第17話 祝杯

「「「お疲れ様! カンパーイ!」」」


 そう言うと、椿姫とアオイはジョッキをカチンとぶつけた。

 アオイはできるだけ低い位置になるようにジョッキをもっていっていて細かい気遣いが出来る子なんだろうなと思った。


 一方、椿姫は乾杯が終わったとたん、腰に手をあててぐいぐいと飲み干す。「ぷはあっ」ととても美味しそうに飲んでいる、口の周りには泡がちょびっとついてヒゲみたいになっている。


 どちらも会社の新人として入ってきたら、好感が持てるタイプだ。

 丁寧な心遣いができるアオイは色んな層から可愛がってもらえるし、椿姫みたいなタイプは普段気むずかしいといわれているおっさんと上手く打ち解けて、人間関係を円滑にする。結果どちらも周りから可愛がられる。


 子度もっぽいところがあるけれど、この二人すごいな。

 対照的だけれど人を惹きつける二人の所作に俺はあらためて驚いた。


「でも、すごいよなー。ゲーム始まったばかりでこんなにサファイヤ手に入れちゃうなんて」

「これだけあれば、家だって建ちますね」


 そう、このデスゲーム。人工知能は何を考えたのか、本当に俺が開発したただのゲームの時のままのシステムでプレイヤーハウスなるものまで買える仕組みになっている。

 いや、買わないけれど。


 どうして、死の危険と隣り合わせで、早いところ勝利してこのゲームから生還したい人間がどうして、プレイヤーハウスなんて買うんだよ。まったり遊ぶためのゲームじゃないんだぞ。

 しかも、このデスゲームが終了すれば、この世界は消えてしまうというのに。


「それで、これからどうしましょう。私たちもしかして結構出遅れてしまってないか心配なのですが」


 アオイは今度は心配そうな顔をする。

 まあ、命がかかったデスゲームで、ミッションに向かって進まずに。元の場所で半日くらい狩りを続けていたのだから不安に思うのも無理はないだろう。


 ところが、どっこい大丈夫だ。

 俺たちは、今次の街の酒場にさっきやっと辿りついてやっと夕食にありつけたところだろうが、他の多くのプレイヤーは今頃街に来る途中の場所で野宿をしているところだろう。


 理由は簡単だ。


 初心者キラーであるあのブルーのぷにぷにとしたモンスターをさけるためだ。

 ただのゲームだったら、モンスターを刺激しないように一か八かでモンスターの横をすりぬけるのもありだが、ある程度の安全を考えれば、モンスターがどこかに消えてくれるのを待った方が確実なのだ。

 どうして、他のデスゲームプレイヤーたちがそんな知識を持っているかって?


 それは、このデスゲームが始まってから流通しているこの世界がゲーム時代だったときの攻略まとめが攻略本の存在だ。

 最初に椿姫とアオイと初めて出会ったときに聞いた攻略本の情報は本物だった。どうやったのか攻略本は道具や酒場などモノの売買する場所ではどこにでも置かれていた。しかも、その店の品物のなかで一番安いものと同じ価格で。


 初期の方のページに書かれている情報はゲームだったころの攻略法がかなり正確に記載されていた。

 しかし、ページが進むにつれて、少々内容や言葉遣いが稚拙な部分が現れる。

 なぜかと思えば、なんと読者が自分で本に書き込んで編集できるようになっているからだった。


 親切な誰かが正しい攻略本を作って、それをベースにみんなで情報共有しようとしたのに、考えが足りない馬鹿かまたは誰かを混乱させたい人間が悪戯にページを追加したみたいだった。


 幸いなことに、さっき椿姫とアオイで大量に倒したゼリー状の青いモンスターについての情報は正しく残っていたけれど。

 あれだけはっきり、「危険」とか「プレイヤーキラー」とか書かれていればよほど馬鹿か恐ろしいほど疑り深い馬鹿以外は一応信じておくだろう。


 だって、命がかかっているのだから。

 特攻してやられてしまえば、そこで全て終わりになってしまうのだ。

 これはただのゲームじゃないから。


 そんなわけでたぶん俺たちはトップクラスに早い段階で次の街に付くことができた。


 ただ、何人かはもうこの街に来ているらしい。この街で一番清潔で居心地がよく値段もそこそこで、入り口から近い酒場を普通のプレイヤーならみんな第一候補にするだろう。

 さっきこの酒場の上が宿屋になっているので飽き部屋を確認したところだけ二部屋だけ埋まっているようだった。

 このことから、俺たちの他にもすくなくとも二人がこの街にたどりついている。

 そいつらが、もうクエストを受領したのかは分からないけれど。


 その旨を椿姫とアオイに簡単に説明すると二人は感心したようにうなった。


 ただ、椿姫は、


「なんだ、空き室を聞いていたのはそういう目的じゃなかったのか~残念……」


 っとつぶやいていた。

 一体他に何の目的があると言うのだろう。


 アオイも少しがっかりした表情をしていた。

 ただ、この街で一番清潔で手頃な宿という俺の情報を気に入ったのか、二人とも今日はここで宿をとることにするらしい。

 なかなか懸命だ。


 実はこの世界寝ないでプレイし続けることができる。

 とくに、ウチの会社の培養液カプセルに入っているから通常の世界でただ眠っているよりも体はより健康になっているともいえる。


 だけれど、デスゲームは精神が削られる。

 眠れること、眠れるウチにちゃんと寝ること。

 それは、俺がいくつもみてきたゲームの中では非常に大事な生き残るための条件だった。

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