暴に扱ったんですか?」
アオイの声が少し遠くから聞こえる。こちらもエコーがかかっているし、あの丁寧なやわらかい口調が冷たく聞こえた。
「ちゃんと優しく扱ってる!」
椿姫がちょっと拗ねたような口調で言い返した。
「それなら、いいですけど。触るときは、ほら、こんな感じに優しくですよ?」
「ちょ、ちょっと。どこ触るんだ。ク、くすぐったい」
「ほら、逃げちゃダメですよ。椿姫ちゃんの肌、想像よりやわらかいですね」
「あ、そんな……」
脳が混乱する。
一体何が起きていると言うのだ。
俺は風邪でも引いて幻覚でもみているのだろうか。
いや、有り得ない。
だって、ここはVRMMOの中。剣と魔法のゲームの世界。
風邪なんという現実めいた病気は存在しないのだ。
存在するのは、“呪い”や“毒”や“しびれ”なのだ。
「ほら、今度は私にやってみてください」
「こ、こうかナ?」
「ちょっと、強すぎます。椿姫ちゃん、ペットとか飼ったことないでしょ?」
「ゲームの中で現実の話をするのはマナー違反だゾ。アオイ」
俺の思考が追いつかない頭上で、アオイと椿の話し声はまだ続いていた。
ふと、ふわりと甘い香りがただよう。
俺はこの匂いをしっている。
ザクロと薔薇の甘い香り。
何度も嗅いだことがある。
特別だけど、慣れ親しんだ香りだった。
そうそう、これはこのゲームを作っているとき付き合っていた女性ののお気に入りのバスソルトの香りだった。
「高いから」といってめったに使わないけれど、特別なときに使う入浴剤。俺が泊まりにいったときはいつだって使っていた。
まるで、香水みたいな香りがする。
ふと、「お風呂は良い香りがいいよね」このゲームを作っていたとき彼女言ったのことを思い出す。
彼女は俺と一緒にこのゲームを作っていた。
仕事は早いし、優秀だけれど、ちょっとだけゲームに余分な余裕とか仕掛けを持たせるのが好きだった。
「だって、その方がより本物っぽく世界を楽しめるでしょう。こんなことに気づかなかったならもっと別な視点もあるはずだって、プレイしてくれる人が楽しんでくれるのが嬉しいの」
彼女の声が耳の中に再び広がる。
もう彼女はウチの会社にはいない。
わざわざ、ゲームの風呂に入浴剤をいれるなんてとあきれた。そもそも、現実に近い世界感なのだから匂いは大事だけれど、さすがにただ風呂に入れるお湯の匂いにまでリソースはそこまでさけないとして会議で却下されたはずだったのに。
あいつ、たぶんこの世界の風呂のお湯を全部自分の好きな匂いに設定したのか……。
こんなの男のプレイヤーはいやがるだろうに、あいつってやつは……。
キラッ
何かが光った気がした。宝石などのエフェクトと違って済んでいない妖しげな光。
朦朧としてた頭で過去に思いをはせていたのに、全身が(いや、頭部しかないけれど)緊張感で強張った。
アレは刃物のエフェクトだ。
刃物、風呂場、デスゲーム。
……殺されるっ。
俺の思考は一気に駆け巡った。
そうだよね。
これはデスゲームだからね。
他のプレイヤーを蹴落としたほうが有利に進む。
風呂場でやれば、現場を他のプレイヤーにみられて警戒されることもないし、血の汚れも簡単に落とせる。血なまぐさい匂いだってこの入浴剤の香りで消える。悪くないアイディアだ。
ある程度の情報も引き出したし、その情報をだれかに漏らされるくらいなら、とっとと処分した方がいい。
だって、デスゲームだから。
それに、この二人は現在、参加者の中で最強クラスといってもいいだろう。
椿姫はもとから、人より圧倒的にレベル上げが早かった上に、武器防具を強化できる特殊ポーションをもっている。
アオイは不遇といわれるテイマーで戦闘になれていなかったけれど、ドラゴンを手懐けてしまった。最強クラスのモンスターを手懐けたのだからこれからは怖い物はほとんど無いはずだ。
おそらく、このまま進めば椿姫かアオイがこのデスゲームの勝者となるだろう。
なんせ、いまの時点でさっきのようなゲームをすすめるのにぶっちぎりで有利な要素を持っている上に、このビジュアルの良さだ。
今後、なにかあればデスゲームの運営部や観客からの投げ銭など、ゲームを有利にすすめるための優遇があるだろう。
えっ、ずるいって?
デスゲームはボランティアや慈善事業じゃないのだ。
会社が行っているビジネスだ。
良い子たちだと思ったんだけどな。
まあ、デスゲームの参加者として二人の判断は正しいよ。
さあ、殺すならさくっとやってくれ。
俺には別な仕事もまってるから、とっとと現実世界でやれることをやるだけだ。俺は諦めて再び目をとじる。
しかし、覚悟を決めたのにも関わらず、俺はログアウトしなかった。
そして、ふと柔らかな感触が後頭部をふわりと包んだ。
甘い香りはより強くなる。
はっきりと確かに、冷たい刃物が俺の首筋をなでた。
金属独特の冷たさが不快だ。そして、そんなこと有り得ないのに錆びた鉄の匂いがする。血の匂いというのだろうか。
死がこんなに怖いなんて。そういえば、俺はいままでテストプレイも含めて一度もこのゲームで死んだことがなかった。
死を意識すると娘の柚希の顔を思い出す。小さい頃から大きくなるまで(といっても、柚希はまだ小学生だが)、俺の人生ではなく柚希の成長が走馬燈のように駆け巡った。
やっぱり、まだ死ねない!
俺があわてて目をあけると、
「「動いちゃだめっ!」」
椿姫とアオイが同時に叫んだ。
「急にうごいて切っちゃうじゃん!」
「危ないですよ、ギルさん}
え、ああ、すみません。
危ないって、切っちゃうって、そりゃあ、だって二人とも俺のこと殺そうと刃物を俺に当てているので……は?
デスゲーム運営なんだが、俺はもう限界かもしれない〜ルール改定が遅すぎた。他のデスゲームから追放されたチートプレイヤーが俺の運営するデスゲームに参加しているらしい〜 華川とうふ @hayakawa5
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