第13話 再びの洗面器でVRMMO
ピーピーピーピー♪
デスゲームまたは俺が過去に作った理想的な剣と魔法の世界から、ログアウトするなり、けたたましい通知音が俺のポケットのなかで鳴っていることに気づいて慌ててポケットを探る。
手探りで携帯をつかんで耳に当てようとすると、ヘッドセットにコツンとあたって、そのときの音と自分のまぬけさが非常に不快だった。
しかも、来ていたのは通話の通知ではなく、メッセージだし。
メッセージをみると、それはアオイと椿姫からだった。
会社ようの携帯には、ゲーム世界のメッセージが転送されるように設定されているんだった。
『件名:心配しております。
さっきはチョコレートケーキごちそうさまでした。お礼をちゃんと言えなくてごめんなさい。そして、便利な機能まで教えて下さってとても感謝しています。
あのあとの中間発表でお見かけしなかったので心配しております。
もし、ご無事なら連絡いただけると嬉しいです。
アオイ』
『件名:大丈夫?
はじまりの街の広場で、KIZAさんを見かけなかったけれど大丈夫?
まさか集まるのに遅れてきて本当に運営さに消されたりしてないよね。連絡待つ。
椿姫』
ああ、二人ともあの運営のいらっとくるアナウンス、真に受けちゃっているんだ。
やっぱりだめだよ。ああいうふざけたやつは。
デスゲームといのは強いストレスの元でぎりぎりのバランスをたもってなりたっているのに、あんなふうなアナウンスをしては、デスゲームの参加者にストレスをかけ過ぎて参ってしまう。
場合によっては、自らデスゲームのログアウト、死を選びかねない。
非常に危険だ。
今後はああいうふざけたアナウンスができないようになんとかマニュアルを整備しなければ……俺はさっきまであんなに昔のことを思い出して絶望していたのに、こうして現実に戻ってくればさっさと仕事に取り組む始める自分に気づいて一瞬、嫌気がさした。
だけれど、俺は妻と娘のためにはたらいているのだ。
これは仕事だ。ゲームではない仕事なんだから、理想を求めすぎずに、割り切らなければいけない。
とりあえず、俺は心配してくれている二人の美少女、アオイと椿姫にメッセージを送る。
デスゲーム参加者のストレス管理も俺の大事な仕事の一つだから。
『件名:Re
大丈夫。たぶん、頭部だけだから目立たなかったのかも(;^^)ヘ..』
顔文字なんてイマドキの子は使うのかと思いつつ、なんとなく深刻さが減らせる気がして、付け加えた。
おっさんくさいかなあ。
おっさんだと思われるよなあ。
でも、仕方ないおっさんだもの。
これでも妻と娘がいるお父さんですから。
てか、さっきの頭だけの状態は俺の元の顔を使っているのでおっさんだとみれば分かっているはずだ。
返事を送って、すぐ、今度は通話の方の通知がやってくる。
椿姫からだった。
脳裏にあの炎のように美しい髪がぴょんぴょんとはねるのが浮かぶ。
もちろん、デスゲーム中。本来はこんな風に外の世界とのメッセージをやりとりすることはできない。
この端末は、あくまで運営に当たっての例外なのだ。
なのに、メッセージだけならともかく、気軽に通話などしていいものなのだろうか……。
しかし、椿姫はおそらく、このデスゲームにおいてスターになりうる存在、放置するだけなのも問題。
十分なケアとヒントをあたえて、一番輝く瞬間をデスゲームの観客席に座る貴族の皆様に見ていただけるように状況を整えるのもデスゲーム運営の仕事。
うーん。
迷ったすえ、俺はその通話の通知を無視した。
そして、再びモニタリング室の隅っこにある冷蔵庫に向かう。
「あ、冷蔵庫にあるプリンちゃんと私の名前かいてあるんで、食べないで下さいね」
白衣姿の同僚がみたらし団子の串をひょいひょいと振りながら、宣う。
お前と違って年がら年中、休憩とってないんだよ。
心の中で罵りながら、俺は適当に頷く。
冷蔵庫からメロンソーダ色の二リットルのペットボトルを取り出し、冷蔵庫の上にある新しい洗面器をもち、自分の席にもどる。
トポトポトポッン
少々勢いが良すぎたのか洗面器のなかでナノマシン入りの培養液が粟立つ。あー、粟立つともっとうけつけない。
これって絶対スライムじゃん。
一生懸命ゼリーだとかメロンソーダとかに言い換えているけれど、絶対スライム。なんか気持ち悪い。
今度は首や肩に余りダメージがかからないように、座席の角度やクッションを置くなどしてから洗面器に顔を付ける。
もう年なのだ。
そう何度も自分の体を物理的に濃くしすることはできない。
「起動!」
大きく息を吸って、洗面器に顔を突っ込んでから叫んだ。
顔の表面だけでなく、体の中に培養液が入ってくるのが分かる。
ううっ、気持ち悪い。
だけれど、これも仕事だ。
七十二時間働けますか?
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