第12話 予想外の行動と秩序
えー、どういうこと? 赤い髪の美少女。椿姫が何をいっているのか分からない。
いや、もちろん「早速アイテム使わせてもらいまーす」って言ったのは聞き取れている。
でも、意味が分からない。
普通デスゲームとか、いや普通のデスじゃないゲームとかで、運営からイベント中にレアアイテムもらえたからってそれをその場で使う?
どれくらいレアなのか分からないのに。
もし、そのレアアイテムがどうしても必要な状況に今後なったら?
もし、そのレアアイテムを売れば莫大な金が手に入るってことが分かったら?
普通の人間ならそんな風に考えるだろう。
すくなくとも、今すぐ使わなければいけないほどの命の危険はないはずだ。まあ、ちょっと他のプレイヤーからは狙われているかもしれないけれど。
だけれど、椿姫は炎のように赤いポニーテールを楽しげに揺らしながら笑って、手の中にある小さな水晶でできた瓶を傾けるのだ。
ただ、それだけの仕草なのになぜかとても美しかった。
古代の魔法を研究する少女が、まるで崇高な実験をしている瞬間のような、精霊が味方した特別な空気をまとっているみたいだった。
そして、傾けた瓶から一滴ノ滴が落ちる。
それは、彼女の腰にさした剣に着地して、さらに小さな粒になって散らばっていった。
そして剣は虹色の光に包まれた。
椿姫は剣を鞘に入ったままとりだして、システムウインドウをみながら、みんなに聞こえるようにこういった。
「わあ、すごい。このポーション。武器の耐久度とか攻撃力めっちゃあがってる!!」
他のデスゲームの参加者たちは、「耐久度」と言った瞬間目を輝かせ、「攻撃力」と聞いて一歩身をひいた。
そう、ただでさえ、椿姫はこの場にいる他のデスゲーム参加者よりレベルが高いのだ。もちろん、それに伴って攻撃力も高い。
そんな彼女の武器の攻撃力がさらにあがってしまったら……とみんな考えることは一緒らしく、おとなしくできるだけ椿姫を刺激しない位置へと退路をつくったのだ。
まあ、こんな動きを予測できない人間への態度としてはすごくまともだ。
そんな様子をみて、今度は青い髪のテイマーのアオイが、
「あー、一人だけ種明かしっていうのは不公平ですよね。なのでこちらも……」
そういって、賞品として手元にやってきた金色に輝く卵をそっと胸に抱いた。
アオイはおとなしそうに見えるが、意外と胸があるらしく、抱き寄せられた卵はアオイの胸の谷間に挟まれた。
すると、卵はオーロラのような光をまとい始め、時折、カタカタと音をたてるようになったのだ。
「えっ、もう生まれるの? 生まれちゃうっ!」
アオイがそういって、自らの胸と金色の卵を抱きすくめた瞬間、卵の殻にはピリリと稲妻のような日々がはいって、あっという間に中の生き物が顔をだし、飛び上がった。
金色の卵の中身、それはドラゴンだった。
ドラゴンは「ぷいぷい」だとか「きゅい?」なんて鳴きながら、アオイの周りを飛び回る。ドラゴンが飛ぶことによってアオイのアオイ髪が優しく風にそよぐ姿がとても優雅で美しかった。
あれー、おかしいなあ。
どちらも火だねになるはずだったんだけれど。
椿姫のポーションはみんないつのタイミングでも喉から手がでるほどほしがるアイテムだし。
アオイの方はもっとやばい。
あの卵を巡って、争っているウチに偶然卵が一定の条件を満たして孵化したとき、周りにあるものをすべて焼き尽くすという設定だった。
ドラゴンは強い分、人間の言うことなんて簡単に従わないのだ。
下手に命令しよう者なら、いや生まれた瞬間に顔をみられようなものなら、炎を吹きかけられる……はずだった。
この世界が単純なゲームだったときは、ものすごく運良くドラゴンの卵を手に入れて孵化させたプレイヤーはそうやって死んでいった。
通称ドラゴンチャレンジといわれて、一部の廃課金プレイヤーの間で一時期流行った。
レアなドラゴンの卵を手に入れて、それを孵化させ、ドラゴンを仲間にする。
まあ、剣と魔法の世界に憧れる人間ならドラゴン退治やらドラゴンと一緒に冒険にでることを一度は夢にみるだろう。
だけれど、どんなに強いと言われているプレイヤーでも、ドラゴンを手名付けることはできなかった。
それなのに、目の前のアオイとドラゴンはとても楽しそうにじゃれついている。
自分たちの周りに、椿姫以外いないのをいいことをに、ドラゴンはアオイの周りを飛び回りながら、その美しい青い髪をふんわりと風の形になびかせるのが気に入ったらしい。
一体どういうわけだ?
……そうか、アオイはテイマーだった。
正直、このゲームのテイマーはあまり人気がなかった。だからこそ、職業テイマーを選んだアオイは異常値を出したプレイヤーなのだ。
ドラゴンと一緒に旅をするにはテイマーになればよかったのか。
俺は感心すると同時に、ここら辺の設定を作ったであろう同僚の顔を思い浮かべておかしくなる。
あいつならやりそうだ。
そして、ドラゴンを唯一手名付けられるその職業を、不人気というか誰も選ばない職業にしたのはきっとあいつだ。きっと、βテストのころにネットの掲示板にでも嘘情報を書き込んだのだろう。
「そんなくだらない情報にだまされずに、テイマーを選ぶやつこそ真のドラゴンの友だちになれるんだ」なんてあいつならきっと言うだろう。もう会社をやめてしまったあいつ。
正直、あいつの方が俺よりなんでもできた。
きっと、あいつならこんなデスゲームだって俺よりもっと上手く運営できる。
かつての同僚のそういう悪戯心いっぱいの笑顔を思い出し、あの頃への懐かしさと今の自分の不遇具合を思い出して、胸が苦しくなる。
あの頃は楽しかったなあ。
どうして俺はこの夢にみた理想の世界で人に殺しあいをさせなきゃいけないんだ。
せっかく夢に見た世界をどうして、血で汚すように仕向けているのだろう。
あいつと一緒に作ったこの夢の世界をいつまでこうやって消費しつづけなければいけないのだろう。
俺の心に一筋の影が落ちて、かつて仕事が楽しかった頃の記憶に照らされれば照らされるほど、その影は大きく伸び濃くなっていった。
ああ、こいつら巻き添えにしてこの世界破壊しちゃおうかな。
事故ということにして。
そうすればもう誰にもこの世界を穢されることもなくなるし、この馬鹿げたデスゲームというエンターテイメントも少しは世間から冷たい目でみられるようになるだろう。
次の瞬間、娘の顔が脳裏に浮かんだ。
ああ、だめだ。
俺には妻も娘もいる。
可愛い娘のために俺は頑張らなきゃ行けない。
……もういいや。疲れた。これ以上何を言っても無理だ。この広場に集まる参加者たちを混沌と恐怖に陥れるのは。目の前の光景を見て鼓舞した俺のやる気はしぼんでいく。
通常なら、大荒れになるはずのデスゲームの中間発表アット始まりの街の広場はなぜだか、和やかなムードに包まれていた。
俺は、デスゲームの参加者ひとりひとりに「次の課題」を示したメッセージを送る。
もうこんな雰囲気では何をいっても相手を恐怖やパニックに陥れるのは不可能だ。
まあ、イレギュラーだからといっても、あの二人の生存率が上がればきっと見映えのするデスゲームになるはずだからよしとしよう。
俺は自分をなんとか慰める要素を探しながら、ログアウトしたのであった。
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