第9話 伯爵ピエロ

 赤い三つ揃え(ジャケット、ベスト、スラックスの三点セットを同一の布でしたてたやつのことね)についでに同じ布で作った帽子。

 そして、その帽子の下には虹色の涙を流すピエロの顔。


 これが、このデスゲームの運営の共通アバターの一つ。通称“伯爵ピエロ”だ。因みに、別な色バージョンもある。

 アバターとのリンクを始めるときに、念のための設定確認画面をみると何時もぎょっとする。どことなく不気味なこの姿が自分の今の姿だと思うと怖くなる。


 正直、牙がむき出しになっているわけでも、唇から血を流しているわけでもないのに、不気味だ。子どもには見せたくない。

 きっと、一週間以上悪夢にうなされるし、きっとピエロ恐怖症になってしまい一生そのセラピーのために治療費がかかることになってしまう。


 本当はこの確認画面なんて飛ばしてしまいたいのだが、残念ながらマニュアルで確認することとなっていて、一定時間表示の上。目視確認として、頭の先からつま先までを目で追うようにしないとこの画面が解除されないという無駄設定がされている。


 こっちは忙しいというのに。

 ただでさえストレス過多な職場でこのピエロの姿を見せられて、自分がこのアバターをまとうことを意識させられるのは精神的にくる。

 なにかあったら労災にならないだろうかといっつも思っている。


 まあ、大本の製薬会社のお薬がたくさん売れるので会社としては問題なしなのかもしれないけど。


 アバターを確認したら、次は音声テスト。


「アー、ヴァアー、マイクのテスト」


 低くて落ち着いているのにどこか無機質な響きのある声が聞こえる。

 自分の声を録音したのを聞くと気持ち悪いと思う人がいるけれど、俺の場合はこっちの声の方が違和感があるくらい最悪だ。

 もしかしたら、単に俺がこの声で今まで多くの人々に残酷な運命を告げたという後ろめたさがあるからかもしれないけれど。


 そして、一通りのチェックを済ませたあとは、体とのリンクを確かめる。


『指を動かして下さい』


 細く高い女性の声がささやく。このゲームのナビゲートの音声だ。

 お助け機能を使うと妖精の姿になって現れる。

 今更、お助け機能なんて必要ないので俺はこの妖精の姿を久しく見ていないけれど。

 はいはい、と心のなかで返事をしながら、中指を立てる。


『次は腕を』

『次は足の指を』


 どうやって、足の指を動かせっていうんだよ。と心のなかでなじりながらなんとなく足に意識をむけてむにょむにょさせる。


『次は膝を』


 どうやら、足の指はちゃんと動かせたと判定されたらしい。


『次はお辞儀をして』


 はいはい、腰の位置確認ね。


『最後に目を閉じて、片足でたって、右手の中指を鼻につっこんで、あーっていってみて』


 片足をあげて、右手の中指を……ってなにをさせるつもりだよ!

 俺が思わず心のなかで突っ込むと、


『あれ? 気づいちゃいました。反抗的な態度をとるのでちょっと悪戯しただけですよ。まあ、そんなに怒らないで』


 クスクスと笑い声が耳もとを立体音響のように飛び回る。


『ストレスがたまっているみたいなので、ちゃんと睡眠をとったほうがいいですよ』


 その声に言い返そうとした次の瞬間、強い光がチカチカと脳裏に広がり、その光が収まったとき目の前にはよく知っている場所――始まりの街の広場――に俺はいた。


 ただし、上空に。


「ハーハッハッハー!」


 不気味な笑い声が広場に響く。

 あれ、俺まだなにも言ってないんですけど?

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