第15話 ヒーロー・ヒロイン型のプレイヤー

「お待たせ」


 俺が椿姫とアオイに指示した場所は始まりの街、ゲートだった。

 実をいうとデスゲームといいながら、始まりの街にいる間はある程度の安全が保証されていた。


 実は街の中では、PK(プレイヤーキル)ができないのだ。

 出来ないというのはちょっと過言だが、プレイヤーがプレイヤーを攻撃してもその攻撃は通常の攻撃と違って、ほとんどダメージにならない。


 デスゲームというのに、人工知能はなぜだかこの世界がただのゲームだったころの設定をほぼそのままに残している。

 まあ、これがもし始まりの街でPKができてしまうと、デスゲームに何度も参加しているような手慣れた参加者がいる場合、始まりの街で大量殺戮が起こってゲームがあっというまに終わってしまう。


 そんなことになれば見せ場がなく、このゲームの商品価値が低くなってしまう。

 このゲームを制御している人工知能は、ゲームがプレイヤーではなくデスゲームを“観る”人間にとって最高にゲームが面白くなるように設計するようにできているのだ。



「あー、ギルさん。全然、待ってないよ~」

「ギルさん、来てくれたんですね!」


 椿姫とアオイは俺を見つけるとテテテッと駆け寄ってきた。


「いやー、二人ともすごいね。第一回の中間発表でお宝ゲットなんて」


 俺はあの場にちゃんと居たんだぞということを念のためにアピールしておく。そう、俺は姿は違えどちゃんと観ていた。


「運が良かっただけサ」

「でも、私は椿姫ちゃんがいなかったら上手く切り抜けられなかったかも……」


 椿姫はあっけらかんとしているが、アオイはちょっと心細そうだった。最初に二人をみたとき、あんなにはっきりと言い争いをしていたのが嘘のようだった。


「いや、本当。二人とも度胸あるよ。あんなに、周りから注目されている状況で、ちゃんと自分で考えて切り抜けたんだ。えらいよ」


 運営としては、あの場では通常争いが起きるはずだったんだけどなー。可愛い女の子である二人が他のデスゲームの参加者から必死に逃げ惑いながら、次のミッションが開始されるって設定だったんだけどなー。その方がベタだけど、絶対人気出たよなー。


 改めて、椿姫の行動は今考えても信じられないものだった。


 たまに、デスゲームにもヒーロー・ヒロイン型とよばれる特殊な参加者があらわれることがある。

 強い正義感とカリスマ性をもっていて、デスゲームの参加者を“仲間”と呼んで、全員で助かろうとするパターンが生まれる。


 最初は周りから反発されるけれど、だんだん信頼も得て、最後にはデスゲームに参加した参加者全員で協力しあうという本末転倒な展開をおこしてくれる。

 このパターンはデスゲームの観客からはあまり喜ばれなくて、再生数も伸びない。


 過去にはデスゲームをより過酷な内容にするとかで、こういうタイプのプレイヤーをなんとか封じ込めようとしたが、難易度調整がむずかしくデスゲーム参加者が全滅してしまう場合もあって扱いが困難だった。


 ヒーロー・ヒロイン型のデスゲーム参加者が出た場合は、そのデスゲームは商品価値がなくなる。デスゲームの運営にとってはやっかいな人材だった。

 ただし、現在は別な方向で有効活用されるようになった。


 ヒーロー・ヒロイン型のプレイヤーは強いカリスマ性と強運をもっている。

 彼らの参加したデスゲームは映像作品としては人気はないが、彼ら自身は非常に“使えた”。デスゲームが終了次第、ヒーロー・ヒロイン型の参加者は大企業やら国の機関に引き抜かれていた。


 映像として価値のないデスゲームは、人材発掘としては非常に有効だったのだ。


 元に、今までのヒーロー・ヒロイン型の参加者だった人間達は今では大企業のトップ層として働いている。彼らを斡旋したときの情報提供料はなかなかデスゲーム運営会社としては無視できない利益となっていた。


 椿姫の広場で群衆を前にしたときの行動をみると、ヒーロー・ヒロイン型の参加者であるかのように一見みえる。

 普通だったら、ヒーロー・ヒロイン型の参加者がいた場合は、映像的価値がなくなるので、運営は監視だけ行いあとはマニュアル任せのアナウンスを流すだけという簡単なお仕事になるはずだった。


 俺も本当ならその方がいい。

 見映えのする演出とか考えなくてもいいし、そのデスゲームが映像としては失敗であっても確実な利益を生んでくれるから。

 デスゲーム運営中、ほぼ会社でモニタリングしているのが常だが。


 椿姫がヒーロー・ヒロイン型であることが確実になれば、俺はデスゲーム参加期間中でも毎日定時に帰れる。ああ、「定時」良い響きだ。

 もう随分、そんな時間に帰ったことはない。

 定時に帰れれば、妻の作った温かい手料理を食べられる。普段なかなか遊んであげられない娘の柚希とだって……。


 俺は一瞬、椿姫がヒーロー・ヒロイン型のデスゲーマーであるという理想的な仮定の世界で想像をめぐらせて舞い上がっていた。


 だけれど、たぶん、椿姫はヒーロー・ヒロイン型のデスゲーマーではない。


 一番最初に、アオイと言い争いをしているとき、椿姫はたしかこう言ったんだ「欺される方が悪い」って。


 ヒーロー・ヒロイン型の参加者はゲームにおいて、そんなセリフを絶対に口にしない。

 正義感というのが彼らの軸だから。

 椿姫にはその絶対的な正義感というのが欠けていた。


 いや、椿姫が悪いというのではない。

 たぶん、椿姫は良い子だ。

 ただ、カリスマではないだけ。

 今、アオイに接している様子からみれば、思いやりも正義感もちゃんとある。

 だけれど、ヒーロー・ヒロイン型の人間ではない。


 ただ、それだけの事実が俺の胃をずんと重くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る